色鮮やかな世界「裕司!」
弾けるような明るい声。少し騒がしい足音。呼ばれた声に反応して、本に落としていた視線を上げる。そこに居たのは、予想踊り佐高由馬さんだった。彼は僕と目線が合えば、あどけなく笑って軽く手を上げる。それに、思わず小さく笑んだ。
明るさも、騒がしさも、あどけなさも。どれも僕にはない、彼をを構成する要素だ。
「そちらは塾が終わったところですか? 由馬さん」
「そーそー。もうすぐ受験だからさあ、みーんなピリピリしてて嫌になるわ」
そう言いながら向かいの席に座る彼は、受験が近いというのにからりとしている。プレッシャーに強いのか、それとも単にそこまで受験と言うものを重要視していないのか。まあ、彼のことは聞かなければ彼にしか分からないから、どちらもあり得るしどちらでもない可能性もあるか。内心で結論を出してから、本を閉じて机に置く。やや冷めかけている紅茶を一口飲んだ。
「それで? 由馬さんは大丈夫そうなんですか、受験」
「あー……まあ、ぼちぼち?」
誤魔化すように笑った彼に、ややじとりとした目線を向けてみせる。そうすると、彼は慌てたように口を開いた。
「もちろん勉強はちゃんとしてるし、模試の結果とかもちゃんと見てる! ……ただまあ、俺はそんなにそこに必死になれない、っていうか」
そこで、ぴっぴっと彼がタッチパネルから注文を飛ばした。なんでもないようにからりという彼は、本当にいつも通りだ。
彼は、いつも自分の目で世界を見ている。外からの噂も、偏見も、何も受けずにまっすぐに。自分の目に映ったものをそのまま受け止めている。
……だからこそ、彼は僕に話しかけてきてくれた。上宮の家のちゃらんぽらんの次男坊。そんな噂が広まっていた僕に。
「まあ、志望校に落ちない程度に頑張ってくださいね。もしあなたが必要としていて、かつ僕で事足りるなら多少教えますから」
「マジ!? ほんと助かるわあ、塾の先生も学校の先生もだけどさあ、先生によってはほんっと授業つまんなくて! どうしたもんかと思ってたんだよ」
そういう彼は、「嬉しい」という感情をまっすぐに伝えてきてくれている。そう、僕は、そんな彼がまぶしくて仕方がなかったのだ。
あなたの見る世界は、どんな色をしているんだろう。ふと思って、聞くか迷って。
「……ねえ、由馬さん。今、辛かったりしますか?」
「ん? まあ、忙しくて好きな時間とれないのは嫌だけど……」
そのタイミングで注文が届く。サンドイッチと、鮮やかなクリームソーダ。店員さんに軽く「どうも」と頭を下げた彼は、サンドイッチを手に取りながら言った。
「でも、こうして裕司と会ったりはできてるし! まあ、息抜きはできてるから、辛くはないよ」
そう言って笑って、彼はサンドイッチにかぶりついた。それが微笑ましくて、やっぱりまぶしい。
「じゃあ、これからも僕を息抜きにうまく使ってくださいね」
「え、なんだよその言い方ー! 俺はそんなつもりないからな!」
ややむくれながらも、相当空腹だったのかサンドイッチは手放さない。その様子が面白くて、久しぶりに声を上げて笑ってしまった。