【病床凸凹ランデブー】
皿の上に並べられた八等分のりんご。そのひとつを渋々つまんで持ち上げる。うさぎの耳なんてものもない簡素な姿のそれを一口かじれば、むいた彼は少しほっとしたように目尻を下げた。……なんてだらしない顔だろう。どう見ても、情けなくも病に伏してしまったベッド上の咎人へ向ける顔ではない。これでよく将校が務まるものだ。
本音を言えばあまり声を出したくはないが、風邪で痛む喉で無理やり果実の破片を飲み込んで、唸るように言った。
「……これでいいでしょう。さっさと帰って下さい」
そう、一刻も早く部屋を出ていってもらわなくては。贖罪中なのに何故か休暇まで与えられる自分と違って、将校どのは未だ多忙を極める身。風邪などうつっては大変だ。
──だというのに、こんなところまで見舞いにくるなんて。この人は本当にどこまで甘いのだろう。
胸中で何度目かの舌打ちをしていると彼はくすりと笑って椅子を立った。
「果物なら食えるようだから、明日また別のを持ってこよう。丁度、森の民達から貰った物があるんだ」
「来なくて結構。明日は仕事に戻ります」
「む、そうか。だがあまり無理は」
「しつこいですね、あまり口うるさいとまた襲って黙らせますよっ?」
つい声を荒げてしまう。しかも将校どのを捕らえたあの時の事まで、ちらりと口走ってしまった。これは流石に反省の色無しと思われ、処罰されてもおかしくない行為。……であるはずなのだが。
どうやら彼には全く効果がなかったらしい。殊更、嬉しそうに微笑んできた。
「それくらいの元気があれば平気かもしれんな」
「だから──」
「では私は帰るとしよう。また明日な。……待っているぞ、私の参謀」
そう言うと踵を返し、軽い足取りの音だけ残して部屋を出ていった。空気が動いたからだろうか。直後に、柑橘系だが甘さのある香りがふわりと鼻をくすぐった。彼のオーデコロンの残り香だ。将校どのの側で仕事をしている時には、いつもわずかにこの香りがある。普段なら何も思わないのに──今は胸の奥がむずむずするような感じを覚えてひどく落ち着かない。
──いっそ今度は本当に襲ってしまうか。
一人きりになった静かな空間に、それまでずっと我慢していた咳を怒涛の勢いで響かせながら。明日の為にごろんとベッドへ横になった。