目の前に影がある。
持ち主に合わせてゆらゆら揺れながら先に進む真っ黒な影。
その持ち主は前を見たまま振り向くことなく今日あった事をあれこれ話している。
放課後の部活前に会った友人、部活仲間とのやり取り、終わって帰り際に会った先生、それから。
尽きることなく出てくる話題は彼の人望故なんだろうなと思いながらも、一緒に帰っているのは自分なのにという身勝手な考えがじわじわ染み出してくる。
言えるわけがないし、知られたくもない。
彼は俺を「カッコ良い」という。
勝手に邪推してこんな風に機嫌を悪くして、その上何を言うでもなくいつもと変わらないふりで相槌をうつしかできないような奴なのに。
するはずないと分かっていても、幻滅されるのを恐れて言えないのもまた否定要因だ。
嫌になる。
話の内容が変わってもゆらゆら揺れる影は変わらない。
少しだけ足を大きく伸ばしてその影を踏んでみる。
勿論何も起こらない。
彼が止まることもなければ、話も続く、振り向くことだってない。
期待も何もしてなかったのだからそのままでいればいいのに、もやもやとした重苦しいものが下りてきて足が止まった。
気付かない彼は先へ先へと進んで、俺は置いていかれる。
気付かないで欲しい。
気付いて欲しい。
このまま見えなくなればいいのに。
止まって。
ぐちゃぐちゃになった感情に頭まで重くなって俯いてしまう。
視界いっぱいのアスファルトに自分の足、そして彼と同じ色の影を見ているとだんだん心が落ち着いてきた。
離れて彼の声が聞こえにくくなったのもあるのかもしれない。
落ち着いて、それでも残ったのは彼と一緒にいたいという事。
もう一度追い付こうと顔を上げると、すぐ目の前に彼がいた。
「え?」
「大丈夫か?急に立ち止まるから何かあったのかと思った」
それには友人への心配以外の感情は見えない。
止まってくれて、戻ってきてくれて嬉しい。
友達でしかないのが苦しい。
多分引きつってるだろう笑顔を作りながら「大きい虫踏みそうになって」と言って誤魔化す。
彼は少しこちらをじっと睨むように見た後、「そうか」と納得した。
無意識にほっと安堵の息を漏らしてしまってまた疑惑の目を向けられそうになったが何も言わずにいると彼に手を取られた。
「ほら、行こうぜ」
その言葉と笑顔に、やっぱりまたここから引き揚げられた。