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    amayadori_kasa8

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    amayadori_kasa8

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    再掲です。
    以下注意
    ※鶴丸が色んな三日月に手を出してる
    ※鶴丸以外とくっついてる三日月がいる
    ※女体化三日月がいる(この鶴丸とはくっついてない)
    ※好きな物をつめこんだ闇鍋

    なんでも美味しく食べられる人向けです。
    誤字脱字はめっちゃあります!雰囲気で読んでください!!(土下座)

    交月雨 ——政府には、三日月宗近を喰らう鶴丸国永がいるという。


     そんな噂を耳にしたのは、ほんの偶然だった。「喰らう」というのが言葉通りではないことは三日月も知っている。それを噂していた相手がため息を吐きながら、どうしたものかと呟くのを隠れて聞いていた三日月は、音を立てないようにそっとその場を離れた。
    「……ふむ」
     周りに誰もいないところで立ち止まり、顎に手を当てて考え込む。そして。
    「その件の鶴丸国永に会ってこよう」
     どんな個体であっても、三日月宗近であれば見境無く手を出す鶴丸国永という刀に俄然興味が湧いたのだ。そうと決まれば、早速主に許可を願うべく、三日月は自分の本丸へと足早に向かった。


     一瞬の浮遊感の後、地に足が着く。閉じていた目を開ければ、そこには無機質な壁と床が続いていた。来ること自体は初めてではない。だが、ひとりで来たのは初めてだった。
    「やあ、三日月宗近。今暇だろ?」
     きょろ、と辺りを見回す。そこへ、音もなく寄ってきた刀に声を掛けられ、それが誰かを認識した瞬間、噂が本当だったことを実感した。
    「おや、鶴丸国永か」
     振り向きざまに肩へと回された腕に身体を引き寄せられる。知らない刀ではないが随分距離が近い。三日月もスキンシップは歓迎するが、目の前の男はそこまで触れ合いを好む刀だっただろうか。
     頬が触れそうな近さでギラギラと目を輝かせている、少し上にあるその瞳を間近で見つめながら、三日月はただ薄らと微笑んだ。履物のせいかと思ったが、目の前にいるこの鶴丸国永の個体は三日月よりも少し身長が高いらしい。鶴丸を見上げるとは珍しいこともあるものだと思いながらも彼の話に耳を傾けた。
    「君みたいな刀がこっちに来るなんて珍しいな。しかもひとりで」
    「いやなに、じじいは徘徊が得意でな」
     時の政府とは名は仰々しいがそこまでお堅い場所ではない。もちろん機密事項に関わる場所は奥に隠されているが、審神者同士の交流場があったり、会議室や遊戯室果ては小さな映画館など様々な場所がある。万事屋街よりも店も賑わいもあるわけではないが、手に職を持つ審神者や、趣味が高じて物作りに精を出した審神者とその刀剣男士など、許可さえ取れれば期間限定で店を出すことができるらしい。
    「ふぅん、そうかい」
     満月のような目を眇め、鶴丸は探るように三日月の瞳を覗き込む。その近すぎる距離に怯まず、三日月はちらと目線だけで周りを見渡した。今いるのは政府の建物であるビルの一角。人通りは少なくない。だが通行人には三日月と鶴丸がこうしてくっついていても仲が良いなと言う感想しか抱かないだろう。三条と五条、所縁ある刀同士だ。
    「たまにはここを歩き回るのも良いかと思ってな」
    「へぇ、それなら暇だということだろ?」
     肩に回された鶴丸の手が三日月のひと房だけ長い髪を弄る。指を絡め、遊ばせ、そして時折三日月の首筋を掠めていく。擽ったさに少しだけ離れるように首を回せば、鶴丸はさらに近づいてきた。
    「ふむ、それはどうかな」
    「はは、審神者も連れずひとりでこんなとこに来るんだ、大した用じゃないだろ?」
     肩を抱いていた腕がすすっと背中を滑り腰に手が回る。政府内は抜刀は禁止されていることもあり、この夏の季節、暑いからと軽装で来たのをほんの少しだけ後悔した。いつもより薄い生地の上を鶴丸の指が滑る。
    「……あいにく、土産を買うと約束しているのでな」
    「それならいい店を知っている。案内してやろうか?」
     あれやこれやと上げる店の名前と説明に三日月も興味を引いた。その間も、腰をさする鶴丸の手は止まらない。相手を見極めつつさりげない仕草で三日月の身体を弄る鶴丸に、態度には出さないが思わず感心してしまった。頭の回転も速く、驚きを好むこの刀との会話にどんどんと引き込まれていく。これまでの三日月宗近が絆される理由も納得した。だが。
    「これ以上は駄目だな」
    「は?」
     ぽす。徐々に近づいてきていた鶴丸の口を覆う。くぐもった声で驚く鶴丸の目が満月のようで、先程までのギラついた光は一瞬でなりを潜めた。
    「何だ君、相手がいるのか?」
     半目の鶴丸がつまらなさそうに一歩下がった三日月を見る。恋仲がいるのなら、手を引く潔さと優しさは持ち合わせているらしい。ぱっと三日月から手を離した鶴丸は後ろ髪を乱暴に掻き回した。
     変なところで誠実だな、と三日月は気まずそうな顔をした鶴丸を見る。その表情を見て思わず、そんなモノはいないぞと答えれば、信じられない様なものを見る顔で鶴丸は三日月に詰め寄った。
    「相手もいないのに拒むというのか? 三日月宗近である君が?」
     この鶴丸国永という刀、余程三日月宗近という刀の性質を知っているらしい。声を上げて笑いたい衝動を抑え、三日月は袖で口元を隠して首を傾げ、ついと鶴丸を見上げた。
    「俺とて、誰でも受け入れるわけではないぞ?」
    「だが、拒みもしないだろう」
     三日月の答えに間髪を入れず鶴丸も返す。まるでお気に入りの玩具を取り上げられた子供のように口をとがらせ不貞腐れる様子は、先程まで三日月を喰らおうとしていた姿とは掛け離れていた。
     昔懐かしい表情だ。三日月の後ろをついて回る、生まれたばかりの雛であった鶴丸を思い起こさせる。今では、随分と大きくなって煩悩に塗れているが。
    「さて、どうであろうな」
     断定とも言える鶴丸の質問になんでもない様にはぐらかす。そんな三日月の反応に鶴丸の片眉がピクリと動いた。
    「……君、俺のことを知っているな」
     袖の影で三日月が笑っていると、鶴丸が再び腰に腕を回してくる。その行動を諌めようと三日月が口を開いた瞬間、腰を擦る手が下へと滑った。思わず口を閉じた三日月だが、表情はピクリとも動かさない。
    「あぁ、もちろんだとも。鶴丸国永。五条の刀よ」
     鶴丸国永のことは、よく知っている。本人が思っているよりも。
    「そういう意味じゃないということも、もちろん知ってるだろうさ、三日月宗近」
     噂を知ってなお来たのだから、大人しく喰われろとでも言いたいのだろう。
    「何のことだろうか?」
    「俺のことを知っているなら、君もそれを望んでいた、ということじゃないのか?」
     薄い唇から赤い舌を覗かせた鶴丸の不埒な手が意味ありげに三日月の身体を這う。それを無視し、三日月は袖をずらして口角を上げれば、奥に欲望をちらつかせた目と目が合った。僅かに伏せた目の鶴丸が放つ妖艶な気に、これは他の俺もおちるなぁ等と考えながら三日月は、そっと目の前にある耳に口を寄せ、そして。
    「時間切れだ」
    「は? ……っっっだっ⁉︎」
     だん、と振り上げた足を勢いよく落とす。鶴丸の薄い足の甲を勢いよく踏みつけた三日月は、己の臀をまさぐっていたその手を抓りあげた。主や短刀たちには常々触ってよしとは言っている三日月だが、この触り方は少し性急過ぎる。
     痛みに蹲る鶴丸に背を向けた三日月は、数歩進んだ後に首だけで
     振り返った。痛みと呆気に取られる鶴丸が何も言わないのをいいことに、これみよがしに美しく笑ってみせる。
    「ではな、鶴丸国永。次は俺を抱けると良いな?」
     ゲートのすぐ側で話し掛けられたのが幸いし、三日月は手早く自本丸の番号を打ち込み起動させた。身体がゲートを通過するところで後ろから鶴丸の己を呼ぶ声が聞こえる。それを無視し、三日月は自分の本丸へさっさと帰ったのであった。


