酔いどれ「友有、帰るぞ」
「いや、まだ飲む」
「もう飲めんだろ」
「嫌じゃ帰らん」
「せっかくお前と飲めると思って酒を準備してたのに、お前は他の奴と飲むんだな」
「本当か?犬王。早く帰ろう」
「うん、ほら立って」
いつものやり取りをまた繰り返す。酒癖の悪い友有は何処かで飲みくれてはなかなか帰ってこないからいつも回収しに行かねばならない。居てもたってもいられないのは自分なのだが。
「じゃあな、友有と犬王。……ってそう言えば聞きたかったんだけど犬王と友有って本名じゃないよな。何で互いに違う名前で呼びあってんの?」
ぐらり、と傾きながら立ち上がる友有を迎えに来た犬王が支え帰り支度をしていると、一緒に飲んでいた男がそう尋ねてきた。
「お前、俺たちの物語に興味があるのか?」
「物語?」
「ははっ、気になっても今日は琵琶を置いてきてしまったから語ることは出来ないが」
からっと大口を開けて笑う友有の返答に困った男は犬王の方に目を移す。
「酔っ払ってはいるが友有の言う通りだ」
「全然わかんねぇけど、なぁ、そのお前が付けているお面も関係してるのか?」
「これか?」
犬王が自分のつけている面に手をやると、それを友有が抑える。
「この下はダメだ。俺だけが知っていればいい」
またもや脈絡のない返答をする友有に男は深く首を傾げる。
「そうだな〜俺の直面は泣く子も黙る醜いバケモノだからな!」
「なにいっちょる!お前は美しいだろう」
「なら、外してもいいんじゃねぇの?」
「約束したから、だめ」
おどけて答える犬王の言葉に男は深く追求する事を諦めた。何度か同じ事を聞いたことはあるが、いつもこんな感じでのらりくらりとかわされてしまう。
「あぁ、また今度詳しく聞かせてくれ。お前らまたな」
「おう、また」
なんとも言い表せない二人の関係は何にも当てはまらなくてそれでいて光のように輝いている事だけはわかるのだ。
「お前のその遊び癖は直らんのか」
「犬王、お前がいつも迎えに来てくれるからいいだろう」
「まぁそれもそうだけど」
からんからん、と地面を鳴らすのは友有の履いている底の高い靴であり、歩きにくいのか脱ぎたいと言う始末。
「今日はお前が俺を一人にするから、少し飲みすぎただけだ」
犬王におぶられた友有はぽつりと呟きあたたかい背中で寝てしまった。
「友有、着いたけど先風呂入ってから寝よう」
「……いぬ、おう……。っなんだ、その髪は!」
「はぁ〜かみぃ?あ、俺の?切った!」
肩の下まで伸びていた髪が肩の辺りで切りそろえられ少し癖のある毛がふわりと空を漂っている。ニコッと笑うその顔は中性的で髪型も相まって現代っぽい感じが増していた。
「今気づいたの?」
「すまん…酔うと盲の時のように光で見てしまうからいつもと同じだったんだ。お前におぶられた時、少し違う匂いがしたから気になってはいたが」
「なーんだ。友有、こういうのどうでもいいのかと思っちゃったじゃん」
「そんなことは無い。よく似合ってるぞ」
「へへ、そりゃあ良かった」
ふわりと笑う友有は犬王の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「でも何故、髪を切った?」
「ん〜、友有髪長いから乾かすのに時間かかるだろ?俺も長いと倍かかるから短くした」
「俺に言ってくれれば俺だって切った」
「それはだめ!折 俺、友有の髪弄るの好きだから」
「それだけの理由でお前の綺麗な髪を切ることになるか?」
「だって、早く乾かして他のことしたいじゃん……」
「ほう、他のコト?」
「言わせないでよ」
「ふふっ、いぬおう」
ちゅ、と面を外したその唇に己のを重ね熱を伝える。
「良いな、目が見えると言うのは。お前の綺麗な顔もよく似合った短い髪も、口づけした時に赤くなるのもよく分かる」
「友有……いくら飲んだの?」
「そんな事より早く風呂に入ってしまおう。その後は続きとやらを期待してもいいのだろう?」
するり、と艶やかな暗い長髪を結んでいた紐を器用な手で解き、犬王は浴室へと友有を運んでやる。
「あぁ、とびきりのものをくれてやろう」
笑いあう声が段々と熱を帯び、そして溶けていった。