はじまりぷわぷわこんまい、ネザーランドドワーフのΩくん。
―――『君は僕らの宝物だよ』『大好きよ』
家は小さく貧しい暮らしだったけれど、両親からはたくさんの愛情を注がれて平和に育った。
しかし、16歳になると希少な”Ω”は城に呼ばれる。
王族か貴族のαたちの妻か、愛人として囲われるために。
そして、番となる”主人”が決まれば両親とは二度と会えない。
(やだよ、ずっと一人ぼっちだなんて…)
泣いて嫌がったけれど、Ωが抵抗すれば両親がいわれのない罪で罰を受けてしまう。
城の騎士に連れられるがまま、城内の長くて豪華な床を歩く。
気分はまるで処刑場に連れて行かれる囚人みたいだった。
(お父さん、おかぁさん…)
「…………ぐすっ」
「そんな顔をするな。本来なら庶民が一度も目にすることも叶わない、高貴な身分の方々ばかりだ。うまく取り入れれば贅沢もさせてもらえる」
ぺしょりと耳を落とし、ぽろぽろ啜り泣くΩを騎士は優しい声で慰めたが、問題はなにも解決してない。
国の法律で決まっていることであっても、知らない誰かと強制的な番いになるのも、両親に会えないのも嫌だ。
「ほら、玉座はもう目の前だ。これで顔を拭きなさい」
「ぐすっ、…」
「君の器量は悪くない。まぁ草食というのが残念だろうが」
差し出されたハンカチに手を伸ばした瞬間、
―――― 目の前にいた騎士が吹っ飛んだ。
「えっ」
一体、何が起こった?
Ωの目に映ったのは、ぶわっと靡く銀色の刺繍の施された青いマント。
そして、殴り飛ばした騎士を憎々しげに睨む銀色の……
「お前は」
「……ひっ」
怒りに染まった獰猛な瞳がΩを捕らえた時、恐怖のあまりΩは気絶してしまった。
* * *
「――――王よ!ここは北の国ではありません!他国の騎士を殴り飛ばすとは何事です!」
「それがなんだ?この国が北の国にした事に比べればまだ生ぬるいぞ」
「殴っていい理由になってないでしょう!?」
二つの声にΩは目を覚ました。
が、
「ひぇっ…」
「あぁ!よかった、目が覚めたのですね」
「………」
ほっとした顔を浮かべる優しそうな青年と、見慣れない冷たい風貌の大男。
何より部屋の内装だ。
飾られた国章がここ、"黄金の国"とは違う。
「あ、あなた、たちは… 北の国の」
ハッと思い出す。
三日前に行われた、「北の国一行」を歓迎するパレードを遠くから見ていた。
Ωの目の前にいるのは、北極の王様。
その隣にいるのは、王の側仕えか大事な役職者であろう白狐。
ふたりとも肉食動物らしく背は高く、それに見合った体格だ。
(ど、どうしよう… オレ、なにか、しちゃったかな…)
彼らの風貌や雰囲気はどこかピリピリしていて、思わず冷たく恐ろしいとΩは縮こまってしまう。
なぜ自分がこの部屋にいるのか聞きたいのに、口が震えて動かない…。
「王、あまり彼を睨んではいけません。彼が怯えていますよ」
「睨んでなどいない。こんな小さな生き物がいる事に驚いている」
「確かに、北の国にはいませんね。これほど可愛いΩさんなんて、すぐ食べられてしまいます」
「ぴっ!!」
「……やめろ白狐。お前の言い方の方がよほど怖いぞ」
「おっと失礼。すみません、小さな兎のΩさん。さっそくですが貴方様を、是非我が国にお招きしたいのです」
?お、お招き…?
ゆっくりと膝を折る白狐に首を捻るΩ。
「いま我が北の国には番のいないΩがいません。ですので、他国のΩさんに声をかけているのですよ。勿論貴方にも高待遇をお約束致します」
「……っ」
「安心してください、無理やり攫ったりしませんよ。出来れば同意を頂きたと願っていますがね」
チラッとΩを見る白狐の目は細く微笑んでいた。
(怖い!!無理、無理…)
雪と氷に覆われた"北の国"。
長年北の国と黄金の国は領域を巡って戦争を繰り返していた。勝者は北の国で、終戦したのは約20年前の事。
戦時中の北の国は、黄金の国の捕虜達に容赦はしなかったと聞いている。はじめて聞いた日は恐怖で夜も眠れないほどに……。
その話を思い出したΩは、半泣きになっていた。
一体どうして……
こんな話が突然舞い込んできたのか……。Ωには何も分からない。
(オレが、Ωだから…?)