    ※※※※※

    「随分とつまらなさそうな顔をしているなぁ、鶴丸国永よ」
     政府の刀たちが利用する休憩室。いつもは自室にて休憩する鶴丸だが、ここ数日はもっぱら休憩室を利用していた。自室でひとり備え付けのベッドに寝転がっていても、落ち着かないのだ。
     今日もまた、休憩室で頬杖をつき不貞腐れた顔をしていたところ、掛けられた聞き覚えのある声に鶴丸はゆっくりと顔を上げた。
    「……なんだ、一文字則宗か」
     面白いものを見たような顔をした刀が、紙コップ片手に断りもなく鶴丸の前に座る。一文字則宗、鶴丸の同僚だ。短くため息をつきながら、面倒臭い刀に絡まれたと鶴丸は嘆いた。
    「うはは。機嫌が悪そうだな」
     声を上げて笑う則宗が懐から扇子を出して自身の口の前に広げる。ニヤリ、細められた目が鶴丸を捉えた。嫌な予感しかしない。
    「とうとう三日月宗近に振られたらしいな?」
    「?」
     自分でも、驚くほどのドスの効いた声が口から出た。頬杖をついていた手を解き、真正面から則宗を睨む。だが、そんな鶴丸など何処吹く風の則宗は、猫のようにさらににんまりと目を細めた。
    「その様子じゃあ、手酷く振られたみたいのようだなぁ」
    「……ちっ」
     返事をしたくなくて、代わりに舌打ちをする。そんな鶴丸の様子に、則宗はうははと声をあげて笑った。
    「無垢な月たちを弄んだ罰だな」
     刀に無垢などあるものか。三日月宗近という刀が色恋と人の欲に疎い個体が多いであろうことには同意するが。
    「俺は無理強いしたことなんてないぞ」
    「うはは。よく言う」
     嫌だと言われれば鶴丸も引く。ただ、相手がいない三日月は嫌とは言わない。難色を示すことはあれど鶴丸が押せば拒絶することはなかった。
    「自分が三日月宗近からどう思われているのを熟知しているからこそできる芸当だろう。知っているか、そういうのを現世ではあざとい、と言うそうだぞ」
    「俺たちは刀だが、人の身を得た以上は使えるものは何でも使うさ。その方が驚きに満ちているだろう?」
     三条宗近の弟子、五条国永。その刀匠の手により生まれた鶴丸が後の三日月宗近と呼ばれる刀を初めて見た時のことは、今でも強烈に印象に残っている。あれほど美しいと思う刀は本刀以外、今でも見たことはない。
     昔は、離れがたくて、雛のように三日月の後ろをついて回ってはあれがしたいこれがしたいと我儘を言っていた。しょうがないやつだ、と言いながらも三日月は鶴丸の願いを聞き入れてくれるのだ。だからか、三日月は今でも鶴丸のおねだりに弱い。それを最大限活かすのは当然のことだ。
    「苦い初恋を引き摺っている可愛い弟分のことを、無下にはできないんだろうさ。慰めてくれと言われれば、彼の刀は頷いてしまうのだろう?」
     ぱしんと扇子を閉じた則宗が、鶴丸を真っ直ぐ見つめる。その瞳には、軽蔑はなくとも理解しかねるといった感情が浮かんでいた。だが、次の瞬間にはまた面白そうなものを見る目に変わる。
    「ま、とうとう鉄槌が下されたようだがな」
    「ぐっ……」
    「元の本丸にいた三日月宗近に懸想していたが、別の刀に取られて傷心故に引き継ぎの際、政府勤務を望んだ刀など、これは語り継いでいきたいところよなぁ?」
     芝居がかった仕草の則宗に、鶴丸は思わず睨んだ。
    「おいやめろ、言いふらさない約束だぞ」
     政府から本丸に所属する刀は多いが、本丸から政府にくる刀はそう多くはない。鶴丸は、その珍しい後者だった。政府にいたものたちは皆興味深そうに鶴丸と話そうとするが、不躾に聞いてくる刀はいなかった。目の前の刀を除いては、だが。
    「言いふらしはしないさ。まあ、ここにいる刀のほとんどが知っている話だがな」
     歓迎会と称した飲み会の時のことだ。鶴丸も酒に強い方ではあるが、この一文字のご隠居が桁外れの強さだったのだ。飲み比べの勝負にまんまと負けた鶴丸は、酔っていたこともあり、政府にきた理由を洗いざらい話したのだ。元の本丸を知らない刀ばかりのこの空間で、絶対に実らない想いを吐き出したかったのかもしれない。
     だが、それを後悔したのは二日酔いに苦しむ鶴丸を皆が暖かい目で見つめてきた時だった。特に伊達の刀たちの。そんな憐れむような目も、しばらくすると信じられないようなものを見る目に変わるのだが。
    「……ちっ」
     盛大に舌打ちをした鶴丸に、則宗はまた大袈裟に声をあげて笑う。そんな今にも腹を抱えそうな則宗を一瞥し、鶴丸は自分の前に置いていた珈琲の入った紙コップを掴んで一気に飲み干した。無糖のそれは、苦い思い出を思い起こさせる。
     鶴丸は、元はとある審神者に顕現された刀だった。顕現は遅い方ではなかったが、伊達の刀たちの中では一番最後で、三日月と出会ったのも最後。その差だったのか、と今でも思う時がある。
    「あいつは、いい刀だ。三日月が惚れるのもわかる」
     三日月が恋をした相手は、同じ伊達にあった刀だった。鶴丸はその刀を誰よりもよく知っている。贔屓目に見ても、いい刀だ。三日月は見る目がある。
    「確か伊達の刀だったな。複雑な心境、と言うわけか」
    「……あっちは、俺の気持ちは知らないけどな」
    「なんだ、口説いてなかったのか」
    「口説こうとはしていたさ。けど、誰を見ているのかわかってからはやめた」
     ずっと三日月を見てきた。それこそ、生まれたばかりの時から。けれど、その心を射止めたのは鶴丸ではなかった。三日月を見てきたからこそ、わかってしまったのだ。伊達の弟分でも、その恋を応援するでもなく、けれども表立って邪魔をすることもできず。結局、鶴丸が何もしなくてもふたりは恋仲となったのだ。
     鶴丸の初恋は呆気なく散っていった。ぽっかりと穴が空いた心に幸せそうなふたりを見ていることはできず、主も高齢だったということもあり、引き継ぎの際に政府へ行くと宣言したのである。皆には引き留められたが、鶴丸の意思は固かった。三日月に言われた時は、少しだけ心が揺れたが。それでも鶴丸は本丸を出て行くことを決めたのだ。食い下がる周りを諌めたのは、他でもない主だった。
     鶴丸から見ればまだ小娘の主も、人間としては長生きの部類に入る。そんな彼女には、鶴丸の気持ちはお見通しだったのかもしれない。彼女が本丸を離れ、鶴丸もまた政府へと向かう時に、主がぽつりと溢したのだ。辛い思い出も、いつかは苦笑いにできるくらいの思い出になると思うわ、と。
    「はぁぁぁぁ。こうなるなら、修行の旅にでも行くんだったな」
     もしかしたら、自分にもまだ希望があるかもしれない。修行から帰ってきてふたりの仲を紹介されたら、と思うと行きたいとは言えなかった。臆病だった、と今なら笑えるだろうが、あの時はそんな余裕などなかったのである。
     机に突っ伏して鶴丸は呻いた。戦いの経験は蓄積されるとは言え、政府が設定した練度は変わらないのは驚きがない。極めていれば、数値であろうが変化があったはずなのだ。
    「行こうと思えばいつでも行けるだろう」
    「所属はしているが、政府には忠誠なんぞ誓ってないもんでね」
    「本丸産は難儀だなぁ」
     独特な声を上げながら笑う則宗をひと睨みし、鶴丸はつい先日出会った刀に思いを馳せた。まだ顕現したてで人の身にもさほど慣れていないだろうに、鶴丸に靡くことがなかった三日月宗近。個体差、と言ってしまえばそれだけなのだが、それでも、何故だかあの三日月宗近が気になっていた。
    「おや、お前が振られたというのは本当のことだったのか」
    「げっ!」
