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    okayu_gohan25

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    okayu_gohan25

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    ネロ晶♂

    ダイエットしたい晶くんとそれを阻止しにかかる悪い東の魔法使いの話。

    全部食べてねネロ・ターナーは感情を表に出さない男だ。けれど無感情というわけではなく、ただ隠すのが上手かった。まるで凪いだ海のような、木漏れ日の差す木陰で柔い風に吹かれるような、そんな心地の良い空気を作り出すのが上手かった。
    ……はずだ。
    そんな自分が苛立っていることにネロ自身気づいていた。原因もわかっている。
    「あ、ネロ……!あの、すみません…、今日もお夕飯は外で食べてくるので、俺の分は用意しなくて大丈夫です」
    先程ひょっこりとキッチンに顔を出した賢者さんに俺はいつも通り笑えていただろうか。自信がない。

    賢者が魔法舎で食事を摂らなくなった。もちろん、全くというわけではない。正確に言うならば『ネロが作った食事を摂らなくなった』だ。最初は小さな違和感で、少し外食が増えたなという程度。それが徐々に増えていき、今では夕食時には必ず街へ繰り出して行ってしまうし、朝食や昼食もネロが作ったものではなく賢者自身が作ったもので済ませてしまう。何か嫌いな食べ物でもあったかと聞いても「好き嫌いは特にありませんよ」と朗らかな笑顔を浮かべるばかりで何もわかりはしない。じゃあ何だと言うのか。
    ─てっきり俺のことが嫌いになったのかと思えばそう言うわけでもなさそうで、食事時以外には嬉しそうに「ネロ!」って子犬みてぇに駆け寄ってくるし…!!
    そのギャップが余計にネロを悩ませた。
    正直に言うと、ネロは賢者のことが性的な意味で好きだ。最初こそリケやミチルと変わらない癒し枠でしかなかった。(賢者は一応成人しているが、600歳からすれば数年の歳の差などあってないようなものだ。)しかし、こんな自分と友人になろうと努力する健気さや、勝手に呼び出された異世界で必死に魔法使い達と向き合おうする誠実さ、それでいてネロの料理を食べて『今俺は世界で一番幸せです』みたいな笑顔を浮かべるところ。少し手が触れ合っただけで恥じらうように染まる頬と伏目がちになる瞳。
    そんな彼を見ている内、底無し沼に嵌るようにズブズブとネロは落ちて行った。
    幸せそうに膨らむ頬に齧りついてやりたいし、その指に付いたソースを一本一本丁寧にじっくり、視線を合わせながら舐めとってやりたい。そうしたらきっと彼は恥ずかしがって瞳に涙を浮かべるかもしれない。それすらも舐め取って全て己の腹に収めたい。
    目の前に座る男が穏やかな笑顔の裏でこんな想像に耽っているだなんて思いもしないで無邪気に食事を頬張る賢者の愛しいこと!
    ネロはもうとっくに取り返しがつかない程に晶に嵌ってしまっていた。嵌ってしまったからには仕方ない。晶にもここまで落ちて来てもらおうと画策していた折に晶の食事ストライキ。これで苛立つなと言う方が難しかった。
    「ハァー………。」
    深い溜息を吐きながらもその手つきは正確で均等に野菜を刻んでいく。まさしく職人技だ。
    こうしている間にも晶は自分以外が作った料理で腹を満たしているのかと思うと胃の中が沸々と煮え立つような心地でどうにも落ち着けない。
    刻んだ食材を鍋に入れ火を通していく。
    しかし何を作っても食べない相手にどうやって食事を食べさせればいいのか。ネロは暫しの間思案して、そうして一つの結論に辿り着く。
    鍋の中にハーブ、調味料を入れ掻き混ぜる。辺りは食欲を唆る良い匂いで満たされた。
    「食べないなら、食べさせるしかないよな…?」


