○という子が完全敗北する話し「団長が踊り子さんと付き合っているんだって」
「旅団のなかでは絶対恋人つくらなかったものね」
「どんな人だろうね」
「すごく人気の人らしいよ」
旅団のなかの噂話を面白くなさそうに聞いている星の子がひとり。
旅の先々で踊りを披露してお金を稼いでいる星の子だ。
(なによ、踊り子が好きなら私を見てよ)
(旅団内では絶対恋愛しないって知ってたけど、もしかしたらって期待していたのに)
何度か蒼黒にアプローチしていて、そのたびに破れている。
蒼黒はきっぱり断るが、険悪にならないよう断るので、その子も未練が断ち切れない。
(どんな子だろ...見に行っちゃおう)
ひとりこっそりトゥルエノさんの公演を見に行く星の子。
客席は満杯で、会場の熱気もすごい。
その様子に気圧されていると...
突然後ろから声をかけられて、しかも知っている声で、飛び上がるほど驚いた。
蒼「よ!なんだよ○じゃねぇか!」
○「だんちょ...」
こんな人混みの中で会うなんて...
普段なら、運命などと舞い上がってしまいそうだが、蒼黒はトゥルエノの公演を観にきたのだろう。
その現実を目の当たりにしてしまい、噂が現実であると証明され、○は酷く悲しい気持ちになった。
目の前の蒼黒は、普段のケープより少し上質なものを纏い、旅の途中より身なりもしっかり整えているのが分かる。
(...やっぱり恋人に会うんだ)
(私の方が団長と過ごした時間は長いのに...)
でもそんな気持ちは顔に出せない。
蒼「どれどれ?えらく後ろの席だなー。もしも前の方が空いていたら買い直してやるよ」
○「え!そんな!私はこの席で...」
蒼「踊りの勉強で来たんだろ?だったら近くで見た方がいいだろ。ほら寄越せよ」
あっという間にチケットを奪われ、その場に立ち尽くす。
蒼「じゃーん!前から2列目〜♪俺の隣〜♪」
○「前列高いんじゃ」
蒼「気にすんなって。それより始まるぜ」
前の席なんて未だかつて座ったことがないし、周囲は身なりのいい人ばかりだし、場慣れしている人ばかりのようだし、○は緊張しながら席に座った。
周囲が暗くなり、舞台の照明がつく。
その光のなか、優雅に降り立ったのは、大人気の踊り子、トゥルエノだ。
(鳥肌が...)
○は知らず知らず、両手を握っていた。
場の空気が一瞬で変わる。
客席まで緊張が走る。
静まり返る。
静寂のなか、たん、とトゥルエノの足先が舞台の床を叩いた。
それだけの仕草なのに。
その堂々とした姿が、舞台の上で絶対的な存在感を放つ。
音楽が始まり、流れるような仕草でトゥルエノの指先が空に弧をかいた。
目が痛くなってきて、まばたきを忘れて見つめていたことにようやく気付く。
隣の蒼黒を盗み見て、その眼差しにはっとした。
なんだろう...トゥルエノを見る団長の目は...誇らしげで、自信に満ちていて、愛おしそうで...
きゅう、と胸が痛む。
...そんな目で私を見て欲しかった。
ふいに蒼黒がこちらを向いたので、ぱっと視線を舞台に戻す。
蒼「ここからがまた凄いんだぜ。恵まれた身長を最大に生かした踊りだと思うんだが...俺より○の方が詳しいか?...うわーここの身体のキレ本当に痺れる...」
周りに迷惑にならないよう、少し顔を近づけて嬉しそうに話す蒼黒は、普段より若く見える。
○(あぁ、首を伸ばせば口付け出来そうな距離。私はこれ以上団長に近づけない。でもあの踊り子は...境界なんてなく、触れ合えるんだろう)
深い青緑の目や、精悍な輪郭。
あの踊り子はどうやって貴方に触れているの?
貴方はどうやってあの人に触れているの...。
ふと舞台のトゥルエノと目が合ったような...気がして、心臓が飛び上がった。
見透かされた?
音楽が盛り上がり、舞にさらに熱が入り、クライマックスを知らせる。
なびく衣装、強くしなやかな肢体、ときおり射るように鋭く光る瞳。
全てが計算されてるかのような、完璧さ。
(これが...トゥルエノ...)
悔しいはずなのに、ものすごく悲しいはずなのに、トゥルエノの踊りに圧倒されて、完全な敗北を悟る。
鳴り止まない拍手、指笛、アンコール。
公演が終わると、蒼黒にお礼を言って○は逃げるように劇場を去った。
(普通は隣の席を用意するとか、無神経なことはしません〜物語上の演出です)