     琴の付喪神も嫉妬しそうなほど、美しい音が鶴丸の耳に響く。声を上げたのは、ほぼ無意識だった。
    「おお、かぐや姫の登場だな。此処にくるとは珍しい」
    「はっはっはっ。なに、煩悩塗れの雛鶴をからかいにな」
    「面白いことになっているぞ、ほれ」
    「おいやめろ」
     持っている扇子で鶴丸の頭を突く則宗の手を払いのけ、身体を起こす。優雅に口元に手を当てて隣へとやってきた刀は、長い射干玉の髪を無造作に払いのけ鶴丸を見下ろした。
    「いつかは痛い目を見ると思っていたが……これは愉快だな」
    「……うるさいぞ、三日月宗近」
     政府には、数多の刀がいる。最初から政府によって顕現された刀もいれば、鶴丸のように本丸から異動してきた刀など、様々だ。その中には、異質な刀もいる。例えば、目の前の刀のように。
    「ふふ、よほど堪えたと見える。私にやられて以来か?」
     紅を乗せた唇に笑みを乗せ、彼女・・・・は美しく艶やかに笑う。そんな三日月を目にした鶴丸は、苦虫を噛み潰したように思い切り顔を顰めた。
    「ぐ……」
     天下五剣で最も美しいと言われた刀は、顕現した姿もそう呼ぶに相応しい。鶴丸がよく知る男の身体ではなく、女の身体で顕現した刀。それが、今目の前にいる女体の三日月宗近だった。
     女の身で顕現する刀は思ったよりも少なくはない。鶴丸も自分の同位体で女の身を持ったものを見かけたことはある。
     人間ではないとはいえ、性差による力の違いはあれど全体的な違いはほとんどない。鶴丸は、それを身を持って知っていた。
    「私に手を出そうとして、無様に地面を這うことになったお前が懐かしいものだ。あの時も、こうして不貞腐れていたなぁ」
     これでもかと顔を歪める鶴丸に、三日月はくすくすと笑う。幾振りもの三日月宗近を喰らってきた鶴丸だが、この目の前の刀だけは喰らおうとはしなかった。否、喰らえなかった、と言う方が正しい。
    「相手がいる君たちには手を出していない」
    「当たり前だ。していたら踵落としだけではすまないぞ」
    「うはは。あの時、お前さんが地面にめり込んでいるのではないかと心配したぞ」
     この女体の三日月宗近は、鶴丸がいるところの隣にある部署の刀である。彼女には恋仲がいるのは有名な話だったが、それを知らなかった鶴丸は、受け入れてくれない三日月宗近に苛立っていた。恋仲がいても構わないだろうと、あの時は本気でそう思っていたのである。
     目の前で口説いていた三日月の姿がぶれた瞬間、鶴丸が気付いた時には、何故か地面と接吻しているという状況になっていた。がんがんと痛む頭を抑えて顔を上げた先には、怒りの感情を露わにした三日月が冷めた瞳で鶴丸を見下ろしていたのである。
     正直、あの時のことは思い出したくない。あの小柄な身体で、平均よりも大きい鶴丸の頭に踵落としを喰らわせた素早さは、短刀よりも早かったと思う。おまけに腕力では大した傷を与えられないと思ったのか、踵を落とすという発想と瞬発力には恐れ入った。
     あの時の三日月は、恋仲がいると言っているだろうと、何事かと様子を見にきた政府の刀たちの中にいたその相手を呼び寄せ、鶴丸に見せつけるように濃厚な口付けをかましたのだ。その光景は、傷心の鶴丸にはとんでもなく効いた。初恋が散ったことと同じくらい苦くて辛い記憶でもある。
     それから、鶴丸が手を出すのは相手がいない三日月宗近だけになった。それまでに手を出した三日月たちの中に、相手がいるものはいなかったのは、運が良かったのだろう。でなければ、今頃大事なところを切られてしまっていたかもしれない。
     それ程までに、この女体の三日月宗近は恐ろしかった。美人が怒ると怖いとは、よく言ったものである。無体を働いたのは鶴丸だったのに、逆に三日月の恋刀から同情されたのであった。
    「さて。面白い顔も見られたことだ、そろそろ私は退散しよう」
     あの時の痛みを思い出し、思わず頭に手を乗せる鶴丸。それを見ながら、三日月は用が済んだとばかりに満足そうに笑った。本当に鶴丸の様子を見るためだけに来たのか。お淑やかそうな見た目にそぐわず、彼女は最前線で戦う部署にいる。そのため、休憩室には滅多に訪れない。どちらかというと、手入れ部屋を休憩室代わりにしているのだ。鶴丸も戦うことは好きだが、あの部署の刀は一線を越している。
    「では、ゲートまで僕がエスコートしようか。お前さんに無体を働こうとする刀がいるとも限らんからな」
    「ふふ、よろしく頼む」
     鶴丸を見ながら、則宗が三日月に手を差し出す。今日だけで、どれだけ苦虫を想像で噛み砕いただろうか。鶴丸はまた大きな舌打ちしながら頬杖をついてあさっての方向を向いた。
    「鶴丸国永」
    「なんだ」
     顔を背けたまま素っ気なく応える。そんな態度の悪い鶴丸を、三日月は嗜めるわけでもなくただその名前を呼んだ。
    「……なんだ、三日月宗近」
     渋々振り返った先。則宗の腕に手をかけたまま三日月は真剣な顔で鶴丸を見ていた。先程までの揶揄うような雰囲気は感じない。
    「お前がその調子だと、望むものは手に入らんぞ」
     見透かすような、その名の通りの月が浮かぶ朝焼けの色をした彼女の瞳が、鶴丸は苦手だった。三日月宗近へと無差別に手を出す鶴丸を諌めることも軽蔑することもなく、ただ哀れな男だと笑う、その瞳が。
    「別に、その心がなくとも君たちは抱かせてくれるだろう」
     一度抱いた三日月宗近は、もう二度と鶴丸の前には現れない。一度は抱かれてくれるが、二度目はないと言うことだ。鶴丸に、心を寄せることを良しとしないのだろう。三日月宗近は、受け入れてくれているように見えてその実、その手を掴んではくれないのだ。
     だからこそ、そんな三日月宗近の心を手に入れた刀が羨ましくて、妬ましくて、恨めしい。
    「はっはっはっ。そうだな。可愛い雛鶴のおねだりには弱くてたまらん」
     真剣な顔から一転、再び楽しそうにひとしきり笑った三日月は、伏せ目がちに再び鶴丸を見下ろした。
    「そのお前を利用する私もいるだろうがな」
    「俺は別にそれでもいいさ。利用しているのは、こちらも同じなんでな」
     報われない恋をしている三日月宗近は、すぐに鶴丸の意図に気付く。それでもなお、初めは拒もうとする。だが、自分も同じなのだと囁けば、彼らはそれ以上は拒めない。
     優しい刀だ。愚かとも言える。
     それを利用している鶴丸もまた愚かであるが。
    「まったく、愛とは何たるものか一度説教されるべきだな」
     鶴丸の自嘲に、やれやれと則宗が肩を竦める。その則宗に向かって、三日月は口に笑みを浮かべたまま首をこてんと傾げた。
    「おや、則宗がしてくれるか?」
    「いいや、僕はお断りだな。どうせ馬の耳に念仏なのが目に見えているからな」
    「こっちだって嫌に決まっている。説教にかこつけた惚気なんか聞きたくないぜ」
     則宗の呆れる視線を、鶴丸は鼻で笑い飛ばす。暇さえあれば、この刀は恋刀の自慢をしてこようとしてくるのだ。それを忌々し気に聞く鶴丸の反応を見て楽しんでいる則宗は、本当にいい性格をしている。
    「うはははは。羨ましいか?」
    「まっっったく!」
     全力で否定する鶴丸を笑いながら、ふたりは休憩室を出ていった。その背中を見送った後、鶴丸もまた立ち上がる。休憩時間もそろそろ終わりだ。
     時々、本丸で過ごした日々を思い出すこともある。いつかは、主の言う通り苦笑いできるくらいの思い出に変わるのだろうか。今の鶴丸には、まだできそうにはなかった。
     
