釣竿の先がくいくいと揺れたと思ったら、持つ手にも大きな力がかかった。慌てて竿を掴み直して引きあげようとしながらさけぶ。
「た、太公望!これ、これでいいの!?」
「大丈夫ですよ。ゆっくり、あわてないで」
太公望は立香の後ろから手を回して、立香の手ごと釣竿を握って動かす。魚の動きに合わせ、引いて戻して、タイミングを見計らいぐっと引き上げるとなかなかの大きさの魚が海面から飛び出してきた。
桟橋の上でびちびちと暴れるそれを掴むと、持っていたバケツの中に放り込む。
「流石マスター、大物ですよ!」
そう言って手を叩いて誉める太公望に立香も悪い気はしない。照れ臭そうにしながら、
「太公望のお陰だよ。ありがとう」
と笑うと、視線をバケツの中の魚にやる。大きいなぁ、これ食べられる魚かなと独り言をこぼしているのが照れ隠しなのは頬の赤さで分かる。ちらちらと太公望の反応をこっそり確認しようとしているのも、子供のようで可愛いものだった。
「いえいえ、楽しんで貰えているようで何よりです」
これ以上立香のペースに任せていると、感情のままに動いてしまいそうで適当に話をそらす。
「うん。面白かった、やってみて皆が楽しいって言ってるの良く分かったよ。魚が釣れたときはもちろん嬉しいけど、かかるかなっていろいろやったりするのも面白いし、ぼーっとしててもそれはそれでゆっくり出来ていいし」
立香の語る感想に嘘や忖度は見当たらず、心から思ってくれていることが分かる。
「それに全部太公望が教えてくれたしね」
はにかむように言った「ありがとう」は太公望の胸を射貫いた。
「へ、あ、その」
赤い顔で何を言ったらいいのか悩み迷っている間に、立香は片付けをすませて立ち上がる。
「この魚エミヤのとこ持っててみよっか?」
太公望は立香の様子にタイミングを逃したことを理解し、自身も気持ちを切り替える。
「そうですね、そうしましょう」
アプローチのチャンスを逃したのはもったいなかったけれど、また次がある。釣りを面白いと思ってくれたのならあの場所へ誘って二人で釣りをする機会だって作れるだろう。
今度こそと決意を新たに太公望は次回への策を考え始めた。