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きょうもあしたも、これからも
塔には寄らず、ひたすらに進んできた。先程寄った馬宿でタバンタ地方と教えてもらったが、地名を聞いてもわからない。あとどれくらいで着けるのかな。
だから目的地が見えないか、高い崖をなんとか登ったら、偶然にも祠と思い出の場所を見つけた。吹き抜ける風が強く冷たい。ここに来る前に、ハイリアの服を一式揃えておいてよかった。フードもあって、かなり寒さを凌げる。
隣に立つ狼を撫で、少しのあいだ待っててもらう。ひとり記憶を思い出したあとは、とりあえず祠を登録した。
「よかった、もうすぐ着きそうだ」
とても見晴らしがよいので、近くの空に神獣と思われる不思議な鳥が見える。最初に向かうと決めた目的地を見つけ、迷いながらもここまで来れたことを喜んだ。始まりの台地から遠くを見た時、空に浮かぶ姿に一番興味を惹かれたから。端から端への移動はかなり遠かった。
周りは朽ちて苔むした石柱がいくつもあり、魔物や野生の狼がうろつくだけの場所は、少しだけ寂しさを感じる。
「狼さん、ここ、ここに来て」
祠の隅に腰を下ろし、開いた脚のあいだに狼を呼ぶ。示された先でインパ、そしてプルアに出会ったオレには、道中いつの間にかこの狼が付いてくるようになった。
額に変わった模様のある、凛々しい顔付きの狼だ。そのうち離れていくかと思っていたが、そんなことはなくて。一緒に戦ってくれたり、野営時はオレに寄り添って寝てくれるものだから、いまではなにをするにも一緒だ。
狼の左前足には枷が残っているので、どこかから逃げてきたのかもしれない。考えたところで答えは出ないし、オレにかなり懐いているので、このままでいいかと気にしないことにした。
「ありがとう。は〜、あったかい」
もふもふな獣の身体を、ぎゅっと抱きしめる。抵抗することなく、オレに身を預けてくれるので嬉しい。先程思い出した記憶のせいだろうか、無性に体温が恋しくなっている。
「付いて来ないでください、か」
特に印象に残った言葉が浮かび、オレの気持ちはめちゃくちゃに沈んでいく。過去になにがあったんだよ。
「あんまり、仲は良くない? いや……」
オレが姫の側にいたのは、護衛としてだとわかった。なのにその護衛は必要ないと置いていかれ、不機嫌な顔で追い払われている。しかも、付いて来ないでと拒否までされていた。都合よく考えても好かれてるとは到底思えず、むしろ嫌われているようにしか見えなかった。
ここに来る途中で見つけたもう一つの記憶も、やけに距離を置かれて歩いていた。
二つに割れた山が見え、白樺が生える湖の近くだった。ふたりの間に流れる空気は、どこか冷めてる気がした。そこでは、背中の剣の声が聞こえるのかと問われていた。答える前に記憶が切れたからわからないけど、聞こえてるような感じだったな。気になるところで終わらないでくれ。
ひょっとしてあの剣は、喋るのだろうか。不思議な声が聞こえるのは、コログで十分なんだけど。
「あれも、どこかにあるのかな」
オレが目を覚ました回生の祠には、見当たらなかった。そうなると、どこにあるのだろう。しかしいまは四神獣を解放させるのと、記憶を取り戻すため、ウツシエの場所を探すので手一杯だ。必要な時が来たら、探すことにしよう。
場所のわからないウツシエはまだまだある。だけど二つの内容を思うと、長いため息を吐きながらうなだれた。
「こんな記憶ばかりだったら、どうしよ」
これから見つかる記憶で、関係が良くなっていたらいいが。さらに嫌われている内容だったら、いまより更に凹むぞ。
抱き込んだ狼の毛に顔を埋め、ゆっくりと息を吸う。うん、すごく獣臭い。けれどこの匂いに慣れてしまったオレは、とても落ち着くので何度も吸い込んだ。
