バレンタインのペパアオ「うっそお……」
明日はバレンタインなのだ。それなのに、それなのに!
「マスカーニャ~! オーブンレンジ壊れてるううううう!!」
乙女の決戦日であるバレンタイン前日にオーブンレンジが壊れる必要がどこにあるのか、否、無い。
どうすれば良いの?ケーキを焼きたい。料理上手な彼に贈るものなら特別なものを。
市販の物も良いけれど、いつもいつも美味しいものを作ってくれる彼にアオイも何か作りたかったのに。
「んにゃー!!」
諦めちゃ駄目、まだ勝負は始まったばかりよと言わんばかりにマスカーニャが声をかけてくる。
そうだ。オーブンレンジが壊れたならば借りれば良い。幸いにしてアオイには友人がいるじゃないか。
先ずはネモ……は、今、チャンピオンリーグに向かっておりました。ダメ。
じゃあボタン……は、絶対ダメ。あんな腐海で本命チョコケーキを調理してはいけない。ダメダメ。
ああ、打ってつけの人が居た!ペパーだ!ペパーなら清潔にしてるし、調理環境もバッチリだ!うんうん、それじゃあキッチンを借りるとなるとペパーの許可が必要だろう。
「って、本人を前に本命チョコケーキつくる奴が居るうー!?」
まして告白前なのにー!まったくもーもー!!
アオイがうんうん唸りながら頭を悩ませていた。
こういうのはサプライズ的に渡した方が楽しいと思うのに。
いや、でもペパーの監修の下で作った方が正解かもしれない。
側に居てくれればきっと助けて貰えそうだし。でも、あまりのヘタさ加減にペパーが呆れはしないでしょうか?大丈夫?
……ペパーの側でケーキを作るならば、アオイはペパーと違い技術が無いのだから湯煎で温めて固めるくらいにしておいた方が無難だろうか……。
でも寮内だがペパーのキッチンは設備が整っているし、なんだか楽しい気がして来た。アオイはふわふわと気の向くまま色んなことに顔を突っ込んで最後はパルデアを救った行き当たりばったりガールなのだ。
なのでペパーにすがりつこう。本命チョコケーキであることを隠してしれっと作ればバレないバレない。サプライズ大成功するに決まっている。
後はペパーにキッチン貸してほしいと交渉しないといけないが……大丈夫、彼は目の前で駄目になっていく哀れな食材を見捨てたりはしない。断れば作れない、材料が無駄になると駄々こねて泣きつこう。
そうと決まれば善は急げだ。
アオイは先程買い込んだ材料を片手にパタパタとペパーの部屋へと走って行った。
「ペパー! いる? バレンタインのチョコ作りたいから台所貸して~」
「……良いよ」
意外と呆気なかった。理由すら聞かれなかった。自分の聖域であろうキッチンにアオイをすんなり入れてくれる。
明日はバレンタイン。基本的には想い人にチョコを渡す日。彼女が今からバレンタインのチョコを用意するということは、無視は出来ない。何故ならペパーはアオイが好きで大好きなので。
なので動向を知らなければいけない。自分の為のチョコレートを作るのであればウェルカムである訳だが……普通に考えて本命チョコを本命の前で作るだろうか?というか、というか!
「……量、多くないか?」
「うん。みんなの分用意するのー。これは校長先生とジニア先生の分で、これはネモやボタン、」
やっぱりか!
結局そうなるのか!
誰か特定の人間が居る訳ではないのは喜ばしいと考えるべきだろうか?いやでも、それでもペパー以外の男(校長&担任)が出てくるのは面白くはない。
周りの奴らと同じ物だなんて、積極的につまらないだろう……いっそそのまま丸ごとカカオでも配ったら良いものを。
「みんな沢山食べるからね。多めに買ったから凄い量になっちゃった」
ごそごそいそいそと準備を始めたアオイ。
どう邪魔してやろうか考えたがしかし、ふと一つの考えが閃きペパーは傍観を決め込む事にした。
「そうか。ならオレはアドバイスしてやるからここは好きに使っていいぜ!」
「ありがと!」
ウキウキ調理に入ったアオイを後ろから眺めて口元にやや右上がりの弧を描く。
アオイの動作、一挙手一投足を見逃さないようにじっくりと観察しながら。
蛇足だが、今日はバレンタイン前日であり明日が本番だ。
時刻は夕飯を済ませ、深夜か深夜じゃないか曖昧な時間帯。
「ペパー。ここどうするの?」
「待てアオイ! その前に粉を後二回はふるっといた方が良い」
なんだかんだと言いながらもしっかりと指導をする生真面目なペパーの監修の下、アオイが作業を終えて満足そうにしている。
後片付けをして、お礼にミモザに貰ったお洒落な茶葉でお茶を淹れたのでマフィティフと共にペパーを待つのに、待てど暮らせどやってこない。
「ペパー? お茶にしようよ」
「明日の仕込みにまだ少しやる事があるから先に飲んでていいぞ」
「じゃあ手伝うよ!」
手伝われたらすっげー困るんだ。だからソッとしといてくれ。
そんなペパーの思いをかぎ付けたのか、マフィティフがアオイの制服の裾に噛みついてクイ、クイとお茶会へと戻そうとする。ナイスバディーである。
いいぞマフィティフ!頼む、そのままアオイを引き付けてくれ!!