     
     
     
     最初から、鶴丸は三日月宗近に手を出していたわけではない。鶴丸がこんな爛れた生活を送っているのは、とある三日月宗近がきっかけだった。
     まだ今よりも初恋の傷を引き摺っていた鶴丸が、あてもなく政府の建物の中を端から端まで彷徨っていた時のこと。何故こんなところにもあるのかと思うくらい端にあるゲートの近くで、俯いている三日月宗近と出会った。
     初めは、別個体であってもその姿を見るのは苦しくて、無視しようと思っていたのだが、その三日月宗近があまりにも落ち込んでいるように見えて、思わず声をかけてしまったのだ。
    「こんなところで何をしているんだ?」
    「……鶴丸、国永」
     振り向いた三日月が鶴丸をその瞳に映した瞬間、眉を寄せて泣きそうに顔を歪めた。すぐに表情を繕った三日月だが、鶴丸の脳裏にはっきりと焼きついて離れない。
     本丸の鶴丸国永に何かされたのだろうか。鶴丸国永が、三日月宗近に何かをするとは思えないが。
    「俺でよければ、話は聞くぜ」
    「いや、何もないぞ。ここには初めて来たのでな、少々戸惑ってしまっただけだ」
     口元に美しく笑みを浮かべるその顔を見て、三日月宗近とは難儀な性格をしていると鶴丸はつくづく思う。隠し事が上手いのが三日月宗近という刀なのか。先の大侵寇での振る舞いを見ているとなおさらそう思う。
    「君、吐くならもっとましな嘘を吐くんだな」
     振り向きざまの表情を見ていなければ鶴丸も気付かなかっただろう。誤魔化し方が下手な三日月は、鶴丸の指摘に俯いた。長い前髪で表情が見えなくなる。
    「それは、」
    「ここで会ったのも何かの縁だ。それに、俺が無闇矢鱈に言いふらしたりはしないのは君も知っているだろう。なぁ、三日月」
     いつかの昔のように、三日月の顔を覗き込みながら鶴丸は甘えるような声で囁いた。俯いた三日月は、今度は繕うこともなく泣きそうな顔で鶴丸を見る。
    「聞かせてくれないか?」
     こうして、鶴丸のおねだりに弱い三日月から聞いた話は、何処か聞き覚えのある内容だった。同じ本丸の鶴丸国永に恋をしていたが、彼は別の刀を好きだと知ってしまった、と。本当なら応援してあげたい、けれども今はできそうにない。だから、気持ちの整理をつけるために誰も居なさそうなこの端の場所まできた、とその三日月宗近は悲しそうに笑った。月の浮かぶ揺れる湖面に映るのは、鶴丸ではなく彼の本丸の鶴丸国永なのだろう。合っているようで、目が合わない。三日月の気持ちは、鶴丸も痛いほどわかる。
     傷の舐め合いでもするかい、と思わず口にしたのは、別個体であっても、三日月宗近にはそのような顔をしてほしくないと思ったからだ。驚いたように鶴丸を見る三日月に、鶴丸もまた自分ことを話した。
    「君が嫌なら、今のは忘れてくれ」
     同位体とはいえど別個体。頭ではわかっていた。けれど、目の前には渇望するほどに望んでいた三日月がいる。嫌なら、と前置きはしたが逃したくはなかった。
    「……いいや。お前に望まれるなら、虚しいとわかっていても、応えたくなるものだ」
     それは、三日月も同じだったらしい。鶴丸の頬に伸ばされた手は、ほんの少し震えていた。そんな身体を引き寄せて、強く抱きしめる。どちらからともなく重ねた唇は、何度触れても冷たいままだった。
     知識としては知っていたが、実際に触れるのは初めてである。お互いよくわからないまま進めた結果は散々ではあった。だが、三日月を抱いた瞬間、鶴丸の胸に空いた穴に何か温かいものが触れたのを感じたのだ。
     それは、一時のこと。けれど、確かに充足感を感じた。それは、下に組み敷いた三日月も同じだったに違いない。生理的ではない涙が流れる目尻を、鶴丸は舐め取った。しょっぱい、なのに苦い。
     肉体的にはお互い痛みがあった。苦しい、けれど心は、何処となく満たされていた気がする。
     目が覚めると、抱きしめていたはずの三日月宗近はいなくなっていた。政府に与えられた自分の部屋で、鶴丸はただ呆然と天井を見つめる。後処理はしていた。だから、身体に怠さはあれど不快感はない。ただ隣にあった温もりがなくなっただけ。
     お互いただの慰め合いだったのは承知の上だ。けれど、こうして起きた時にひとりでいるのは虚しかった。ふと、机の上に見覚えのない手紙が置いてあることに気が付く。起き上がり手に取ったそこには、美しい字で短く謝罪と礼が書かれていた。
     それを見て、鶴丸は笑う。
    「君は、やっぱり俺には心をくれないんだな」
     自嘲した鶴丸は、それ以上見る気にもなれずそのまま手紙をごみ箱へと投げ捨ててやった。