「なに、慰めてくれるの?」
返事のように鼻を鳴らし、まるでオレを労わるように、尻尾で脚を撫でてくる。ただの偶然だとしても嬉しくて、荒んだ心が穏やかになっていく。存分に甘えろと言わんばかりに、温かい身体を貸してくれる。
この狼、手放したくないな。一緒にいるのが当たり前になり、オレから離れていく様子もない。気づけば話しかけているし、いつだって癒やしてくれる。こうなると、オレが飼い主になるから、旅が終わってもずっと一緒にいてほしいと思い始めている。
そういえばハテノ村に寄った時、はずれに取り壊す予定の家があった。家が有ればなにかと便利そうだし、終わった後を考えるとあってもいい。ひとまず、ルピーを集めるか。
「なんて呼ぼうか……、ポチ?」
愛着を持たないように名付けず、狼さんと呼んでいたけど、オレのものにするなら名前は必要だ。思い付いたのが犬によくある名前だったからか、途端に腕の中で暴れられた。
まるでなにかを訴えるように何度も吠えるので、ふかふかの毛を指で梳いて宥める。まあ、犬の名前はイヤだよな。
「オレの言うこと、なんとなくわかるのかな」
勝手に魔物に突っ込んでいく時も多々あるけど、いまみたく、オレの言葉を理解しているのかと思う時もある。ならば賢くてかっこいい名前にしたいが、口から漏れるのは唸り声ばかりで全然浮かばない。
「狼さんは、なんて呼ばれたい?」
返事を返されたところで、オレにはわからないけど。思いつかないので、焦らず保留にしておく。
寒さが増してきたのか、身体がぶるりと震えた。なので温かい体温を分けてもらおうと、腕に力を込めて一層ここに閉じ込める。そうだ、また気分が沈んでしまう記憶を見つけたら、このもふもふに癒してもらおう。オレが勝手に決めたことだけど、その時が来たらよろしくね。するとまかせろと言うように、頬に擦り寄られてくすぐったい。
「いって……!」
そのうち頬を舐められ、痛みに声が出た。オレが気づかない傷を世話するように、舐められることが増えた。それはいいんだが、時々傷口にしみる。痛いからやめてと言っても効き目はなく、ぺろぺろとざらつく舌を押しつけてくる。
止まってくれないならどうするか。もふもふの身体を揉んで、くすぐってやるだけだ。それどころじゃなくしてやる。
「これさ、痛い時はけっこう痛いんだよ〜」
「ばう、わうっ」
「可愛い鳴き声あげて、もう」
されるがままの姿がたまらなくて、揉みくちゃにしてしまう。こうして戯れていると、狼だけどワンちゃんかと思ってしまう可愛さだ。本当は犬だったり、しないよね。
名前が決まるまで、やっぱり時々はワンちゃんと呼ぼうかな。狼も犬も根は一緒な気がするし、多分大丈夫だろ。
「きょうはここで野宿しますか」
先日、タバンタの馬宿に寄った際に、旅の荷物は整えてある。祠で風避けは出来るし、火を切らさなければ寒さも耐えられるだろう。ここは空気が澄んでいるから、星空がよく見えそうだ。景色を楽しみに思えるのは、きっと狼が一緒にいるからだろう。寂しい一人旅には、もう戻れないな。
吐き出す息が白い。空は夜の色を映し始めているから、風の冷たさが身にしみてくる。慣れない寒さで、頬と鼻先は赤くなってそうだ。指もほんのりかじかんでる。
「ワンちゃんは、ほんとにあったかいね」
服が毛だらけになるのも構わず、手放すことの出来ない温もりに縋り付く。焚き火の温かさとは違うんだよなあ。
こんなに優しくされて、心地いい毛並みをひとりじめ出来るので、オレの頬は緩みっぱなしだ。お礼にきょうは、とっておきの極上ケモノ肉をあげよう。はち切れんばかりに尻尾を振って、喜んでくれたらいいな。
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