第36回毎月ちょぎにゃん祭り お題「お花見」南泉の所属する本丸には本丸の屋敷と畑の間にある拓けた場所があり、所謂憩いの場のような扱いになっている。時にはバーベキューコンロを大量に並べてバーベキューを楽しんでみたり、時には竹を割って作られた巨大装置を使って流しそうめん大会をしたり、時には平安刀が舞をする舞台が設置されたり、時には大量の洗濯物干し台が並べられて全刀剣の布団が干されてみたり。
そんな何でもありの場所に、巨大な敷物を広げその中央に寝転がり頭上にある立派な桜の木から舞い落ちる花弁を人の身で受け止めるのが、今の南泉の仕事だった。時折吹く風に煽られた敷物が舞い上がるのが難点ではあるが、また拭いた風によって戻されるのでバサバサという音にさえ目をつぶれば心地良い陽の光を浴びる絶好のお昼寝場所であった。
ふわあ、と大きな欠伸をしながら四半時前にもならないつい先ほど近侍である長谷部に仰せつかったこの仕事について思い返そうとすると、足音は立てていないのに足早にこちらに向かってくるのがよく分かるという謎の気配を察知し「嫌な予感しかしないにゃ」と独り言ちた。
「なに惰眠を貪っているのかな、猫殺しくん」
「やっぱりお前かよ……化け物斬り」
「みんなそれぞれ役目を果たすべく忙しなく過ごしている時に、君は一体何をしているのかな……と言いたいところなんだけれど、重石役でも買って出たのかな?」
「新しいおもちゃ見つけたみたいな顔すんな、オレで遊ぶな。買って出たんじゃねえ任命されたんだ、にゃ!」
「まあこの陽気だ、動かずじっとしていろと言うのは君にとってはご褒美なのかもしれないけれど、流石に重石扱いは怒ってもいいんじゃないかな」
「どの口が言う、お前の指図だって聞いたぞ」
「ああ、なんだ、長谷部は先に話していたのか」
「本当に白々しいにゃ……鍵は?」
「先程、会場設営係の他の刀に預けたからもうすぐ荷を持ってくるんじゃないかな。みんなが戻って来たら俺は鍵を預かってまた中に戻るよ」
分かりやすい茶番に盛大に溜息を吐きながら、きちんとことが進んでいることを確認して自分が解放されるのがいつ頃になるか計算をする。
「ってお前こっち来るのに荷運び手伝わなかったのかよ」
「人数は十分にいると言われてしまったしね、なら南泉に先に伝えてくると任せてこちらに来たんだよ」
今日は少し遅い本丸の花見会で、日課任務のこなすため出陣部隊と遠征部隊は朝餉を取るとすぐに短時間で済む出陣と遠征に向かった。何周かする予定だったがもうそれも終わる頃だろう。そして今日はそれ以降の出陣はなく休暇となる。
内番にはいつもより多めの人数を配置し、出来るだけ早く終わるようになっているし、残りの刀剣をご馳走を作る厨係と会場設営係とに分けて準備も着々と進んでいる。
南泉も設営係に任命されていたが、まだ時間が早いからと朝寝に励もうとしていたところを近侍である長谷部に捕まり、朝寝なら別の場所でやれと命じられたのが敷物の重石であった。
こういった催しの時にだけ使い普段は使用しないものをしまった蔵があり、そこから座布団だ茣蓙だのを運び込むのと、この巨大な敷物を(ブルーシートというらしい)敷き杭で止めるのを同時進行でする予定だったが、前回使用した時にとある酔っ払いが力加減を誤って杭を折ってしまったらしい。
それに気付いたのは敷物を出したあと。広げずにそのままでいれば良かったものの広げてしまい、風の吹く中畳みなおすのは開くのよりも労力がいるということで、じゃあ代わりの物を乗せておけと、恐らく今日の休暇日を作るために盛大に仕事を詰め込んだのであろう長谷部や長義を含む事務方の、やけくそ案により白羽が立ったのが南泉であった。推薦人は目の前にいる山姥切長義本刃であり、仮にも恋刀にその扱いはいいのかと誰かしら突っ込んで欲しかったのだがまあ無理なのだろう。