     ——それから、鶴丸はまたあの充足感を求めて三日月を抱き続けた。
     起きたら忘れる夢の如く、消え去るとしても。求めずにはいられなかった。
    「おや、また会ったな。鶴丸国永よ」
     いつの間に、いつもの端のゲートまで来たのだろうか。掛けられた声に、鶴丸は俯いていた顔を上げた。
    「三日月宗近⁉︎」
     つい先日、鶴丸を袖にした三日月宗近が目の前に立っている。何故ここにいるのか、と驚く鶴丸に三日月は楽しそうに笑った。
    「はっはっはっ。足は平気か?」
    「き、君なぁ!」
     まさか、こうして二度目の邂逅をするとは。数多の本丸、数多の同位体。見分ける術は、顕現させた審神者の霊力の質である。目の前の三日月の霊力は、雨のような匂いをさせる質の良いものだった。
     鶴丸は、今度こそ逃げられないように素早く三日月を壁へと追い詰める。自分が平均より高い身長で良かったと思う。
    「この間は不覚を取ったが、今度はそういかないからな」
     軽装姿の三日月の足の間に膝を割り込ませて、身動きを取れないようにする。戦場で受ける傷ほどではないが、何でもない時に足の甲を踏まれるのは痛い。だが、壁に手をついた鶴丸に迫られているというのに、三日月は慌てるわけでもなくただただ面白そうに笑っているだけだ。
    「お前はせっかちだな。少しは対話というものをしたらどうだ?」
    「君相手にそれは必要ないことをこの間で身に染みて知ったからな。今回こそは、俺に抱かれに来たんだろう?」
     三日月の頬に指を添わせ、剥き出しの首元へと滑らす。僅かにしっとりとしているのは、夏の季節からか、それとも緊張からか。
    「……痛いんだが」
    「痛くしているからなぁ」
     首筋から軽装の合わせ目へと侵入しようとした鶴丸の手の甲を、三日月が爪を立ててつねる。地味に痛いそれに抗議の目を向けるも、三日月は微笑んだまま楽しそうにしていた。
    「君の口からはっきり嫌だとは聞いてはいない」
     それが面白くない鶴丸は、じっと据えた目で三日月を見下ろす。三日月宗近は、嫌とは言わない。人を、生きているものを嫌うような言葉を三日月が使わないことは、鶴丸はよく知っていた。
    「言えば止めるのか?」
     言えないくせに。探るように瞳を向ける三日月に、鶴丸は片側だけ口角を上げた。
    「君の態度次第だな」
     はっきり拒絶しなければ同意とみなす。そう含みを持たせてさらに三日月へと詰め寄る。ぴくり、鶴丸の手の甲をつねる指が微かに動いた。
    「……ふむ。ならこうしよう」
     だが、三日月は急にその指を解いたかと思えば、いきなり鶴丸の手を掴んだ。
    「へ?」
     手のひらを合わせ、指を絡ませる。所謂、恋人繋ぎと呼ばれるものだ。それに呆気に取られている鶴丸の膝を叩いて退させた三日月は、そのまま手を握りゲートへと進んでいく。
    「お、おい、何処に行くんだ?」
     空いている手でゲート横のパネルを打ち込む三日月に、鶴丸は慌てて止めようとする。だが、起動音とともにゲートが開いた。
    「街だな」
    「万事屋街か? 何でそんなところに、っておい!」
     手を離さないまま、三日月は起動したゲートに片足を突っ込んだ。慌てる鶴丸を振り向きながら、三日月は楽しそうに笑う。
    「最近、新しい甘味屋ができたらしくてな。付き合え」
    「はぁ?」
     抵抗虚しく、鶴丸は三日月に手を握られたまま、ゲートの中へと引き摺り込まれていったのであった。
     何故か普通に街を歩き、普通に買い物をして、普通に別れる。鶴丸が気が付いた時には、もうすでに自分の部屋だった。
    「いったい、何なんだあいつは!」
     部屋の中で、鶴丸は頭を抱える。あの三日月宗近を組み敷くことを考えていたはずだったのに、いつの間にか普通に楽しんでいた。
     こんなことは初めてだ。いつもならば、相手のいない三日月宗近を見つけ次第自分の部屋へと連れ込むのだが、あの三日月にはそんな隙はなかった。
    「くそ、もうあいつに会うことなんてないだろ」
     政府に所属する鶴丸の休みは、不定期である。現代に生きる審神者の多くは、五日働き二日休むという習慣が根付いているため、ほとんどの本丸もその傾向が多い。だから、鶴丸が政府をひとりで訪れる三日月宗近と出会う確率はそう多いことではなかったりする。
     そのはずだったのだが。
    「鶴丸国永」
    「……また君か」
     またしても鶴丸の前に現れたのは、あの三日月宗近だった。相変わらずの軽装姿で鶴丸の前に立つ刀は、口元に笑みを浮かべてこちらを手招きしている。
    「暇なのだろう?」
    「……暇じゃない」
     貞操を狙われているというのに、三日月は警戒もなく鶴丸を呼ぶ。その様子に若干の苛立ちを感じながらも、鶴丸は素直に三日月の側へと足を進めた。
    「はっはっはっ。何も知らない俺が来るのを待つより、今ここにいる俺と遊ぶ方が有意義ではないか?」
    「君が本当に遊んでくれるならな」
    「もちろん、遊びだぞ?」
    「そういう意味じゃないんだがな」
     肩を抱き寄せて顔を近付けても、熱を込めた瞳で見つめても、目の前の三日月はどこ吹く風。諦めるべきかと鶴丸が考え始めた時、前触れもなく三日月が妖艶に微笑んだ。
    「では、その気にさせてみるか?」
     間近に迫った目と目が合う。色を感じさせるその瞳の奥に、鶴丸は熱が灯るのを確かに見た。
    「……言ったな?」
    「ははは」
     次の瞬間にはいつもの食えない笑みに戻った三日月に、鶴丸も同じように笑い返す。これは、三日月宗近からの挑戦だ。戦場と同じような血が滾る高揚感に、鶴丸は舌舐りをした。
     だがしかし。三日月を組み敷くという煩悩まみれの欲は、叶わなかった。
    「ではまた会おう、鶴丸国永」
    「ぐっ……!」
    「次こそは俺を抱けると良いなぁ?」
    「三日月、宗近!」
     肘を入れられた鳩尾を抑え、その場に蹲る。そんな鶴丸を見下ろし、無常にも三日月は去っていった。
     それから、何度この三日月と会おうとその気にさせることはできず。かくして、鶴丸はこの靡かない三日月を組み敷くことに躍起になっていったのであった。
    「爛れた生活はやめたのか?」
    「……は?」
     あの喰えない三日月と出会って数ヶ月。仕事がひと段落した鶴丸は、久しぶりに政府の休憩室で冷たい珈琲を片手に涼んでいた。そんな鶴丸の前に突然現れた女体の三日月宗近は、そう言って目の前の空いている席へと腰を下ろす。出陣の帰りなのだろう、中傷の彼女は手入れ部屋の順番待ちだと言って、両肘をつき組んだ手を顎に乗せて鶴丸を見た。その顔には、いつかのように面白そうなものを見つけたという笑みを浮かべている。
    「いやなに、最近はそんな話を聞かないからな。やめたのかと思ったのだ」
     その言葉に、鶴丸は口を噤んだ。彼女の言う通り、最近は喰えないあの三日月と過ごす健全な休暇が増え、いつもの端にあるゲートの傍で他の三日月宗近を見かけることはなくなった。だからと言って、鶴丸自身、三日月宗近を抱くことをやめたつもりはなかった、はずなのだが。
    「そう言えば、袖にされた三日月宗近にご執心のようだが」
    「……だったら何だ」
     まさか、あの三日月のことが彼女の口から出てくるとは思わず、鶴丸は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。そんな鶴丸に、目の前の彼女はますます笑みを深める。
    「認めてしまえ、卑怯者」
    「なっ、誰が卑怯者だ!」
     だん、と手のひらで机を叩きながら鶴丸は立ち上がった。見下ろした彼女は、笑みを崩さぬままじっと鶴丸を真っ直ぐ見つめる。その見透かしたような瞳に、鶴丸は怯んだ。
     ぐうの音も出ない。そんな鶴丸に、彼女は次々と畳み掛けてくる。
    「一晩だけでいいからと言うふざけた誘い文句は、相手ではなく自分の逃げ道だ。本気になるのが怖い。また振られたら、と思うと足がすくむ。だから、身体だけでも得られたら良いなどという考えに至るのだろう?」
    「……それを良しとしたのは、君たちだ」
     これは、責任転嫁だ。自分でもわかっている。鶴丸は、三日月宗近の懐の広さに甘えているに過ぎない。
    「まったく、そういうところが卑怯者だと言うのだ。ちゃんと正面から向き合え。始めたのは、お前だろう?」
     真顔の三日月宗近が、鶴丸を真っ直ぐに見上げた。
    「それに、よく言うであろう。初恋は実らない、と。いつまで引き摺るつもりだ?」
    「うぐっ⁉︎」
     三日月宗近の手が、鶴丸の鼻を摘んで離す。じんじんと痛む鼻を押さえる鶴丸を尻目に、彼女はゆっくりと立ち上がった。
    「恋は一時でも、愛は一生だ。鶴丸国永よ」
     血と埃で汚れてもなお凛として美しく立つ女体の三日月宗近は、鶴丸を真っ直ぐと見据え慈愛に満ちた目で優しく微笑んだ。
    「一生の愛、お前はどこの誰に向ける?」
     まるで子を見守る母親のように。彼女は最後に鶴丸の頭を撫でて休憩室を出ていった。残された鶴丸は、弾かれたように休憩室から駆けていく。移動しながら携帯端末を取り出し、耳に当てて待つ。そして、全力で走り出した。
     



