【迫荼】怪盗×ヒーロー原稿進捗② 広いフロアを、ヒーローと警察で手分けして探す。ルーレットのテーブルのそばを通ったところで、二つ先のテーブルに、迫がいるのを見つけた。
≪こちら蒼穹。ホシを発見。E2エリアの中央付近の台。近づいて様子を見ます≫
立てた襟に付けているマイクで報告した。無線で連動した右耳のイヤホンから、了解、とスナッチの声が返る。
他の客に紛れながらさりげなく近寄って、目だけで迫を窺った。カードゲームをよく知らないので、何のゲームかは不明だが、迫はディーラーに向けニヤリと笑って、トランプを二枚場に出した。
「上がり」
「おめでとうございます」
ディーラーはにこやかに、場に積んだチップをT字のレーキで迫へ渡す。
「半分もらって、もう一ゲームいいかな」
「もちろん」
迫が、膝に乗せたチップケースにぴったり半分の山を収納し、そうして、不意にこちらへ顔を向ける。
しまった、と思う。視線に気づかれたかもしれない。けれどもここで歩調を速くするのは不自然だ。他の台にも視線を向けているように装って、気づかぬ振りで通りすぎようとする。
しかしその燈矢の右手首を、迫の手が掴んだ。
ギョッとして振り返る。素の反応だったが、知らない相手に急に手を引かれれば、誰だって驚くだろう。ここは問題ないと考えて、心を落ち着ける。
「……なに?」
訝しむふうな表情を作り、相手を見上げた。燈矢より、五センチほど背が高い。
「ああ、すまない。昔の──友人に似ていたから」
その声を正面で聞いてハッとした。
まさに燈矢が追っている、Mr.コンプレスの声だったからだ。
「それって……、もしかしてナンパのつもり?」
ありがちな文句だろう。少し、会話をしたくてそう訊いた。
「いや、本当だよ。髪と横顔がそっくりだった。体格もね。……瞳の色は違ったみたいだけど」
ヒーロー蒼穹だとバレたのかと思って、背中を冷や汗が流れる。だが、今の燈矢の髪色は黒だ。瞳の色よりよほど分かりやすいのに、迫は髪色の違いに言及していない。
「なんだか、途端に懐かしくなっちゃったよ」
一歩近づいて、迫が燈矢の顔を覗き込む。思わず、燈矢は一歩後退した。
声は、やはりMr.コンプレスだった。エンターテイナーよろしく空から張り上げる声より、奴が燈矢にだけ聞かせた声──いくらか落ち着いて、妙な色気を感じさせる声だ──に近い。
それからもうひとつ、燈矢はやはり彼の、眉尻を下げたこの表情に覚えがある。本部で写真を見たときより、それを強く感じた。いつ、どこで会った? この男は何者だ?
記憶を高速で手繰るけれども、それらしい人間は思い当たらない。
そうしていると、迫はディーラーを振り返って、「やっぱりキャンセルさせて」と言った。
「構いませんよ。チップを預かる前ですから」
迫がテーブルに残していた半分のチップをケースに入れるために、燈矢の右手は解放される。
この隙に逃げようかと思ったが、思い出せない迫と自分との接点に気を取られて逡巡するうちに、迫のチップはすべてケースに収まってしまった。
「向こうへ行かないか? バーがあるんだ」
急な誘いに、どうすべきか悩む。するとイヤホンから、≪情報を引き出せ≫とスナッチの指示が入った。
「いいぜ? あんたが奢ってくれるンなら」