第37回毎月ちょぎにゃん祭り お題「じゃがいも」雲一つない、眩いほどの碧空の下、麦わら帽子に内番着の上着を脱いだ肌露出の多い格好でしゃがみ込んで畑仕事に勤しむ恋刀の姿を見つけ、出来る限り気配を隠し足音を潜めその背後へと近付いた。
本日は午前の出陣任務を終え、午後は事務仕事の手伝いをしているため装具を外しただけの戦装束の長義にとって、この陽射しは些か辛いものがあるが本来の用事はもう済ませてあるし、土遊びをしている可愛い猫を揶揄ったら本丸に戻る予定なので中に入ったら汗を拭おうと決めて、こめかみを伝う雫に知らない振りを決め込んだ。
よほど集中しているのか、他の内番メンバーだと思い気にしていないのか、一向に振り向かない南泉はどうやら相当機嫌がいいらしく、距離を詰めると鼻歌を歌っていることに気が付く。
しかしそれもよくよく耳をそばだてれば、「ポテトサラダ~コロッケ~煮っころがし~」などと料理の名前が並んでいる。ほかにもフライドポテトだのマッシュポテトだの肉じゃがだの、どれもこれもじゃがいも料理ばかりでその南泉の手元を見ればまさに柔らかな土の中からジャガイモを掘り出しているところだった。
陽の光にこんがりと焼かれていそうな白皙(はくせき)が影に入るように背後に立つと「そんなにジャガイモが好きだったかな」と声を掛けながら、南泉が掘り起こした中から一つ手に取る。手袋越しに触れるそれはどこかほんのりと温かく、土を落とせば薄茶の皮が顔を覗かせる。大きさも程よく、良い出来だと呼べるものだろう。
南泉はというと、振り返りはしなかっただけで長義が来ていることに気付いていたのか特に反応をすることもなく、次々とジャガイモを掘り起こしていく。
「誉ポイントが貯まったからな、厨係に何を作って貰うか考えてたんだよ」
それぞれの本丸で通常の給金だけでなく、臨時の手当てを渡すなどといった習慣があることは演練のあと交流という名の情報交換をした際によく聞くが、その中でも誉の回数等に応じた報酬を与える本丸は多い。
例に漏れず長義と南泉が所属している本丸でもその制度は採用されていて、顕現年数や練度にもよるが南泉は長義と同じ誉五十回ごとに一度何かしらの希望を願い出れるようになっているはずだ。
物を強請るもの、休みを強請るもの、現世等へのお出掛けを強請るもの、それは多種多様であったが料理の希望というのは珍しいのではないだろうか。内番と同じように割り振られる厨当番ではなく、献立や材料の仕入れなどを一挙に任される厨係に任命されている数振りの刀たちは割と他の面々に希望を聞いてくれることが多く、わざわざ誉報酬を使わずとも叶うことの方が多いのだ。
もちろん誉で強請る方が確実ではあるものの、それにしては希望する料理も決まっていないという。その小さな矛盾に首を傾げれば、ちらりとこちらを見やってから小さく嘆息するのが聞こえた。
「誉を使ってでも、ジャガイモを消費しなきゃなんねぇんだ、にゃ」
どうにもバツが悪そうな言葉に一瞬の逡巡ののち、思い当たる節があり、ああと声が漏れる。
「ジャガイモの種芋の発注を間違えたのは君だったね」
「うっせぇ、だからこうやって率先して芋掘ってるし消費方法も考えてんだろ」
「それは長谷部に課された罰則だろう?」
「だから文句も言わずやってんだろ、にゃ!」
どの刀剣にも順に回ってくる近侍の当番の際、畑の主とも呼べる桑名江からの希望によりジャガイモの種芋の注文を任された南泉は規格――ロット、と言うのだったか――を勘違いして発注を掛けた。ようは一つ頼めば十の種芋が来るのだとして五つ頼めばいいところを五十頼んでしまったのだ。数字は適当ではあるが要点としては外れていない。必要数の数倍は来てしまった種芋に内番の人数を急遽増やして本丸総出とも言える規模でジャガイモ畑の生成がされたのは二週間ほど前の話だ。
畑の作物は本丸に流れる主の霊力を糧として通常では考えられないスピードで育つので、このジャガイモもすくすくと育ちもう収穫期を迎えたということらしい。
「大量消費と言うならコロッケが一番いいんじゃないのか」
「ちょっと歌仙に相談したらコロッケを頼むなら手伝いと他にも数振り手伝い要員を見つける事を条件に出されたんだよなぁ」
「まあ手間を考えると妥当なところだね」
「そうなんだけどよ、大して役に立たないやつが手伝いに行ったところで邪魔になるだけだろ」
「あれ、そんなに料理苦手だったか」
「まあ潰して混ぜて丸めるくらいなら問題なく出来るぜ」
話している間も掘り起こされていたジャガイモを、今度は運搬用の籠に放り込んでいく南泉を横目に畑を見渡せば、まだまだ広範囲に渡って青く茂っている葉が視界に入りこれはしばらく芋には困らなさそうだなと保管場所の確保へ思考を飛ばす。
「まあ、大人しく数回は手伝いに行った方がいいんじゃないかな」
「……そうなるよにゃあ」
苦々しく打たれる相槌に思わず笑みが零れる。どれだけ料理が嫌いなのかと問うたところで返事なんて来ないのだろう。手先は器用だけど恐らく気質として、単純作業や反復作業が苦手なのだ。今は罰でもあるから大人しく文句を言わずに行っているが、ジャガイモの収穫作業のみ、というのも本来なら南泉にはなかなかの苦行のはずだ。
自由気ままな猫ちゃんだものね、と言えば手元にある丸々としたそれが剛速球で長義の身に投げ込まれるであろうことは想像に容易く、受けることもまあ不可能ではないが別にいま神経を逆撫でしたいわけでもないので、零れそうになった言葉は上手く飲み込むことにした。
そろそろ陽も傾いてくるころとはいえ流石に暑くなってきたのと、書類に必要な確認に来ただけでまだ仕事は残っているので南泉の隣に座り込んでいた腰を上げる。
「俺はじゃがいもとイカの煮物で頼むよ」
「は?」
「アテを任せる分、酒は用意しておくから」
「あー…、もっと普通に誘えないのかよ」
「きちんと伝わっただろう?」
呆れたような物言いに特に反省するそぶりも見せずに飄々と言い返せば、いつものことと割り切ったらしく仰け反るように見上げてきた。
「今日で良いのか?」
「問題ないよ」
「分かった、頼んでおいてやるよ」
「作ってくれてもいいよ?」
「俺は美味いアテで酒が飲みてえにゃ」
なんか礼考えなきゃじゃねえか、と誉報酬ではなく個人的なお願いとして頼むらしい発言にさも名案とばかりに言葉を掛ければ、呆れたような表情を一度浮かべたあと、至極真面目な表情を作って言うので思わず声に出して笑ってしまった。