     いつもの、端にあるゲートの前。鶴丸が来るより前に三日月がそこに立っていた。
    「鶴丸」
     鶴丸を見つけ笑みを浮かべた三日月は、やや足早にこちらへと向かってくる。目の前まで来た三日月の、その少し下にある肩に鶴丸は無言で頭を乗せた。
    「……鶴丸?」
     様子がおかしいことに気付いたのか、三日月が鶴丸の名前を呼ぶ。それに応えることなく、鶴丸はそのまま三日月の腰に腕を回した。
    「どうした、何かあったのか?」
     いつもなら、腰を抱く腕をつねられて距離をとられる。だが、今日はなされるがままに三日月は鶴丸の背中に手を回し、幼子をあやすように軽く叩いた。
    「君を、抱きたい」
     鶴丸の言葉に、三日月の手が止まる。そして、鶴丸の肩を押して距離をとった。
    「……何て顔をしているのだ、お前は」
     三日月が困ったように鶴丸を見る。情けない顔をしている自覚はあった。ことの外、三日月に距離をとられたという事実に傷付いている自分がいるらしい。
     そんな鶴丸に、三日月は眉尻を下げたまま笑った。そして、腕を伸ばして鶴丸の頬に触れる。
    「その前に、俺に何か言うことがあるだろう?」
     三日月が、真っ直ぐな眼差しで鶴丸を見た。頬に触れているその手に自分のを重ね、鶴丸は三日月を見つめ返す。
    「三日月宗近。君が好きなんだ。愛している」
     本当は、ずっと前から気が付いていた。何でもない日々を三日月と過ごしているうちに、鶴丸のぽっかりと空いていた穴が埋まっていく。だが、それを認めるには鶴丸の今までの行いが邪魔をした。
     だが、背中を蹴飛ばす勢いで押されてしまったのだ。決心をせざるにはいられなかった。
    「そっちが先だろう。だが、ようやく言ってくれたのだな」
    「みかづ、」
     頬から首に回した三日月の腕に、鶴丸は前に引っ張られたかと思えば、唇に柔らかいものが触れる。温かいそれが三日月の唇だと気が付いた時には、鶴丸の顔は火を噴きそうなくらいに熱くなっていた。
    「おや、お前もそんな顔ができたのだな」
     近すぎる距離で三日月が笑う。そうは言っているが、三日月の頬も赤く染まっていることに鶴丸は気が付いていた。その両頬に手を添えて、今度は鶴丸から唇を重ねる。くっつけて離さないままその唇を何度も啄む鶴丸だったが、ほんのり強く肩を押す三日月によって強制的に離された。
    「やりすぎ、だ」
     息を切らし、涙目で三日月が鶴丸を見上げる。その珍しい姿に、鶴丸は思わず安堵のため息をついた。
    「いてっ」
     ぴん、と額に軽い衝撃が走る。三日月にでこぴんをされたのだ。
    「あからさまにほっとするな」
     むっとした三日月に、鶴丸は気まずそうに笑う。
    「いや、その……正直、君が誰のものでなかったのには安心した」
     必死に鶴丸の口付けについてこようとする三日月の姿は、どう見ても初めてのようだった。それがこれほどまでに嬉しいとは、鶴丸は思わなかったのだ。
    「俺は、お前が他の三日月宗近に手を出していたことを、ずっと根に持つぞ」
     じぃっと据えた目で三日月が鶴丸を見る。それもまた、鶴丸を喜ばせると知っているのだろうか。だが、三日月の怒りも尤もである。鶴丸が他の三日月宗近に手を出していたことは覆せない。
    「それは、許さなくてもいい。でも、君が最後だと許しを乞うことはしてもいいか?」
     目の前にいる三日月以外に、目移りすることはもう二度とないだろう。最初は、かつての本丸にいた三日月だった。だが、最後の恋と一生の愛は、今ここにいる三日月にだけだ。
    「……お前の態度次第だな」
    「もちろん、俺のこの刀生にかけて君に誓おう」
     三日月の手のひらを取って唇を寄せる。挽回の機会は与えられた。ならば、後はそれに応えるのみ。
     ふと、昔を思い出した。主の言う通り、辛い思い出も苦笑いできるくらいにはなっていたようだ。
    「鶴丸国永。俺も、お前を愛しているぞ」
     三日月が笑う。それを見て、鶴丸もまた同じように笑い返し、深く深く口付けたのだった。
     



