推しに貢献したい晶くん「う〜〜〜ん………」
真木晶は悩んでいた。
スマホの画面に立ち上げた通帳アプリは己の全財産を表示している。そのあまりにも心許な過ぎる数値にかれこれ一時間以上支出管理アプリと見比べながら頭を抱えている。
「だめだ、これ以上生活費を削ったら人間として最低限の暮らしすら怪しい……」
肺に溜まった空気全てを吐き出す程の大きなため息。
真木晶、二十歳。都内在住の大学二年生。
彼は今とてつもない危機に直面していた。
「うぅ〜〜〜…!!!この前の物販で買いすぎたよなぁ…。でもあれはビジュが良過ぎたのがいけない……俺は悪くない……」
そう、金欠である。
親元をを離れ、一人暮らしをする晶の主な財源は親からの仕送りと自身が稼ぐバイト代。以前まではそれで問題なくやり繰りできていたし、特に足りなくなるだなんてことも無かった。
しかし、ある時からそんな晶の安定した支出バランスは崩壊してしまった。
「はぁ……、ミスラ本当かっこいい……。」
極稀に更新されるSNSアカウントのメディア欄、そこには息を呑む程の美貌を持つ男が並んでいた。
話題沸騰中のアイドルグループ『りんごと血飛沫』のセクシー担当、ミスラだ。
晶は今この男にゾッコン、つまりは推しに推している。
「かっこいい…本当に顔がいい……。この前のMVも最高だった……」
今までは仕送りを生活費に充て、自身のバイト代を趣味やその他諸々に充てる形で成り立っていた。しかし、この男を推し始めてからというもの圧倒的にお金が足りない。ライブチケット、遠征費に物販代、コラボ先へのお出かけ…。
そうして晶は徐々に生活費を切り詰めていき、とうとう限界を迎えたのだった。
「はぁ〜〜…どうしよ、やっぱりバイト増やすしかないかなぁ…。でも今も結構シフト入っちゃってるのにこれ以上なんてどうすれば…」
何か割の良い仕事でもないかとテレビでCMをよく見るバイト探しアプリをインストール。条件を絞って画面をスクロールするも、めぼしいものは中々出てこない。
せっかく大学に通っているのだから勉強もちゃんとしたい。学業に支障が無く、かつお給料の良いバイトだなんてそんなのあるわけが
「あれ?」
ある一つの求人に、画面をスワイプしていた指は動きを止める。
『【男性優先】家事手伝いバイト!』
家事手伝いのアルバイトだなんて、あまり見ない求人だ。そして何より目を引くのはその報酬。
普通に考えて相場の倍以上の時給、シフトも週二日からで良いらしい。
こんな好条件中々お目にかかれない。恐らく、普段の晶であれば「ちょっと怪しい……」と自制が利いたかもしれない。しかし、経済的ピンチを迎えた今の晶が止まる理由はどこにもないわけで。
「よし、いこう」
迷うことなく応募ボタンをタップしたのである。
そして数日後、晶は地獄のような天国に招かれた。
「あぁ、貴方が新しい手伝いの人間ですか?まぁどうでもいいですけど…。とりあえずやることだけやっといてください」
「は………」
目の前にいるのは晶が焦がれてやまない男。常日頃より股下5000mはあるなと思っていたがやはり間違いなかった。スラッと伸びた脚で気怠げに立つ彼は無地の黒シャツに黒いジーンズという飾り気の無い服装なのに、まるでそこにだけスポットライトが当たっているかのような存在感を放っていた。
反対に高級感溢れる家具で揃えられたマンションの一室は、乱雑に放られたままのショッパーや脱ぎ捨てられたままソファに散乱する衣服にいつから置いてあるのかもわからない空き缶。高級マンションの一室は、その本来の姿を完全に失っている。
しかし、汚いと言わざるを得ないこの地獄のような空間で、晶は脳内で天使が鐘をつくのを確かに聴いた。
「…ちょっと、聞いてます?」
「はいっ?!」
コテンと首を傾げて見下ろしてくる長身の男に晶の心臓は飛び出そうになる。可愛過ぎる。
「や、やることは事前に聞いてるので…!だいじょうぶ、です!!」
男は晶の言葉に興味なさげに、そうですかとだけ返した。その声が鼓膜を震わせるだけで晶はすでに悲鳴をあげそうだった。
「じゃあ俺はこれから仕事なので。適当にやることやったら帰ってください」
「わ、わかりました…!!」
そうしてもっと警戒しなくてもいいのかという晶の不安と心配を他所に、男は大きな欠伸をしながら玄関から出ていき部屋には晶だけが残される。
一人になった途端、晶は床にペタンと座り込み両手で顔を覆う。
「推しの部屋………!!」
こうして晶は推しの家事手伝いとして、アルバイトに励むことになったのである。