撒いた種が花開く時高専を卒業し、同期が一人もいなくなって、呪術師の存在意義を考え出した頃、夏油様に声をかけられた。何回か会って話して、結果私は離反して呪詛師になった。相変わらず居なくなってしまう人はいるけど、それでも弱者の為に戦う呪術師よりはマシだと思った。
そんな呪詛師の中でも、私が夏油様の次に尊敬している(仕事に関してだけどけど)のが、七海さんだ。七海さんは、いつも施設にいる訳では無いけれど、週に何回か来ているようで、割とよく会う。最初は怖い人なのかと思ったけど、話してるうちに良い人なんだと分かった。呪詛師に良い人っていうのも変だけど、他の人に比べて常識もあるし、紳士な感じがする。
その七海さんが、最近少しおかしい。いや、呪詛師は私を含め皆何処かおかしいんだけど、そういうのじゃなくて、おかしい。というか、いつも女の影がチラつくようになった。だって、毎日違う女物の香水の匂いがする。しかも、付けてると言うか、移り香みたいな。夏油様は良く違う女の人連れてることがあるけど、七海さんまでそんな人だとは思わなかった。まぁ、まだ二十代らしいし、男の人だし、あれだけイケメンならそういう事もするだろう。別にそれで彼への仕事に関しての尊敬が無くなるかと言われれば、そんな事は無いが、少しだけガッカリというか……何かモヤッとするのは何でだろう。
ある日、依頼を済ませて施設に帰ると、七海さんと夏油様の信者らしき女が廊下で仲良さげに話していた。女は七海さんの腕にボディタッチなんかして、下心が見え見えだ。……気持ち悪っ。私は何食わぬ顔をしてその横を会釈をして通り過ぎる。二人は話に夢中で私なんて無視だ。クソがっ。これだから猿は嫌いだ。
私は自分に与えられている部屋に入り、持っていた鞄をソファに乱暴に投げ置いた。何でこんなにイライラするんだろう。別に七海さんはただの同業者で、ましてや団体に属してる訳でもない。少し話すくらいだし、なんて事ない。なのに、このイラつきは何?
ソファに座り、理由の分からないイラつきに耐えていると、扉をノックする音がする。返事をすると、ドアが開けられ、思いもよらない人物が顔を覗かせた。
「お疲れ様です」
「七海さん、何か御用ですか?」
イラつきが言葉に乗り、かなり冷たい言い方になってしまった。しかし、七海さんは薄く笑って私の方へと歩み寄ってきた。
「ご機嫌斜めですね」
楽しそうに言いながら、彼は私の隣に座る。
「別に。御用はなんですか?今あまり人と話したくないんですが」
「そろそろ頃合かと思いまして」
「は?何の話ですか?」
「私の撒いた種はちゃんと花をつけてくれたようですので、他の誰かに取られる前に摘み取っておこうと思いまして」
「言ってる意味が分からないんですが。揶揄うだけなら出ていってください」
そう言って、ドアを開けに立ち上がろうとすると彼が私の腕を引っ張った。その反動で私は元の位置に逆戻りする。
「本当にわからないんですか?」
翠の瞳が私を真っ直ぐに見据える。
「わかりません。何なんですか。さっきから」
腕を振り払い視線を逸らすと、顎を掴んで目を合わせられる。
「鈍感だな」
「な」
んなんですか、という言葉は彼の唇に塞がれて紡ぐ事ができなかった。何が起きたのか全く分からず、ただされるがまま。彼は真っ直ぐに私を見ながら唇を離して口角を片方だけ上げた。
「可愛いな」
「え、いや、え?」
訳が分からず、目を瞬かせていると優しく笑った七海さんの指が、私の頬を撫でた。
「わかりましたか?」
「え?何が?」
「私の気持ち」
「は?え?」
七海さんの話が全く分からない。七海さんの気持ちって何?てか、何でキスされたの?え?思考が停止して何も考えられない私を、七海さんがほくそ笑む。
「女物の香水を匂わせたのも、あんな女とスキンシップを取っていたのも、全て貴女に嫉妬して欲しかったからですよ?」
「……は?」
「あ、ちなみにやましい事は何も無いですよ?あの香水も匂いの強い信者と話して付けただけなので。そういう事をしたいと思うのは、貴女だけだ」
耳元で甘く囁く低い声に、背筋がゾクリとする。
「貴女がここ最近不機嫌なのは、私が女の影をチラつかせていたからでしょう?」
「は?」
「今だって、私があんな女と仲良さげに話していたから、嫉妬したのでしょう?」
「いや」
「可愛いな。私が愛しているのは貴女だけだから、大丈夫ですよ。まぁ、嫉妬している貴女も可愛いから良いんですけど」
彼は嬉しそうに話しながら、私の頭を撫でた。その手が髪をすき、耳を撫で、首元で止まり、太くて無骨な指が、首を怪しく移動する。
「な、なみ、さん、やめっ」
「止めていう顔では無いですが、本当に止めていいんですか?」
楽しそうに私の体をなぞりながら、彼は妖しく笑う。確かに嫌では無い自分がいる。寧ろ、あの女達よりも彼の特別であると言われた事に嬉しささえある。
「貴女も、私が好きなんでしょう?素直になったらどうです?」
「好き……?」
「えぇ。だから嫉妬したのでしょう?あの女達に」
そうなのか。私は七海さんが好きだったのか。だから、女の影がチラつけば落胆し、他の女との接触を見てイラついた。今まで誰かを好きになった事なんて無かったから気づかなかった。そっか……私は七海さんの事が好きなんだ。
自分の気持ちに納得すると、蓋が開いた様に急に彼への想いが溢れ出す。嫉妬、独占欲、執着心。醜い想いが次々と顔を出す。
「そうですね。私は七海さんが好きです」
「えぇ」
「だから、独り占めしたいし、私だけ特別だとわからせて欲しいです」
「えぇ。いいですよ。いくらでも」
「離してあげませんよ?」
「私も離しませんよ。離れる時は死ぬ時です」
「ふふ。はい」
私の返事を聞いて、七海さんは私を自分の膝の上に乗せ、唇を重ねる。それは先程よりも深くて熱い口付け。その熱が二人の体を少しずつ火照らせる。
「愛してる」
「私もです」
「もう離さない。覚悟しろ」
「はい」
彼の翠の瞳に熱がやどり、まるで私を食べるように唇を貪る。その先はもう何も考えられない。ただ彼の焦げ付くような愛を受け止め続けるだけだった。