    ※※※※※

    「初恋の苦い思い出を、いつ忘れてくれるのかと思っていたぞ」
     政府にある鶴丸の部屋で、三日月は目が覚めて一番にそう告げた。
    「はぁ⁉︎ な、なんで君がそれを⁉︎」
     先に起きていたはずなのに、ぼんやりとしていた鶴丸の目を覚まさせた言葉は、どうやら思っていた以上に衝撃を与えたらしい。驚く鶴丸に、三日月はくすくすと笑った。
    「どうだ、驚いたか?」
    「おい、三日月!」
     狭いベッドの中で、鶴丸が慌てたように上半身だけ起き上がり、三日月の名前を呼ぶ。それを見て三日月はさらに、けれども控え目に笑った。昨日は初めてだと言うのに散々好き勝手されたのだ、少しは意趣返ししても良いだろう、という三日月なりの反撃でもある。
    「答え合わせをしようか」
    「答え合わせ?」
    「鶴丸国永。俺はな、お前がいた本丸の二振り目の三日月宗近だ」
     人は、本当に驚いた時は声がでないと言う。まさか、刀も同じだとは思わなかった。
    「——はぁ⁉︎」
     たっぷり数秒おいて、鶴丸が素っ頓狂な声をあげる。鶴丸が気が付かなかったのも無理はない。鶴丸がいた頃の先代の審神者と、引き継いだ今の三日月の主は、血は繋がっていないのだ。だが、ふたりには、血縁以上の繋がりがあった。
    「三日月は、あの引き継ぎの審神者の……主の義理の娘の刀だったのか……」
    「ああ。俺は、今の主の刀として顕現した」
     三日月がいる本丸には、すでに現在顕現している刀は全て揃っている。だが、本当の意味で今の主の刀はいないのだ。一振りぐらいいてもいいだろう。そう主に進言したのは、一振り目の三日月宗近だ。
    「……本丸に二振り目の鶴丸国永は」
    「いないぞ」
    「いないのか?」
    「あぁ、何せお前はまだ俺たちの本丸の刀のままだからな」
    「は?」
    「何でも、鶴丸国永は傷心の家出をしているらしい」
    「はぁぁぁぁ⁉︎」
     目を白黒させる鶴丸に、三日月はとうとう声を大にして笑った。途端、鈍い痛みが腰に響いたが、それを上回るほどの間抜けな顔をする鶴丸の姿に笑いが止まらなくなる。
    「言っていたのは、先代の審神者……お前の主だ。まぁ、安心しろ。俺以外は皆お前が一振り目の三日月宗近に懸想していたことは気付いていないぞ」
    「主……」
     ぽすんと、脱力した鶴丸が三日月の隣に倒れ込んだ。いくら驚きを好む鶴丸とは言え、この驚きは予想もしていなかっただろう。三日月は、鶴丸の顔にかかる髪の毛を梳いてその額に唇を寄せた。
    「お前の話は、本丸の皆から聞いていた。だから噂を聞いた時、傷心のために本丸から政府へと異動した三日月宗近を喰らう鶴丸国永とは、お前のことではないかと思ったのだ」
    「だいたい君、その噂話はいったい何処で聞いたんだ?」
    「噂は俺たち三日月宗近の間でされてるものだ。それも、相手のいない、な」
     三日月も聞いたわけではなく、噂話をしている三日月宗近たちの話を盗み聞きして知ったのである。初めての演練場で、迷子になり偶然入った路地裏で、鶴丸に抱かれたという三日月たちがしていた噂を聞いたのだ。
    「それと、お前に抱かれた三日月宗近が二度と姿を現さなかった理由も教えてやろうか?」
    「な、君、知っているのか⁉︎」
     やはり、気にしていたのだろう。そうでなければ、鶴丸はここまで捻くれていなかったに違いない。
    「ははは。もし、俺がお前以外の鶴丸国永の気配をさせていたらどうする?」
    「?」
    「……っふ、くく」
     わかりやすく殺気立つ鶴丸に、三日月の口から堪えきれない笑いが溢れた。
    「そういうことか……」
     理由がわかったのだろう、仰向けになった鶴丸が両手で顔を覆う。三日月が盗み聞きした同位体の話では、目の前の鶴丸に抱かれた後本丸に戻った瞬間、そこの鶴丸国永に問い詰められたらしい。本当は両片想いというやつだった同位体は、無事結ばれることができた。だがしかし、鶴丸国永という刀は嫉妬深いものが多い。いつか政府にいる鶴丸の首を狙いに行くのではないかと心配していたのだと話ていたのを三日月は聞いたのだ。
    「君は、何処まで何を知っているんだ……」
     げんなりした顔で鶴丸はため息をついた。今まで知らなかった情報を一気に詰め込まれては、鶴丸も感情が追いつかないのだろう。
    「あぁ、お前が本丸の一振り目の俺に懸想していたことはな、一番初めにお前と会った後に政府の俺が教えてくれたのだ。あの、女体の三日月宗近に」
     鶴丸は知らないだろうが、実は次の日にも三日月は政府を訪れていた。だが、鶴丸は仕事だと知らなかった三日月はその場でずっと彷徨っていたところに現れたのが、女体の三日月宗近だったのだ。
    「げっ、あいつか……」
    「あの俺は面白いな。女体である、と言うよりも個体差だろうか」
     見た目は男の身の自分よりも嫋やかでお淑やかそうなのに、中身はどの三日月宗近よりも雄々しい。彼女は、三日月が知らない鶴丸の話をよく教えてくれた。鶴丸が非番の日を教えてくれたのもまた彼女である。
    「どう見てもありゃ個体差だ。いや、個体差であってくれ」
     散々揶揄われていたのだろう、両手を離した鶴丸の顔は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
    「俺と恋仲になったこと、後悔しているか?」
     苦々しい顔をしている鶴丸に、三日月はぽつりと呟く。わかっていたのに、三日月は鶴丸に何も説明しなかった。鶴丸からすれば、騙し討ちのようなことをされたも同然だ。
     それでも、三日月はこの鶴丸と一緒にいたかったのである。初めは、傷心で家出する鶴丸国永という刀に興味を持っただけだったのが、一緒に過ごすうちにそれが恋へと変わり愛となった。
    「……してない」
    「本当か?」
    「本当さ。俺は君が好きなんだ。また本丸生活に戻るのも吝かではなかったぜ。まさか、元の本丸に戻るとは思ってもいなかったがな」
     今度は、鶴丸が三日月の額へと口付けを落とす。だが、それだけでは終わらずに顔中のあちこちへと唇が落ちてくるのを、三日月はただひたすら受け止めた。
    「……君こそいいのか。俺は、昔あいつに懸想していたんだぞ」
     全てを忘れろとは、三日月も言わない。けれど。
    「今、お前の目に写っているのは、俺だろう?」
     鶴丸の気持ちは疑っていない。だから、三日月は安心して鶴丸を本丸へと戻すことができる。
    「……違いないな」
    「俺たちの本丸へ帰ろう、鶴丸」
     鶴丸が政府にいるままでは、会うこともままならない。それなら、同じ本丸内にいるほうがいいに決まっている。
    「ああ、そうだな」
     会いたい顔触れもいるから、と話す鶴丸の顔は何処となく嬉しそうだ。政府にも本丸にいる刀と同じ同位体はいるが、やはり違う個体である。鶴丸も、寂しかったのだろう。
     そろそろ準備をするかと、怠い身体を叱咤して三日月は起き上がる。だが、その身体はすぐに後ろへと倒れていった。
    「その前に、もう一度君を抱かせてくれても?」
     出会った時のように、ギラギラと瞳を輝かせた鶴丸が三日月を見下ろしている。三日月を喰らわんとするその瞳の奥には、焦らされて燻る熱が灯されてた。
    「……足りないのか?」
    「この数ヶ月、禁欲生活をしていたようなもんだからな」
     女体の三日月が、鶴丸のこと下半身男とこっそり言っていたことを思い出す。その言葉を、三日月は身を持って知ることになりそうだな、と胸の中だけで思う。
    「三日月」
     足りない、と耳元で楽しそうに囀る鶴丸を横目に睨みながら、三日月は呆れたようにため息をついた。昨日の今日で、三日月の腰とあらぬところは未だ違和感があるというのに。鶴丸は遠慮なくその手を腰へと回してくる。
    「……仕方のないやつだ」
     さわさわと尻を擦る手を軽くつねり、三日月は近付いてくるその顔に唇をそっと重ねたのであった。
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    amayadori_kasa8

