物足りなさを感じながらも 視界から、あの青い炎が消えてもうしばらく経った。俺の目の前で消えて行って、俺が親元まで返したあの体は、もうとっくの昔に焼かれている。だから、あの青を見ることは二度とない、と分かっているはずなのに。
気づけば、映り込んだ青を視界に留めてしまう。今日だって、ほら。
「ありがとうございましたー!」
気づけば、らしくもなく花なんて買ってしまっている。どうしたものか、と購入したそれを眺めながらも、足は行き先を知っているかのように歩き出していた。
竜胆。秋の花。ずっと昔から存在し、薬として使われることもある。
どれも、今さっき店員から聞いたばかりの知識だ。普段なら適当に聞き流してしまうようなそれが、少しでも意識に残ったのはきっと、その青にあいつを重ねてしまったからだ。
……そう、最高に気に食わない、最高に気に入っていた、あいつは。
「……よォ、来てやったぞ」
話しかける対象は、でかい石の塊だ。
あいつは、この下に眠っている。
がさり、買った竜胆を墓前に備える。けれど、特別何かを言ってやるつもりもなかった。……これに話しかけたところで、あいつらしい流れるような言葉の数々はもう返ってこない。ならば、どうにも話しかけるという行為に意味を見出せなかった。
けれど、すぐに立ち去るのもなんだか違う気がした。だから、胸ポケットにしまいっぱなしになっている煙草を一本取りだした。ライターで火をつけて、煙を吸う。肺まで届いたそれを、空に向かって吐き出した。
俺のような極道者にとって、煙草は身近な存在だ。だから、吸い方も、火のつけ方も理解はしている。けれど、自分から吸うことは、少なくとも俺にとっては少し珍しいことだった。煙草は、別に嫌いじゃねェが好きでもねェから。
そういえば、あいつの前で煙草を吸ったことはなかったな、とふと思う。もしあいつの前で吸っていたら、どんな反応を返されたんだろうか。あの整った眉を顰めて、文句を言うのだろうか。それとも、案外なんでもないような顔をしていたのかもしれない。でも、あいつならそれにかこつけて文句を言ってきそうではあるよな、なんてところまで考え付いたところで、思わず苦笑が漏れた。
こんなことを考えたって、もうどれが正解かなんて、分かりっこねェってのに。
さして短くもなっていない煙草を灰皿に押し込める。最後にまた、竜胆の青に一瞥をくれてから、そいつに背を向ける。
きっと俺は、また遠くない未来ここにくるだろう。
きっと俺は、もうずっと視界から青を追い出すことはできないだろう。
……きっと俺は、あいつの影を探し続けて生きていくのだろう。
それでも。
あいつのために早死にしてやるつもりは、さらさら無かった。
「せいぜい首長くして待ってることだな。俺ァしばらく、そっちに行ってやるつもりはねぇからよ」
独り言のように、けれど間違いなくあいつにむかってそう言ってから歩き出す。
俺は、あいつの居なくなったこの街で、それでも生きていく目的があるのだから。