「滅茶苦茶時間かかるから、先飲んでてくれよ! な! マフィティフも呼んでるぞ!!」
何時もならば手伝わせてくれるのに。
断固といった様子でアオイをキッチンから追い出すペパーに膨れ面を見せるが全く相手に退く気配が無いので渋々アオイが戻る。
アオイがマフィティフと一緒にお茶会を開いていると、ペパーがアオイのチョコケーキを冷蔵庫に入れているところが見えた。
「あ、ごめんねペパー。チョコケーキはちゃんと持って帰るから、」
「いや、良い。明日また来いよ。ラッピングするんだろ? オレが手伝ってやる!」
ペパーにあげるケーキなので、ペパーの部屋の冷蔵庫で冷やしておけば確かに効率は良い。
でもこう……ラッピングをして違う場所で、はいどうぞって……まあ、本命の本拠地で作っている時点で情緒もなにもないのか。
まあ、とても自分たちらしくていいのかもしれない。じゃあ、いっか。まあ、いっか!
「……じゃあ、いいの?」
「ああ、良い。大丈夫だから」
コイツは置いて行って貰おうか。ペパーが丁重に冷蔵庫にケーキをしまう。
それを見てアオイが嬉しそうに部屋を出ていくのを見届けて、今さっきまでやっていた仕込みを一気に仕上げる。
タイムリミットがある。鮮度が命。アオイの作っていたレシピは頭に叩き込まれている。少し冷めた紅茶をグイッと飲み干していざ!と腕まくりをするペパー。
それに対してマフィティフもやる気十分でペパーの足元で一伸びする。
冷蔵庫を開けてアオイのケーキを観察する。どう見ても一人分にしてはデカいそれは切り分けて配るサイズだった。
何度もいうが、気に食う筈はないのだ。ジニアもクラベルもアオイにとって一般的に見れば恋の射程範囲からは外れてはいるが、不可能ではない。ならばもうその時点でペパーの恋敵だ。
ペパーは恐るべき手際の良さで作業を始めた。材料はある。チョコレートの種類は違うが、その辺は自慢の腕でカバーしてみせる。
アオイのケーキを睨みながら、アオイの先程の作業を思い出しながら。
「ペパー! ハッピーバレンタイン! はい!」
ででどん!っとケーキ丸ごとペパーに差し出すアオイに彼は固まる。
え?あれ??んんんん???
「……他のヤツらには配らないのか?」
「みんなには生チョコを作ってもう配って来たよ! 校長先生だけちょっと高めのチョコ買って来たけど」
なんだと?
ペパーの顔色が曇るがアオイは気付かずニコニコと「校長先生、ホワイトデーにでっかい金のたまくれないかなぁ、」とか言っている。
コラコラ。コラコラコラ。色々とコラコラコラ。待ってくれ。
「いっつもお世話になってるペパーだけケーキなの! 驚いた?」
きらきらと期待に満ちた瞳で見つめられては驚いた嬉しいとしか答えられない。
しかしいつの間にそんなものを用意したのか……と考え直ぐに思い当たる。あの後直ぐにチョコを溶かして固めたのか。
「……昨日、他のチョコも作ったのか?」
「うん! 溶かして固めるだけだからあっという間だったよ」
「そうか……あの後ついでに作ってくれてよかったんだぞ?」
そうすれば自分はあんな無駄な労力は使わずに済んだものを。
そうすれば自分はあんな無駄な労力は使わずに済んだものを……!!
「だってケーキで時間も場所もとってるし、それにチョコばっか作ったら部屋がチョコ臭くなりそうだし……」
「ならねぇよっていうか、チョコの匂いなら問題ないだろ」
「ケーキ全部ペパーのだよって後で驚かせたかったから……だからみんなのはこっそり作ったの!」
してやられた。完全に全員分だと思っていた。
でも確かに、アオイが言うメンバー全員分とすればケーキは極薄にはなるが……いやでも、まさか。
つまり身から出た錆だと言うことか。
驚かせたかった?ああ、驚いたとも。
まさか巨大ケーキが全て自分の手元にやってくるとは。
「早く食べよっ!」
アオイがウキウキ切り分けるのはペパーが作ったケーキでアオイの手作りは既に切って冷凍庫の奥にある。因みに一部は既に頂いた。とても美味かったというのはペパーとマフィティフだけのヒミツだ。
ペパーが無言でいる間もアオイがパタパタとケーキを食べる準備をしていた。今度はサワロ先生に貰った茶葉だとお茶まで淹れて。
自分の前に置かれた自分の手作りケーキを一瞥する。我ながら本当に上手くコピーしたものだ。
「美味しい?」
「……あぁ、美味いな」
自分の手製のケーキの出来を聞かれるのは果てしなく微妙だが美味いと答えない訳にはいかない。
その一言にアオイが嬉しそうに笑って自分も口にした。
「あ!本当に美味しく出来てるっ」
アオイが幸せそうに口に含むケーキはペパーの手製のケーキな訳で。
……あんなに喜ばれると罪悪感でちくりと胸が痛む。
「あ、みんなに配ったチョコもあるの! 食べる?」
「食う」
即答。あれもそれも全部、アオイのチョコならば欲しい。
結局アオイの手作りチョコは他の連中にも配られる事になったが……。
日頃のお礼としてでも自分は他と差別化してくれたからよしとする。
それよりもこのデカいケーキをどうしたものか……。
目の前の自分が製作した本命ケーキを見て溜め息をつく。マフィティフにはあげられないし、他の誰かにあげてアオイに漏れたらマズイ。
後一つ、冷蔵庫には正真正銘アオイの本命ケーキが隠れているのだ。
アオイ本人に渡す訳にもいかなければ他の奴らに渡すのだって冗談じゃない。
ああ、これぞまさしく身から出た錆だ。
アオイのケーキならば食べられるだろうが……冷静になってみると情けなくて溜め息が止まらない。
ペパーはまた溜め息をついて自分の手製のケーキを口に運んだのだった。
その数分後、意を決したアオイに告白をされるまでペパーの心には暗雲と後悔が立ち込めていたとか。