    夜も更け月明かりが差し込む部屋の中で、晶は机上のランタンを頼りに賢者の書を綴っていた。静かな部屋にカリカリと紙とペンの音だけが響いている。そこに前触れもなくトントントンと軽快なノック音が響いた。
    「?誰だろう…」
    この時間に晶の部屋を来訪する人物は限られる。寝かしつけを希望するミスラか悪戯にやってくるムル、極稀にオーエン。でも今晩に限っては北の魔法使いと西の魔法使いはどちらも泊まりがけの依頼に向かっている。
    検討がつかないまま「はぁい」と扉を開き、そこに立つ予想だにしなかった人物に晶の肩は思わず跳ね上がった。
    「どうもこんばんは、賢者さん」
    「ネロ…?!」
    こんな時間にどうしてネロが?夜更けに訪ねて来るようなタイプじゃないのに…。
    晶は首を傾げたが、目の前の彼は何も言わずに微笑むばかりで答えをくれない。そこでようやくネロの手元に視線をやると、そこにはこの夜更けに不釣り合いな程のご馳走が乗ったトレーがあった。ふわふわそうな焼き立てのパン、見るからに濃厚なかぼちゃのポタージュに、鹿のソテーとラクレット、デザートのトレスチェスまでついている。
    ご馳走に釘付けになりながら自然と分泌されてしまう涎をごくりと飲み込む晶に、ネロの笑みが深まった。
    「最近賢者さんと話せてねぇから、よかったら夜食でも食べながら話せないかと思ってさ。」
    晶がネロの食事を摂らなくなった理由はわからない。しかし人の良い彼がわざわざ自分のために用意されたものを目の前に差し出され、断るわけがないことを東の悪い魔法使いは知っていた。
    「そう、ですね…。たしかに最近あんまりお話しできてなくて俺も寂しかったですし…!じゃあ…」
    ─よし、かかった。
    穏やかな笑みを浮かべた悪い魔法使いは、まんまと獲物の住処へ踏み込んだ。晶の部屋は人と食事を摂ることを想定した作りはしていないので、当然食事に使えるようなテーブルも無くいそいそと賢者の書を広げていた机を片付けようとしたがそれを制止して呪文を一つ。
    《アドノディス・オムニス》
    「わ、テーブルが…!」
    どこからともなくベッドサイドにテーブルが現れた。椅子は無いけれど、ベッドに腰掛ければ問題無く使えそうだ。
    「どうぞ、賢者さん」
    「ありがとうございます、ネロ!」
    喜んでベッドに腰掛けると、当然のように並んでネロも腰掛けた。肩がぶつかってしまうほどの距離の近さに晶は一瞬身を固くして蜂蜜色の瞳をチラリと見上げるも、ネロは笑顔のまま小首を傾げるだけで何も変なことだとは思っていないようだった。
    ─俺が意識し過ぎてるんだきっと…!
    晶は何でもない風を装うためにどうにか笑顔を浮かべた。