――――Ωが、いない。
きっと北の国に行けば、子供を産む道具にされてしまうんだ。
恐怖に凍りついたまま、耳も手も震えて動かない… 帰りたい。家に帰りたいっ。
「………白狐、帰るぞ」
「では、すぐにΩ様の支度を」
「いい。そこの彼は置いていく」
「はい!?」
「無理強いをする気などない」
「しかし、王よ!」
目を丸くして、主君に意見する家臣。
しかし王は考えを変えない。Ωの顔を見ることもしないで……。
「我が国ではΩを尊重しないαなど、例え王族でも重罪だ。これ以上、この国にも用事はない」
堂々とした声は、有無を言わせない。
ピリッとした怒りと、何故だか少し…もの悲しそうな感情を含んだ声。
北の王の誠実な態度に、気がつくとΩの気持ちは軽くなっていた。
「あ、あの…、っ」
「なんだ?」
「こ、高待遇っ… それは、オレの家族、りょ、両親に、っ」
"両親に適用されますか?"
もしもそうなら、オレはどうなっても構わない。
きっと両親は心の底から悲しみに暮れている。オレは親孝行の一つも満足にしてあげられなかった。
(でも、今なら… この人達について行くことで、両親を楽をさせてあげられるかも)
どうせ、黄金の国にいても変わらないΩの運命なら……。
「おれ、こども、たくさん産みますっ!言うことなんでも聞く、のでっ」
「……」
しばしの沈黙と、すすり泣くΩくんの様子。
「白狐。聞いた通りだ」
「畏まりました。今すぐ車の用意を致します」
深いお辞儀と共に去る白狐と、王の足元に縋りついて目尻を真っ赤にしているΩ。
「もう泣くな」
「っ」
小さな兎のΩを、そっと抱き上げて胸の中に閉じ込める。
ただ泣くな、と願いを込めて
それは、まるで両親がよく歌ってくれた子守唄みたいだった。
『もう泣かないで私たちの宝物』
『そんなに泣いてしまうと木の実と間違えて小鳥が食べに… て、この子守唄は嫌だね』
『そんなに泣いてしまうと木が枯れてしまって小鳥が歌えなくなるわ』
『泣かないで、僕たちの宝物』
不思議だ。
王様の泣くなと、子守唄の声が重なった気がする。
こうして、故郷を離れて遠く遠く離れた北の国へとやってきたΩ。
道中では、
「Ω様、寒くはありませんか?」
「ちょ、ちょっと…風が」
「やはり寒暖差がありすぎますよね。黄金の国では十分な防寒具が買えませんでしたから」
「白狐。火灰石をもっと用意しろ」
「だ、大丈夫です!寒くはありません、本当に」
火の魔石に囲まれた馬車の中はあたたかい。
それにΩを絶対に凍えさせないと、北極の王に包まれて熱いくらいだった。
「王よ、あまりニヤニヤしないでください。私が居た堪れません」
「気にするな、俺は満足している。これが兎族の体温と効果か」
「王様は、熱くないですか?」
「ああ。丁度いい」
「私の熱が上がりそうです」
「た、たいへんっ!白狐様、風邪…?こっちで皆んなで一緒に丸まりませんか?」
寒い日は家族で冬はぬくぬくと身を寄せて過ごす。
それが一番幸せな過ごし方だった。僅かな備蓄しかなかったけれど、
春先にとてもお腹が空いててひもじかったけど… 幸せで
「大丈夫です。私には家で待ってる番がいるので」
「あ、…ご、ごめんなさい」
そうか。彼らは… 北の国だ、違うのだった。
寄り添わなくても一人で冬を越せる、強い人達だ。
こうしてΩを抱きしめている王様も…… 交わした言葉は少ないけど、優しくて、一人でも平気な人達なのだ。
「白狐(お前)が来ようものなら蹴るがな」
「でしょうね」
「?」
こうして北の国にやってきた兎のΩ受けくん。
しかし、肝心のαとのお見合いもアレコレは一切ない。
さらにメイドたちからは、
「きゃぁ!? かわいい!」
「なんて愛くるしいのっ!スイートニンジンのスープを一生懸命食べてる姿が一番好き、あんな小さな口で頬張って」
「ぷわぷわ!あぁ、我が国にはない至宝」
お世話したい!毎秒お世話しましょう!
メイドさんが押し寄せてくるたびに脱兎の如く逃げ出して、王様の部屋の隅でじっとしてる。
「……王よ、あれは?」
「ただの置物だ、見るな話しかけるな」
「俺も、差し入れしたいのですが」
「お前もか」
やめろ
カロリーオーバーだ。
そんな二人のやり取りを見て、ふふっと隠れて微笑むΩ。
(お父さん、お母さん オレ、この国が大好きになりそうです)
補足
そんな幸せオメガバ。
兎のΩくんは王様の運命の番いですよ。
でもあまりにも🐇くんが小さすぎて、成人してると思われてないです。
🐻❄️=北極熊です🧊
お付き合いありがとうございまし