【RとTの一夜】
「ハーッハッハッハ! 貴様の宝を頂戴しに来たぞ!」
夜闇の中で静まり返る、広大な屋敷。その大広間に大音声が響く。
高らかに笑いを響かせたのは、マント付きの白のタキシードを着た少年だった。ただし少年自身があちこち手を入れた服である為、礼服というよりは童話の中の王か王子かといった出で立ちだ。自信に満ちあふれた飴色の双眸を輝かせる少年は、日だまりのような色の短い髪に白のシルクハットをかぶり、両腕を広げてシャンデリアのぶら下がる天井を大きく仰ぐ。その姿は大舞台でスポットライトを浴びるショースターさながらである。
一方、ホール中央の大階段からシトリンの双眸がそれを眺めていた。
白の少年と同い年の少年で、服装も似ている。こちらは黒のシルクハットとタキシードで揃っており、マントの裏地が柄になっていたり装飾品の数も多かったりと心持ち飾り立てられた意匠だった。もっとも、少年の整った顔立ちにはこれ以上ないほど似合っている。
この屋敷の持ち主でもある黒の少年は、冗談めかした笑みを浮かべた。
「司くんは毎回それだねぇ」
司と呼ばれた少年の、きりっとつり上がった眉の片方がぴくんと跳ねる。
「む……類こそ、最近は登場と退場の方法がワンパターンではないか」
「フフ、耳が痛いね。近頃は警備が厳しいから、また違う方法を模索しているところさ」
類と呼ばれた黒の少年は肩をすくめて歩を進めた。司のような派手な動きはないものの、優雅な足運びや所作、漂わせる雰囲気は不思議と人を惹きつける魅力がある。司は自分にはないそれを羨ましく見ながらポーズを崩し、代わりに腕組みをした。
「そういえば今度のターゲットはどこなんだ?」
「財界のさる大物の邸宅にしようと思っているよ。君も同じかい?」
「馬鹿いえ。オレの方は某中小企業の社長宅だ」
二人は歳も同じなら、生業も同じだった。
生業は──怪盗。
しかし、ターゲットにするものも違えば怪盗を始めた動機も、続ける理由すら違う。だからこそ二人は、『ある出来事』を境にこうして類の別邸で会うようになったともいえた。もし何もかもが同じであったなら恐らくこんな逢瀬は叶わなかっただろう。
類は、司を見る目を眩しそうに細めてシルクハットをとった。帽子の下から現れたアメジストを思わせる鮮やかな髪を、軽くかきあげる。
「なら……君の狙いは、最近黒い噂の絶えない所かな」
「なんだ、見当がついているのか」
「まあね。しかし、君──いや君達が標的にする対象は他者から推測されやすいのが難点だね。僕だけじゃなく、しっかり警察にも目をつけられて『網』が張られているよ」
そう言ってシルクハットを手の上で軽く振ると、ぽろん、と小さな黒いチップが手のひらに落ちた。警察の動向やターゲットになりうる者に関する詳細など、怪盗の仕事に必要な様々な情報が詰め込まれているチップで、もし第三者の手に渡ればあっという間に数人が身の破滅に陥るだろう代物である。
これは類が司に初めて逢瀬を持ちかけた際につけられた条件で、類側が得た情報を必ず渡す決まりなのだった。いわゆる対価というものだ。
類はいつものようにそれを司に差し出す。
「どうしても狙うというなら止めないけど、あまり無理はしてほしくないな」
「う……お前の持ってくる情報は間違いがないからな。シーと相談してみよう」
「そうしておくれ。妹さんによろしく」
苦い顔でチップを受け取った司は、落とさないよう胸ポケットの中へ沈めると口をへの字に曲げた。
「こら類、妹ではないっ。シーと呼べ!」
「……ずっと不思議だったけど、なんでシーなんだい?」
「ん? これは妹という英語の頭文字からだな──」
「英語の綴りなら頭文字は『S』だよ」
「なにぃっ!?」
ややオーバーに仰け反ったかと思うと、しすたーしすたー、と呟きながら自分の手のひらに何か──おそらく英単語だ──を指で書き始める。そして数秒ほど沈黙した後、司は恥ずかしそうな視線を類へ向けた。
「…………来週には改名しているかもしれんが深くは聞くなよ」
「フフ、わかったよ」
優しい微笑と共に、黒い腕が白の身体をそっと抱き締めた。
「じゃあ僕はまた来週も──ここで待っているから。無事に戻ってきておくれ」
「る、類」
「……約束の証、今日もくれるかい?」
司を見つめる冴え冴えとしたシトリンの奥に、甘い熱が宿る。二人きりの、この屋敷での逢瀬にしか見せない瞳。それにどんな想いが込められているのか、少しずつではあるが確かに重ねてきた時間の中で司は分かりすぎるほど分かっていた。
約束の証。逢瀬の契約の際に類側から要求されたそれを──しかし今は、司自らの望みで──行う為、類の首の後ろに両手を回した。つま先立ちをして、ぐっと近くなった顔に胸を高鳴らせつつ言葉を紡ぐ。
「……お前も、オレ以外に捕まるんじゃないぞ。類」
「ああ、もちろん。君以外に捕まる気はないよ」
不敵な笑みを交わし合って、二人はゆっくりと唇を重ねた。
目の前にいる怪盗の成功と──
恋人の無事を、祈りながら。