ホテルで缶詰めいちゃラブ♡♡♡「うわっすんげぇ青!って水が透明過ぎんのか?なぁ傑!海ん中ぜってぇ魚いる!早く行こーぜ……すぐる?」
猛暑日。
真上から照らしつける太陽の熱と、地面からジリジリと伝わる熱に挟まれて目を細めることしか出来ない。
「……だいじょうぶか?」
「ん?どうした?」
「どうした、はオマエ。体調悪い?」
サングラスをわざわざ外して悟は傑の顔を覗き込む。ぱっと日差しが遮られ、同時に悟の顔面がこれでもかと近づいてきてハッとする。ガヤガヤと雑音のように聞こえるのは海水浴を楽しむ客たちの声で。今日からの束の間の夏休み、このビーチのあるホテルを悟が予約してくれて……。あぁ、休みを合わせるために二週間ほど詰め込んだ任務の疲れがここに来てどっと押し寄せて来たのだろう。段々と歪む視界を正そうと何度か瞬きをするも全然治らず、何とも言えない気持ち悪さが内蔵を締め上げるのをぐっとこらえる。というか、何があっても堪えたかった。なんと言ったって今日はやっと取れた久しぶりの休日で、一ヶ月も前からずっと楽しみにしていた日だから。
「すぐるー?なぁ、日陰いこ。なんか飲みもん買う?」
「さとる、私は大丈夫さ。ほら折角だし遊ぼう?うん……こんなに暑いのに水、冷たいね」
そう、ぎこちなく笑って返事をすれば悟の顔は段々と険しくなっていく。
「ダメ。やっぱホテル戻るぞ。オマエ、すげぇ顔色悪い」
真剣な面持ちでそう言ったのを聞いていれば、ぐい、と手を引かれた。ズカズカと自分の前を歩く悟の背中からは表情が読み取れ無いが、楽しみにしていた夏休み初日を失敗してしまった事だけは確かである。なんと悟に謝るべきか、どうしたらこの埋め合わせをすることが出来るのか、そんな事をグルグルと考え始めれば更に体が沈んでいくような、そんな気分の悪さが増していった。
「悟、ごめんね」
「はぁ?なにが?」
「折角予定合わせてここまで来たのに、私、体調が優れないみたいでさ」
「やっぱ体調悪いじゃん。早く言えよな」
「ごめん」
「謝るなって……早く言ってくんないと、倒れてからじゃ遅せーって話。今日はさ、冷たい飲みもん買ったら一日ホテルに篭ろうぜ?」
エレベーターの中、悟がそう言って笑う。悟に気を使わせてしまってるのが申し訳なくて、でも謝るのも何か違う。
「さとる、ありがとう」
「良いってことよ!」
握られたままの手首からするりと悟の手のひらが下りてきてゆるく繋がれた。じんわりと広がる安堵感に悟の肩口に頭をよせ、体重をかければ擽ったそうに身じろぐ。
「また後で埋め合わせ、させてね」
「はは、なにしてもらおーかなー」
ポーン、と音を立てて床が沈む感覚と共にドアが開く。廊下を挟んで大きな扉が目の前に広がり、その扉を開けば更に広い空間が視界に飛び込んでくる。
「ちょっと、悟、え?これ私と見てた部屋と違くない?」
「それね、よくわかんねぇけどチェックインの時名前言ったらこの部屋の鍵もらった」
「……スイートルーム…すごいな」
「ベッド広くて良かったな!ぐっすり眠れんじゃねぇ?」
「はは、確かに。うわ、一面窓だし全部海……綺麗だね」
「だな。んま、探索は後でしよーぜ?傑は今すぐ横になって」
寝室へと繋がる扉を開けば、すごく広いベッドが真ん中に置かれていた。キングサイズのものが2つくっついている。こんなに大きいベッドが置かれても全く圧迫感のない部屋に気分の悪さも忘れて口をあんぐりと開けてしまう。
「何もかもが規格外すぎないか?」
「寮のベッドもこんくらい広いといいのにな」
