触れた手「ずるくね」
とある昼下がり。一周年を控えみんなで集まろうと、宿を取った時のことだった。ミスタは頬を膨らませて、じっとりとヴォックスを睨んでいる。
「何がだ?」
「シュウの髪! ヴォックスだけ触ってんのは不公平だろ!」
「あぁ、そんなこと」
昨日のヴォックスの配信で、ぼくが頭を触られたことを言っているらしい。そんなことでいじけなくてもいいのに。
「触りたいなら触っていいけど?」
「触るけど! なんで俺より先にヴォックスがさあ!」
「ミスタは来るのが遅かったから仕方ないだろう」
「納得いかない!」
すくっと立ち上がり、ぼくの前まで歩いてくる。思ったよりも丁寧な手つきで頭を撫でられる。壊れ物に触れてるみたいでちょっと擽ったい。
「ふふ、ミスタは優しいね」
「は? なんで?」
「触り方が」
こんなもんじゃね?普通。といいながら、ミスタは手を下ろす。
「確かにサラッサラだわ。 もっと雑にしてるかと思った」
「ミスタほどちゃんとした手入れはしてないよ」
「そう? 俺に負けず劣らずだと思うけど」
また今度使ってるシャンプー教えてよ、なんて言われてわかったと返事をする。そんな特別なものは使ってないけどなぁ。ふと目をやれば、ルカもそわそわとしていて笑ってしまう。
「ルカも触る?」
「! いいの?!」
ガタッと立ち上がり、ぼくの頭に手をやる。ミスタとは違い、ぐしゃぐしゃと髪を撫で回される。そんなに撫でたらボサボサになっちゃうよ。
「シュウ、ほんとにサラサラだ! POG!」
「んはは、ありがとう」
「みんなしてシュウで遊ばないの」
ため息をついたのはアイクだった。それまで静観しており、手元には飲みかけのワインが残っている。
「アイクも触らせて貰ったら?」
「いや、いいよ。 シュウも沢山触られたらストレスになるだろうし」
「ぼくは構わないけど」
どうぞ、と頭を出す。しかし、なかなか頭を撫でられる気配がない。軽率なことをしただろうかと、じわじわ後悔の念が迫り来る。こんなの、撫でろって脅迫してるようなものだろうか。まぁこんな男撫でても面白くないよねって言って、なかったことにしてしまおう。そう思い、頭をあげようとした瞬間だった。
「あ、確かに手触りがいいね」
紙をすくいあげるように、アイクの手が触れる。ミスタとは違う、けれど壊れ物を扱うような手つきで。
「シュウ、ほんとに手入れちゃんとしてるんだ。 触っただけでわかるよ」
サラサラと髪を梳く手が、頭上に伸ばされる。優しくひと撫でし、そっと離れる。
「触らせてくれてありがとう、シュウ」
そういったアイクは、きっと笑っていたんだろう。
「…どういたしまして?」
真っ赤な顔のぼくは、顔をあげられなくて確認できなかったけれど。
「…シュウ、耳赤くね?」
「気のせいじゃない?! あ、暖房効きすぎかも!」
「そうか? そんなことは無いと思うが…あぁ、酒が回ったのかもしれないな」
「そう、お酒! ちょっと寝てこよっかな…はは…」
「大丈夫かよ、俺運ぶわ」
「だ、大丈夫だから」
「いやいや…撫でてもらえてよかったな?」
「〜〜ッ!! ミスタ!」
「はははッ! 何怒ってんのシュ〜ウ〜?」
「もう…!」
ちらりとアイクを見るが、状況が理解しきれていないらしくキョトンとしている。助かった、まさか撫でられただけで赤くなるなんてティーンみたいな反応を見られなくてよかった。ちょっと休んでくるね、と言い残しからかってくるミスタとともにその場を後にする。これからは気軽に人に触らせるのはやめよう…そう心に決めて。