    晶はネロに恋をしている。
    最初は、ただ友人になれたら嬉しいと思った。優しくて気遣い屋で、それでいて周囲と深く関わることを拒んでいる彼のことをもっと知りたいと思った。不意に見せる気の抜けた笑顔や、実は少し意地悪なところ、年若い魔法使い達を可愛がっている姿や上手に料理ができた時に喜ぶ姿。一つ知るたびにまた知りたくなって、その繰り返し。晶はどんどんネロにのめり込んでいってしまった。このままじゃいけないと思いもした。
    だって俺はネロの友人になると言ったのに、これじゃ友人だなんてとても言えない。
    それでも恋心を止める術などあるはずもなく、結局晶はネロへの恋心をひた隠しにしながら日々を過ごしていた。そんなある日晶にとって大事件が起きたのだ。
    ─太ったのだ、明らかに。
    今まで事足りていたベルトの穴に入らない。鏡越しに見る自分もなんだかムチっとしたような気が…?いや、そんなまさか…?と冷や汗をかきながらいつもの通り起こしにやって来たカインとハイタッチを交わしてから肩をガッと掴んで問いかけた。
    「おはようございますカイン……、正直に答えてください」
    「お、おぉ…?おはよう賢者様。一体どうしたんだ?」
    困惑しながらしっかり晶を受け止める腕は鍛え上げられた男のもので、服越しにもその肉体美が伝わる。晶はそっと目を逸らした。
    「俺、太りました…?」
    カインは目を瞬かせて一瞬黙り込んだ。しかし何を聞かれているのか理解して、あぁなるほどと頷いた。
    「言うほど太っちゃいないと思うが…、うーん。まぁたしかに、出会った時より少し肉付きは良くなったかもな」
    「……………!!!!」
    脳天にオズの稲妻を落とされたような衝撃が走った。もしやとは思ったけれども人から言われると最早受け入れざるを得ない。
    ここで晶の脳内は大回転を始めた。
    ただでさえ見目麗しい魔法使いに囲まれて浮きがちな平凡な自分が、加えてぽっちゃり属性まで手に入れてしまったら……?
    「ぐっ………!!」
    「晶?!大丈夫か?!」
    頭を抱えて疼くまる自分を心配する姿まで様になるカインに晶は更にダメージを受けた。ダメだ、早急に何とかしなければ…!
    しかし、太った原因はわかっている。ネロの美味しすぎるご飯、そしておやつのせいだ。しかも普通に食べるだけでなく、少しでも好きな人の近くにいたい下心のために晶はよくキッチンへ手伝いに行っていた。するとネロは「他のヤツらには内緒な」と悪戯っぽい笑みを浮かべて晶につまみ食いをさせてくれていたのだ。そりゃもう余計に太る太る。
    ─このままじゃいけない…!
    例えこの恋が実らないものだとしても、せめて好きな人の隣に立っても恥ずかしくない自分でいたい…!そんな思いから晶は一念発起しダイエットを決意した。
    「カイン……!俺、頑張りますから…!」
    「あぁ…!何かはわからないが、俺は晶のことを応援するよ」
    その日から、晶は徹底的にネロのご飯を避けた。少し申し訳なさもあったけれど、しかしネロの隣に立って恥ずかしくない自分になるため頑張った。
    そしてようやく元の体型に近づいてきたかなという頃、何故かご馳走を携えたネロが部屋へやって来たわけである。

