ホットケーキ「……本で読んだのだけど」
シナモンでお茶をしていただけなのに、突然、険しい表情で凪砂くんがそう切り出しました。一体何を読んだのでしょうか。火砕流で滅んだ古代都市の話でしょうか。この前、そんな本を読んでいた気がしますので。
「……ホットケーキを作りたいんだ」
「…………はい?」
「……でも、材料がどこに売っているかわからなくて……渉くん、手伝ってくれるかな」
あまりに予想外の展開に、私は思わず聞き返してしまいました。私としたことが、いけないですね。それにしても、凪砂くんの口からそんな話が出てくるなんて、なかなかAmazingな提案ですね!
「もちろんです!」
「……ありがとう。それじゃあ行こうか、商店街にあるかな」
「今からですか? 構いませんけど、随分早急なお誘いですね?」
凪砂くんは少し私の方へ身を乗り出し、声を潜めて続けました。
「……今日なら茨に見つからないから」
「なるほど…☆ では行きましょうか!」
そういうことでしたか! それなら確かに、今日がチャンスですね☆ 毒蛇さんが帰ってくるまで時間はありますが、いろいろ準備もありますから早速向かいましょうか。……ところで凪砂くん、今パフェを食べたところなんですけど、ホットケーキ食べられるんでしょうか。
「……渉くん。それは違う」
違う、と言われましたが、今私が持っているのはホットケーキミックスの袋です。ホットケーキを作りたいと言うのに、何が違うのでしょうか。私が不思議そうな表情をしているのを見て、凪砂くんはスマホを操作して、私に画面を見せてきました。
「……『こむぎこ』と『ふくらしこ』を使うんだって。だから、それじゃない」
「そうでしたか。でしたら、こちらですね」
たまごと牛乳、小麦粉と『ふくらしこ』……ベーキングパウダーですね。凪砂くんが見せてくれた絵本では、材料はこの四つのようです。それにしても凪砂くん、一体何を読んだのかと思ったら絵本でしたか。何がきっかけでこの絵本に辿り着いたのか気になるところですが、それは後のお楽しみとしておきましょうか。
凪砂くんはひとつずつ材料をきちんと確認して、満足そうにレジへ向かいました。
星奏館に戻った私たちは、まっすぐキッチンに向かいました。
「……渉くん、今回は何もしないでね。最初はレシピ通りに作りたいから」
しかし、早々に凪砂くんから釘を刺されてしまいました。残念ですねぇ……ただ、普通のホットケーキの作り方を知らないと、驚かせようがないですからね。今回に限っては、手品は披露しないでおきましょうか。
凪砂くんは、絵本のとおりに調理器具とお皿を準備し、たまごを割って、牛乳と混ぜて、小麦粉・お砂糖・ベーキングパウダーを足して、そうして出来上がった白いタネをぽたあんとフライパンに落としました。フライパンの上で、それはやがてクリーム色に変わり、ぷつぷつ気泡が現れました。ただ、ひっくり返すまではもう少し。しっかり片面が焼けてから、しゅっと裏返すと、表面がおいしそうなきつね色に焼けていました。そこからもうしばらく、ホットケーキがふくふくふくらんで、おいしそうな香りがするまでじっと焼いてから、ぽいっとお皿に盛りつけました。
「……どうかな」
私に尋ねつつも、嬉しそうな表情ですね。ええ、確かにそのホットケーキは上手に、きれいに焼けていました。
「とってもおいしそうですね☆」
「……うん、良かった。残りも焼いていくね」
そうしてまたタネをぽたあんと落とし、しばらく私たちは無言でホットケーキを焼き続けました。
ほかほかのホットケーキをきれいに平らげた凪砂くんに、私は尋ねました。
「それで、いかがでしたか? 初めてのホットケーキは」
「……とても楽しかった。本当に絵本のとおりに焼けるんだね。」
オレンジ色の絵本の表紙を撫でながら、凪砂くんはとても満足したようでした。私も一枚だけお相伴にあずかりましたが、温かくてほんのり甘い、おいしいホットケーキでした。
さて、食べ終わったら片付けないといけませんね。絵本のおしまいのとおりに、私たちは並んでお皿を洗いました。それにしても凪砂くん、本当によく食べましたね……毒蛇さんに本当にバレないのでしょうか、と考えていた私の肩を、凪砂くんがつんつんとつつきました。
「……次は、カステラも焼いてみたいな」
そう言って、凪砂くんはふわりと微笑みました。