「このベッドは私たちの部屋よりデカくない?」
「はは、それは言えてる」
そんな軽口を挟みながら、悟に促されるままベッドに横になった。髪を解いてベッドサイドテーブルにゴムを置けば、シワひとつないシーツを馴染ませるために身じろいだ。いいベッドというのはこうも簡単に眠りへと誘うのか。適度な柔らかさのベットマットに体を沈ませた途端瞼がグンと重くなる。
「さとる」
「んー?」
「君は?」
「オマエのこと見てる」
「なにそれ」
「ちゃんと休めてるか確認してやる」
「はは、じゃあもっと近くに来てよ」
ベッドが広すぎるせいで一人一つ使うと結構距離が離れてしまう。
「だって、それだと……オマエ休めねぇじゃん」
困ったように悟が答える。
「さとる」
「んだよ」
「おいで」
声を撫でて、もう一度そう呼べばベッドの上を四つん這いになって進み、目の前で正座した。
「さとる、私はね君と一緒だとよく眠れるんだ」
きゅっと膝の上で丸められた掌を掴んで自分の頬に当てればゆっくりと開いていく。こうやって触れ合うのも随分久しぶりのように感じる。
「すぐるオマエ、クマすげぇよ」
「最近、私たち単独任務が増えて中々会えなかっただろ?」
「うん」
「君と一緒に寝てたのなんてきっと数ヶ月とかだったけど、それがとても心地が良くてね」
するりと目の下を撫でる悟の指に目を閉じた。
「いつの間にか悟が隣にいないとよく眠れなくなっちゃったのかな」
「ハァーーー」
深い溜息をつかれうっすらと目を開けば悟はモゾモゾと布団に入り込んでくる。
「さとる?」
「だったら、一緒に寝よって言えばいいじゃん」
「君、殆ど寮に居なかったじゃないか」
「そりゃあオマエだって……俺が寮にいる時いねぇじゃんかよ」
「……たしかに。って悟、君も寝不足かい?」
至近距離で見るサングラスを外した悟の目の下も少しだけ青くなっている。
「だって今日からの三日間、任務ぜってぇ入れられたくなかったし」
「ふふ、私も今日の為に詰め過ぎたかも」
「なぁーすぐる」
「なに?」
「多分俺、すげぇ寂しかった」
グイグイと顔を胸に押し付けて、いつもより小さな声で悟はそう言う。そんな素直な言葉が悟から出てくるとは思わなくて一人目を見開いた。
「オマエと一緒じゃなきゃ、ヤダ」
子どもじみた言葉にいつもなら笑って揶揄っていただろう。だけど、その言葉が嬉しくて思わずぎゅっと悟の背中に手を回した。
「私もだよ」
「ほんと?」
「本当さ。そうじゃなきゃこんなに体調崩したりしないさ」
「そりゃあ任務の詰め過ぎだろ?」
「まぁそれはお互い様だね。でもこうやって悟と寝たかったから、頑張った甲斐はあったよ」
「……なぁ、もっと傑と一緒にいれたらさ、オマエが体調悪いのにだってすぐ気づけたのにな」
「さとる」
「隠そうとすんなよ?なんかあったら俺に言えよ」
「……善処するよ」
「はぁ?それぜってぇーしねぇやつじゃん!……あ、すぐる」
「なぁに?」
胸元から離れた悟と視線が合う。じっと見つめてくる大きな瞳に吸い込まれるように見つめ返した。
「今日、楽しみにしてくれてありがとな」
そう言ってにっこりと悟は笑った。
「さとるぅ」
「ん?」
「好きだよ」
「っんな!」
「はは、照れてる」
「オマエっ、急にんだよ」
「なんかあったら言えって言ったの悟でしょ?どうしようもなくそう思ったから言ったまでさ」
「ふぅん」
「可愛いね、悟。本当に良く眠れそうだよ」
「待て、目ぇ瞑るな。その、俺も、オマエのこと好きだから」
っはいおしまい!目閉じて!いい夢見ろよ!
