情事の後。丸井はまだ熱の残る身体をベッドに預けていた。目の前にはベッドライトにぼんやりと照らされた恋人の背中があった。
まだ、足りない。先程までは十分すぎるくらい満たされた気持ちでいたのに。己の欲の底知れなさに丸井はひとり、苦笑していた。
「な。ちょっとだけ……触ってもいい?」
自分が足りないだけなら、自分で自分を満たせばいい。そうは思っていたが、どうしても、その背に触れたい気持ちが勝った。嫌だと言われたら、大人しくそれに従えばいいのだから。
「……好きにしてください」
ところが、返ってきたのはそんな答えだった。丸井は目を丸くしてから、頬を赤らめた。恋人がこちらに背を向けたままなのが幸いだった、と思いながら。短く、深めに呼吸を整えて、なるべくいつもの声音を出せるよう気をつけた。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
右手を伸ばし、肩甲骨に触れる。しっとりとしていた。指先を肌から離しきらないようにしながら、筋肉をなぞる。明らかに自分よりも大きく、鍛えられている背。丸井にとってはそれが、無性に愛しかった。
「ん……」
背骨を下から上へ撫であげると、短い声が上がったのを聞いた。自分の胸の奥に炎が灯されたのを静かに感じ取る。その炎を大きくすることは容易い。ただ、もう少しだけ小さなままの状態を保ちたくて、丸井は一度ゆっくりと瞬きをした。目の前の光景も、指先に感じる温度も変わらない。されど、自分を落ち着かせるには事足りた。
次は、手のひらを恋人の脇腹に置いた。最初に背へ触れたときよりも、幾分か汗が増しているような気がする。
肋骨を感じ、括れを通り、骨盤へ。ここまでしたら流石に止められるかとも思ったが、まだ、恋人は丸井の行動を黙って受け入れていた。そればかりか、左手を丸井の手に添えてきたのだった。不意に向こうから与えられた体温に、丸井は驚き動揺する。
「何して……」
「されっ放しは性に合いませんから」
思わず丸井は上半身を起こして恋人の耳に、頬に、鼻に、瞼に、口づけをした。もう炎が燃え上がるのを止めることは不可能だった。恋人が、首を動かし目を合わせてくる。
一瞬の見つめ合いの後、半開きの口に丸井は飛びついた。何度もそこに浅く唇を落として、柔らかな感触を味わう。何回堪能しようとも物足りなかった。
恋人の手のひらが丸井の肩に置かれ、するすると背に回ってくる。力を込めて、引き寄せられた。それで丸井は気持ちが満たされたが、彼の口はこんなことを言う。
「もっかいする?」
恋人が、頷いた。
「構いません」
丸井は微笑み、その頬を手で包む。そして今度は一度だけの口づけを交わす。離れる時に少し音が立ったのが気恥ずかしかった。恋人も同じことを思ったのか、眉間に皺を寄せている。その皺を伸ばすように親指で軽く触れた。
「キテレツ。好きだよ」
不意に口をついたその言葉に、恋人も丸井自身も驚き言葉を失ったあと、笑い合った。そのまま柔らかく抱き合い、ふたりはまた身体を重ねていく。