結局、断固拒否する理由もないしとこの場所に来た南泉は真ん中を陣取って寝転がり、そのあと南泉と同じように白羽の矢が立ったのであろう師子王の鵺が南泉とすこし距離を取ったところに寝て、少し前までは五虎退の虎たちもいたが内番に走り回る主人を見つけて追いかけて行ったので今はいない。お陰で風に煽られて敷物が捲れる羽目になってしまったが、まあ鵺はともかく小虎たちが大人しくしているとは思わなかったので仕方がないだろう。一応鵺との位置を確認しながら移動はしたが効果はあまり感じられていない。
まあ、長義の言った通りなら間もなく荷物が来るだろうからそれを重石代わりに設営を始めればいいし、そうなれば南泉もお役御免だ。杭は壊した張本人がいま買い出しに走っているらしいが、そこはもう南泉の与り知らぬところだ。
「それにしても、蔵の鍵失くすなんて保管が雑なんじゃねえの?」
「それを俺に言われてもね。でもまあきちんと保管場所を決めておかなかったせいで近侍室を預かる刀たちも誰かが持っているだろうと思ってたのが問題ではあるかな。頻繁に出入りする蔵ではないから、最後誰が閉めたのか鍵を持っていたのか思い出すのにも時間がかかったし」
「んで、結局誰が持ってたんだよ」
「まあ誰とは言わないけれど、買い出しに走る直前に捕まえられて良かったよね」
「っぷ、言ってるんだよにゃあ……それ。自業自得とはいえ今日の宴会は飲まされて悪酔いしそうでちょっと可哀想ではあるよな」
「完全に身から出た錆だよ。……それにしてもずいぶん可愛いことになっているね」
「ああ?」
「髪に花弁がいくつもついていて、まるで髪飾りのようになっているよ」
「あー、まあ多少ずらしてるとはいえ真下に近いしな」
ぶんぶんと首を振ってみて効果があるのか分からないが、指摘されてしまえばそのままにしておくのも嫌で髪の毛を振り回していれば、長義の黒手袋をした手が伸びてくる。
「全然取れてないよ……ああ、でも一つ一つ取るのは手間だな」
くすくすと、珍しくこちらを揶揄う色はなく上機嫌に笑いながら花弁を取っているのだろう、時折髪を軽く引っ張られる感覚がする。
未だに仰向けに寝転がったままの南泉と、靴を脱ぐことなく敷物の端に腰を下ろした長義なので手の届かない範囲に移動して逃げることも出来るが、優しく触れる手はそう悪いもんじゃなかった。
触れられているからという意味でなくどこか胸の奥がくすぐったくなるものはあるが、これから宴会で浮足立っていることと春の陽気に当てられたことにしておけばいいだろう。
長義も同じようなことを考えているのか、普段なら時間の無駄だと手を差し込んでそのままぐしゃぐしゃと掻き混ぜられそうなものだが、今は手間だと言いつつも一つ一つ丁寧に残さず取ってくれるらしい。
「うん、いいんじゃないかな。まあこのままここにいればまた付くのだろうけど」
「ん」
満足そうにする長義の顔を下から見上げていれば、髪に触れていた手がそっと頬へと下りて、その顔が段々と近付いて来るのが分かり小さく息を呑む。あと少しというところへ近付く前に、少し離れたところから南泉を呼ぶ馴染みの深い脇差の声が聞こえ、長義の顔は元の位置へと離れて行った。
「残念」
「……本気でする気なかったくせに、にゃ」
「ずいぶん物欲しそうな顔をしているね?」
「ふん、どっちがだよ」
「続きは夜に。ふたりで夜桜でも見ようか」
「……お前絶対酔いつぶれてるだろ」
すでに立ち上がった長義といつもの言葉遊びをいくつか交わし、思いがけない誘いにどこか恨めし気な声が出てしまったことに喉の奥が鳴った。
南泉もだが長義もそう酒に強い方ではないし、こいつはここのところ仕事を詰めていたせいで疲労も溜まっている。そんな中昼間から飲めばどうかなるなんて火を見るよりも明らかで。
長義の隣に座って、酒に見せかけて徳利に入れた水を注いでやろうか何て思うくらいには長義の誘いが魅力的だったことは口が裂けても絶対に言わないが、まあ隣で酒はほどほどにしろよと言うくらいはしてやるかと、視界の端に映った仲間たちの姿を見て勢いよく起き上がった。