そう慌てて続けて、暖かい掌が両目を覆った。両手は悟の背中に回したまま、じんわりと伝わる熱に身を任せるようにして目を閉じれば、ストン、と暗闇の中に落ちていくような感覚と共に悟の声が遠くに聞こえた。なんとも言えぬ幸福感に口元が緩んでしまっているような気もするがもう頭を働かせる事も出来ない。あぁ、本当に今日は久しぶりによく眠れそうだな、なんて思いながら全ての意識を手放した。
ふと、目を開いても視界は真っ暗で体は動かない。何度か瞬きをすれば徐々にピントが合ってくるがやはり暗い。寝る前はまだ太陽が真上にあったからだいぶ寝てしまった事がわかる。
続いて顎を掠める柔らかな糸のようなものが悟の髪であること、動かない体は彼が両腕両足を絡めているからであることを認識し、そんな事をしているうちに感覚を取り戻し次第に痺れていく腕もまた、悟の背中に回したままだった。
「……さと、る」
そう掠れる声で呼んで、ぐっすりと眠る悟のふわふわとした髪を撫でつけた。
「んがっ……はっ、すぐるだいじょぶか?」
「ふふ、おはよ。大丈夫だよ、頭もすごく軽くなった」
「そ、よかった。んんーめっちゃ寝た」
声に反応したのか、反射的に起き上がった悟はそう言ってまた目を閉じて子猫のように身じろぐ。
「私も久しぶりにぐっすり眠れたよ。もう、夜だし」
「まじぃー?」
「まじまじ」
「からだ、だいじょうぶ?」
「うん」
「んん……腹減った?」
「減ってる。お昼食べ損ねたし」
「おれも〜あ、食いたいもん俺あるんだけどさ」
「なに?いいよそれにしよ」
「んぇ?俺まだ何か言ってねぇんだけどぉ?」
再びガバっと起き上がった悟に腕を引っ張られて上半身を起こした。
「悟が食べたいものを食べたい気分なんだよ」
「そ?言ったかんな〜後で文句禁止な!」
「言わない言わない」
そう言って連れてこられたのはホテル内部にある小さなコンビニと、その横にある自販機。
「俺、コレ、初めて見た」
悟と並ぶと少し小さくも見える自販機はホットメニューが出てくるもので、それにキラキラと目を輝かせている。
「どれ食べるの?」
「全部に決まってんだろ!あと、コンビニでお菓子とカップラーメンも買う」
「ふふ、いいね。炒飯も焼きおにぎりも五目おにぎりも食べれるね」
「だろ!なぁ、これ普通の自販機と一緒?ボタン押すだけでいいの?」
言ってしまえば冷凍食品と、食べ慣れたコンビニ商品。でもこういうのって誰と何処で食べるかに価値がある。
九箱と袋いっぱいのお菓子やら飲み物やらは巣ごもりするにはうってつけの量だった。何とか部屋に戻って大きなテーブルいっぱいに広げてお湯がわくのを待ちながら、お楽しみの箱をベリベリと開けていく。ホットドッグにハンバーガー、から揚げとポテト、たこ焼きに焼きそば、それからご飯もの。
「あ、たこ焼き爪楊枝二本入ってる。ホットドッグもおにぎりも二個ずつじゃん!半分こ出来るなすぐる!」
「なぁに、全部私に半分くれるの?」
「初めからそのつもりで買ったし」
「かわいいね、さとる」
つい、そんな事を口走ればぽかんとこちらを見つめる顔が次第に赤くなっていく。
「オマ、オマエ」
「そういうとこも大好きだよ」
「ばか、すぐるのばか」
ごにょごにょと小さな声で言葉を反復させながら照れる悟を横目に受け取った爪楊枝でたこ焼きを一つ、頬張った。