    最初はいつもの楽しいお喋りだった。時折肩が触れ合っては心臓の動きが激しくなることはあったけれどそれさえ気にしなければいつも通りのやり取り…のはずだった。
    「あれ、賢者さんもう食べねぇの?」
    「あ、ごめんなさい…!ちょっとお腹いっぱいになってきちゃって…」
    これ以上食べるのはせっかく戻りつつある体型的にもよろしくない。まずもって外で簡単に夕飯を済ませてきていたのでお腹もそこまで空いていないので、ネロには申し訳ないけれど全部は食べきれない。
    「ふぅん…」
    ピクリとネロの眉が動いた。その反応に晶はあれ?と違和感を抱く。普段の彼であればきっと「そっか、じゃあ無理して食べることねぇよ。取っておくから、また腹減った時にでも食いな」などと言って笑ってくれるはずだ。
    それが今は明らかに不愉快ですと言わんばかりの表情を見せている。
    どうしたのかな…?
    「あの……」
    「……《アドノディス・オムニス》」
    「ん?!」
    呟くように唱えられた呪文。
    その呪文と共にシュルルッ!と何かが巻きつく感覚。咄嗟に見下ろすとそこには水色のリボンで縛られた己の両手首があった。
    え、これは一体……?!
    状況が理解できずに瞳を見開いて犯人を見上げる。
    「ネロ、これは一体…?!」
    焦る晶と対照的に、賢者を縛り付けるだなんて不敬で無礼な行為を働いた男は一体どんな顔をしていたかと言うと
    「ん?」
    悪びれもしない、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。
    晶は更に混乱してしまう。目の前の彼のどこまでもいつも通りの顔を見ているとまるで自分がおかしいみたいに思えてしまう。
    「どうかした?賢者さん」
    「え?えっと…、だから、これ……」
    真木晶は常識的な人間である。
    超常的な力を操る魔法使い達と異世界で生活する中であってもその性質は変わらない。至って普通の人間なのである。
    そしてそんな彼が手首を縛られている己の状況を己の中の常識と照らし合わせてみたところ「やっぱり俺はおかしくないな?」という結論に辿り着いた。
    なので、気を取り直して問いただしてみることにする。
    「あの、なぜ俺は縛られたんでしょうか…?」
    「ん〜……」
    話を聞いているのかよくわからない返事をしながら、ネロはカチャと音を立てテーブルの上のスプーンを手に取った。
    蜂蜜を溶かしたような、金色に輝く麦畑のような瞳はいつになく冷めていて感情が読み取れない。それでいて、不安げな晶を安心させるように浮かべた微笑みは優しい。
    「はい、どうぞ」
    「え…?」
    口元に運ばれてきたスプーンがまるで『入れろ』と言うように晶の柔らかな唇をふにっと突いた。その唐突な行動に驚いていると、わずかに空いた隙間にスプーンが潜り込み、ポタージュの甘みが口の中に広がる。
    「美味しい?」
    「美味しいです、けど…。あの、ネロ」
    「じゃあ次こっち」
    次に運ばれてきたのは鹿のソテー。それもまた晶の口内へ容赦なく侵入してきて、舌の上で旨みがじゅわっと広がる。
    口に入れられた以上食べなければと必死に咀嚼する晶にまるで可愛がっている動物を見るような、はたまた愛しい相手を見るような視線を送る彼が実際のところ何を考えているのか晶にはてんで理解ができない。
    「もっと食べてよ」
    もう限界でお腹もはち切れそうだと言うのに次々と口元へ運ばれてくる料理達。飲み込んではすぐにまた次が入ってくる。
    「ま、待ってください…!ネロ俺もう本当に、んむっ…!」
    抵抗できない状態で腹が無理やり満たされていく。思わず逃げようと身体を引いても腕が縛られていて上手く動けず、隣の男に肩を掴まれ押され気づけばベッドに転がされていた。
    覗き込んでくるネロの顔は逆光でよく見えない。
    「なぁ賢者さん、俺の飯美味い?」
    そう問いかける声は優しい。晶は困惑しながらも頷いた。
    「あの、ネロどうしたんですか…?どうしてこんなことを…」
    「それ、アンタが聞く?」
    ネロはクッと喉を鳴らして笑った。
    「あんなに美味い美味いって食べてたのに、全然俺の飯食わなくなってさ」
    「あ…」
    「なに?俺の飯はもう嫌いになった?」
    そこで晶はようやくネロが何を怒っているのかなんとなく理解した。
    晶がダイエットのためにネロの食事を避けていたことを、ネロは晶はもう自分の料理が好きじゃなくなったのかと勘違いしている。
    「ネロ、ネロ違うんです、俺そういうんじゃなくって」
    弁解の言葉は口に入れられる料理で途切れる。
    どうやらこれは、本当に全てを腹に収めるまで許されないらしい。
    そう気づいた晶はもう涙目で目の前の思い人を見上げる他なかった。
    「賢者さん、いっぱい食べてよ」


    ……全てを食べ終わり、真相を知った料理人が土下座しお互いの思いを伝え合った二人の関係が変化するまでにまだ少しだけ時間がかかる。
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    okayu_gohan25

    DONEネロ晶♂

    ダイエットしたい晶くんとそれを阻止しにかかる悪い東の魔法使いの話。
    全部食べてねネロ・ターナーは感情を表に出さない男だ。けれど無感情というわけではなく、ただ隠すのが上手かった。まるで凪いだ海のような、木漏れ日の差す木陰で柔い風に吹かれるような、そんな心地の良い空気を作り出すのが上手かった。
    ……はずだ。
    そんな自分が苛立っていることにネロ自身気づいていた。原因もわかっている。
    「あ、ネロ……!あの、すみません…、今日もお夕飯は外で食べてくるので、俺の分は用意しなくて大丈夫です」
    先程ひょっこりとキッチンに顔を出した賢者さんに俺はいつも通り笑えていただろうか。自信がない。

    賢者が魔法舎で食事を摂らなくなった。もちろん、全くというわけではない。正確に言うならば『ネロが作った食事を摂らなくなった』だ。最初は小さな違和感で、少し外食が増えたなという程度。それが徐々に増えていき、今では夕食時には必ず街へ繰り出して行ってしまうし、朝食や昼食もネロが作ったものではなく賢者自身が作ったもので済ませてしまう。何か嫌いな食べ物でもあったかと聞いても「好き嫌いは特にありませんよ」と朗らかな笑顔を浮かべるばかりで何もわかりはしない。じゃあ何だと言うのか。
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