    PAST再掲です。
    以下注意
    ※鶴丸が色んな三日月に手を出してる
    ※鶴丸以外とくっついてる三日月がいる
    ※女体化三日月がいる(この鶴丸とはくっついてない)
    ※好きな物をつめこんだ闇鍋

    なんでも美味しく食べられる人向けです。
    誤字脱字はめっちゃあります!雰囲気で読んでください!!(土下座)
    交月雨 ——政府には、三日月宗近を喰らう鶴丸国永がいるという。


     そんな噂を耳にしたのは、ほんの偶然だった。「喰らう」というのが言葉通りではないことは三日月も知っている。それを噂していた相手がため息を吐きながら、どうしたものかと呟くのを隠れて聞いていた三日月は、音を立てないようにそっとその場を離れた。
    「……ふむ」
     周りに誰もいないところで立ち止まり、顎に手を当てて考え込む。そして。
    「その件の鶴丸国永に会ってこよう」
     どんな個体であっても、三日月宗近であれば見境無く手を出す鶴丸国永という刀に俄然興味が湧いたのだ。そうと決まれば、早速主に許可を願うべく、三日月は自分の本丸へと足早に向かった。


     一瞬の浮遊感の後、地に足が着く。閉じていた目を開ければ、そこには無機質な壁と床が続いていた。来ること自体は初めてではない。だが、ひとりで来たのは初めてだった。
    19594

    amayadori_kasa8

    DONEいっぱい食べるきみが〜のCMを思い出しながら書きました。
    にょたを書いてみたかったんです。でもにょた要素生かしきれなかった気がします。

    ⚠️注意⚠️
    三日月が先天性にょた(一人称変わらず)。
    弱体化してます。
    特に黒くもない黒本丸の話があります。
    審神者が人外。他にも人外が出てます。
    捏造ありまくり。

    好きな要素を好きなだけ入れた闇鍋です。
    何でも美味しく食べれる人向け。
    甘い熱 食わず女房という名の妖を知っているだろうか。
     あるところに、妻帯していない男がいた。食事をせずよく働く者がいれば嫁に迎えても良いなどとのたまうその男に、ある時望み通りの女が現れる。嫁となったその女は男の望み通り飯を全く食わず、働き者であった。しかし、何故か米をはじめとする食糧の減りが早い。こっそりと食べているのではと訝しんだ男が仕事に出かけるふりをして家を覗くと、嫁が大量の握り飯を作っていた。そして、嫁は結っていた髪を解くとそこにはなんと大きな口が。そこへ握り飯を次々と放り込む女を見て、男は嫁の正体が人間ではないと知った。男は女に離縁を申し出たが、本性を現した女は男を攫い自分の住処へと連れ込もうとする。隙を見て逃げ出した男は菖蒲の生えた湿原に身を潜めることによって、なんとか助かったのだった。
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