小話『木星の輪』シャアに誘われるまま、シャリアは部屋に入りお酒を酌み交わす日々が続く。
ある時は作戦の延長と勝利の策を。またある時は会話もなく液体をくゆらせる時が流れる…。
その日はシャアがグラスをおろしてしばらく。
シャアの目の前に置かれたそれらしい小箱を手に取り、かの時とは逆周りにテーブルを周り、シャリアがかけるソファーの隣に腰を下ろした。
「大尉、左手を。そしてできれば手袋を外して貰えないか?」
その流れる仕草を眺めていたシャリアは、シャアの言葉を飲み込みグラスを置く。
シャアへ向けて少し体を向けて。左手の手袋をゆっくりと外しグラスの横に置いた。
その左手を、シャアの左手がすくう。
引き合う右手の指先には銀の輪が一つ。
その仕草に見惚れたシャリアは、ふいっ、と顔を上げるシャアにつられて顔を上げ。
仮面越しの海と目が合った。
1秒、2秒、…3秒も経ったかわからない。
何も言葉は無くてよかった。
ゆったりと視線を降ろしたシャアに合わせてまた手元を見やる。
少しだけシャアが握る手に力が入り、つられるようにシャリアは薬指をもたげた。
指を滑る輪に、留められて。そこに収まった。
シャアはその輪を優しく撫でる。
何度か往復したあと惜しむような声を出した。
「次に暇があれば、君に似合うものをしつらえに行きたい。…いいだろうか?」
次の暇…… なぞいつになるのやら。
それでもいい。と思い、わかりました。と短く返した。
ありがとう、とこぼしたシャアの右手ががまた銀の輪を撫ぜ、名残惜しく離れるとシャリアの手袋を取り恭しくはめる。
手袋をはめた手にシャアの右手がかぶさり、両手で包まれる。
一連の儀式の様だった。