男子高校生 吸血鬼スケくんの日常2024 現代社会を生きる吸血鬼の末裔である吸血鬼スケくんは男子高校生。
人間の世界に上手に溶け込み暮らしているけれど、なんといっても吸血鬼だから日差しにも朝にも弱く、男子高校生として高校に通うのは一苦労。
それでも夏に比べて秋はまだましで、冬ともなればようやく過ごしやすい季節です。
高校の体育の時間、吸血鬼スケくんは年がら年中、長袖長ジャージ、ついでにジャージの下に着こんだパーカーのフードを目深に被って参加していますが、そんな夏場はナンセンスな服装も、寒風吹きすさぶ運動場をぐるぐる回り続けるイザナミサイクル持久走にはとてもマッチした着こなしです。
元来、吸血鬼には人間よりも強い体と高い運動能力が備わっています。冬の体育は、吸血鬼スケくんの独壇場。女子たちの黄色い声援を受けて、断トツ1位で午後の持久走の体育を終えた吸血鬼スケくんは、クールにその後の授業も難なくこなし、いつものように夕陽が落ちる黄昏を待って帰途に就きました。冬とはいえ太陽の日差しは苦手なのです。
さて、吸血鬼スケくんはお兄さんと二人暮らし。もちろんお兄さんも吸血鬼、それも一族切っての強くて美しい吸血鬼です。吸血鬼スケくんが閉ざされた吸血鬼の世界から出て、人の世界で学んでみたいと言った時、危険だと反対する両親から弟を庇い、両親の了承を取り付け、人の世界に連れてきてくれたのがお兄さんでした。
ただお兄さんは幼い頃から人の世で暮らしてきた吸血鬼スケくんとは違って、とても強大な吸血鬼の力を持っているからこそ、人の世に馴染み切ることが出来ず、吸血鬼スケくんよりも日差しや朝に弱くて、大学に通ってはいるものの、その生活はだいぶと夜型のようです。
吸血鬼スケくんが街外れにある兄さんと暮らす蔦洋館に帰り、「ただいま」と声を掛けても、中から返事はありません。きっと地下の棺桶で昼寝をして、体を休めているのでしょう。
吸血鬼スケくんはスクールバッグをリビングのカウチに放り置き、キッチンに向かいました。兄さん手作りの鉄分たっぷりの朝食、そしてお昼のお弁当は残さず食べたものの、育ち盛りの男子高校生の吸血鬼スケくんはお昼の持久走もあって、とてもおなかが空いてしまったのです。
吸血鬼とはいえ、人の世で暮らす吸血鬼スケくんは人の血を吸ったことはありません。幼い頃から人の食事をしているので、それで大概の空腹をなだめることはできるし、どうしても貧血気味の時は、お兄さんの血をごく少量だけもらっています。兄さんの血は強い吸血鬼の血ですから、ごく少量でも十分に吸血鬼スケくんの渇いた喉を癒してくれるのです。
とりあえず空いた小腹を満たそうと、吸血鬼スケくんは冷蔵庫を漁ります。調理は兄さんの担当ですが、スーパーで買い物をするのは吸血鬼スケくんの担当です。先日の日曜日、旬ではないのでちょっとお高めだけど美味しいトマトを買って、野菜室の奥に隠しておいたのです。トマトは吸血鬼スケくんの大好物。真っ赤な見た目は吸血鬼である吸血鬼スケくんの食欲をそそり、甘酸っぱさは空いた腹と渇いた喉を満たしてくれるのです。
が、そのトマトがありません。野菜室の奥の奥、底の底まで探してみても、その姿はどこにもありません。
まさか。
吸血鬼スケくんはやや乱暴に野菜室を閉じ、地下への木戸を開きました。冷たい石造りの階段を降り、重い鉄の扉を開きます。そこには棺桶がひとつ、安置されていました。棺桶にしては大きいのは、ダブルベッドならぬ、兄弟で共に眠るための特注ダブル棺桶だからです。
その棺桶に兄が腰掛け、今まさに手にした熟れた真っ赤なトマトに齧りつこうとしているではありませんか。
「おい、兄さん」
「それ、おれの」と吸血鬼スケくんが止める前に、兄の吸血鬼らしい尖った牙先がトマトの薄皮を破り、果肉に突き刺さります。そのまましゃくしゃくとトマトを齧る兄は、美しい見た目に反して男らしく粗野なところがあるのです。
「アンタ、分かってて食ってるだろ」
「許せ。寝起きで腹が減っていた」
吸血鬼スケくんの恨み言にも、兄さんは悪びれることなく澄ました顔でトマトを食べ、咀嚼します。
「おれのとっておきだったんだぞ」
「美味いのはそれでか」
と、齧ったトマトを見つめる兄さん。
そんな兄さんをじとりと見つめる弟に気が付いたのか、兄さんはトマトを持つ手とは反対の手の指でちょいちょと弟を呼び寄せ、その指で自らのシャツのボタンを上から一つ二つと器用に外しました。ほらとばかり、吸血鬼スケくんに兄さんの鎖骨辺りの肌が晒されます。
「…なんだよ」
「お前のとっておきさ」
くそが。と思えど、本当にとっておきなので、腹の空いた吸血鬼スケくんは逆らえません。そもそもこの兄には逆らえないのです。
トマトを齧る兄さんの片腕に頭を抱かれ、遠慮がちにちゅうちゅうと兄さんの血を吸う吸血鬼スケくんなのでした。