諦めきれなかった呪術師に戻る時に決めた。『恋人は作らない』と。だが、想いを寄せる人はいる。高専の頃から彼女が好きで、社会に出ても、誰と付き合っても忘れる事の出来なかった人。いつも明るく前向きで、少し天邪鬼で、押しに弱い。愛しい○○。付き合いたいとは思う。彼女の特別になりたいし、彼女に触れたい。キスだって、その先だって勿論したい。しかし、明日をもしれぬ身の私達が付き合ったとしても、彼女を傷つけてしまうだけなのではと思ってしまった。ただの同期としてならば、たとえ傷ついたとしても、傷も浅く済むのではないか。遺して逝きたく無いし、遺されたくない。彼女が大切だからこそ、選んだ選択だった。
その日は、潜入任務だった。夫婦の振りをして呪詛師に近づく手筈だったのだが、その呪詛師は現れなかった。どうやら違う会場に現れた所を別の組が捕まえたようだった。そのおかげで私達の任務は予定より早く終わった。
「久々に早く終わった」
「そうですね。こんな時間に解放されるのは久しぶりだ」
時計を見ると、まだ一時を過ぎた所だった。
「七海、この後暇?ご飯食べに行かない?」
「えぇ。いいですよ」
私はスマホを取り出して、近くのレストランを検索し始める。
「何が食べたいですか?」
そう言って彼女の方を向くと、柔らかい笑みを浮かべどこかを見つめる彼女がいた。その視線の先を追うと、そこにはレストランの窓際で楽しそうに食事をする四人家族がいた。
「何かいいよね」
「何か?」
「ほら、私達ってこんな仕事だからさ、あんな風に家族で食事、とか遠い夢じゃない?だから、何かいいなって」
家族を見つめる彼女は、羨ましそうな、だが何処か見守るような強い瞳をしていた。改めて家族に目を向ける。両親と小学生位の男の子と女の子。四人は楽しそうに何かを話しながら食事をしている。あれがもし、私と彼女なら。彼女と私の子供なら。ふとそんな事を考えてしまった。
「ごめんね。さて、何処に行こうか」
「……結婚しませんか」
「……はい?」
彼女の驚く顔で、初めて自分の口にした言葉を認識した。だが、口に出てしまったのは間違いなく本音だった。
「……七海、どしたの?」
腹を括ろう。遺し、遺されるかもしれない未来でも、それまでの時間を噛み締めて過ごす覚悟をしよう。
「私は、貴女が好きです。高専の頃から」
「……え」
「社会に出て離れていても、貴女の事が忘れられなかった。ずっと、ずっと貴女を想っていました」
「……」
「この世界、お互いいついなくなるか分からない。だから、恋人は作らない方がいいと思っていました。でも、諦めきれなかった。貴女が好きです。出来ることなら、貴女と家族になりたい。あんな風に……」
「七海……本気?」
「はい。貴女を愛してます」
真っ直ぐに見つめて言うと、彼女は大きな瞳からポロポロと静かに涙を流し出した。
「あ、○○……すみません。急にこんな……」
「嬉しい……」
「え……」
ハンカチを出して駆け寄ると、彼女は涙を流しながら少しだけ笑った。
「私も、七海が好き。でも、七海はモテるし、私の事なんかただの同期としてしか見てないのかと思ってた……」
「そんな事ありません。ずっと貴女が好きです。貴女を同期として見た事なんて……一度もない」
「私でいいの?私、呪術師しかできないし、家事だって上手くできないし、女らしい事なんて何も出来ないよ」
「貴女がいい。この先、死ぬまで傍にいるなら貴女がいい。貴女しか、いない。家事なんて私がやりますし、貴女は十分女性です。私が今まで周りを牽制するのにどれだけ苦労した事か」
「……そうなの?」
「そうですよ。貴女は気づいていないかもしれませんが、人気なんですよ?貴女」
「全然知らなかった……」
ぽかんとする彼女の顔に、思わず笑ってしまう。それを見て、彼女も恥ずかしそうに微笑んだ。
「プロポーズは改めてさせて頂きますが、まずは私の恋人になってくれませんか。どれだけ一緒にいられるか分かりませんが、できる限り傍にいたい」
彼女に右手を伸ばすと、白い小さな手が重なる。その手は温かく、彼女の温もりが安心をくれる。
「よろしく、お願いします」
「はい。幸せにします」
「うん。よろしく」
彼女の手を握ると、彼女も握り返してくれる。その手をそのままに二人で歩き出す。
「どこ行くの?」
「貴女の好きそうなカレー屋さんを見つけました」
「本当に?」
「えぇ。バターチキンカレー、好きですよね?」
「うん。大好き」
「今度作ってみましょうか」
「え?七海作れるの?」
「まぁ、レシピを見れば作れると思いますよ」
「マジか」
「それに」
「それに?」
「貴女を想って作りますので、きっと美味しいです」
「ふふ、そうだね。愛情たっぷりだね」
「えぇ」
二人で見つめ合い、微笑み合う。この幸せがいつまでも続くように、そう願いながら私は彼女の細い指に自分の指を絡ませた。