執事司書はいかがでしょうか? 中里介山が司書室の扉をノックして中へ入ると、髪型をハーフアップにして執事服を着た司書が資料を眺めてソファーに座っていた。
あまりにもいつもとは違う司書の服装に中里は戸惑いながらも尋ねた。
「何があったらそんな姿をするんだ……」
司書は資料を置いて、少し照れながら事情を説明した。
「えっと、倉庫を片付けていたら執事服があったのでちょっと気になったので着てみたんです。……どうです、似合いますか?」
スラッとした容姿で顔も整っている司書に執事服はとても映えていた。
中里は素直に感想を告げた。
「とても似合っているぞ」
司書は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。そうだ! 折角ですから、執事ごっこしてもいいですか。なかなかできない遊びですから、お願いします」
そういわれると、「たまには付き合ってやるか」と内心で呟いて中里は頷いた。
「ああ、いいぞ」
「やった! では、そこに座ってください」
中里は言われた通り、ソファーに座った。
すると、司書は一呼吸いれると何かのスイッチが入ったかのように豹変した。
「旦那様、本日はおすすめの紅茶がございます。よろしければ、お召し上がりになりますか?」
「(だ、旦那様だと……)」
先程とは違う声色と凛々しい表情の司書に中里は目を丸めて小声で答えた。
「……ああ、いただこう」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
ティーポットにあらかじめ用意していた紅茶を司書は手際よくでティーカップへ注いだ。
助手として何度も司書の近くにいるはずなのにこんな一面あったのかと驚きを隠せずにはいられなかった。
中里のテーブルに美しく所作で紅茶が振る舞われた。
「アールグレイでございます。どうぞお召し上がりください」
中里は気まずそうに言った。
「……いただきます」
紅茶を口に含むと口当たりのいい味わいだった。しかし、司書にじっと見られていて心が穏やかになれなかった。
「(落ち着かないな……。こんなこと普段はないのだが)」
司書は中里の困惑した表情に楽しげに見つめていた。
「珍しいですね。旦那様の顔に余裕がありません。私に驚きましたか?」
「あぁ……。君がそんな演技できるとは思わなかった」
「普段は役に立たないので隠していました。しかし、本日は貴方の執事。ご所望とあらばいかなることにも対応を致しましょう」
中里は意地悪そうに尋ねた。
「そんなこといっていいのか。変なお願いされたらどうするんだ?」
「貴方なら構いません。お気に召すままに、介山様」
司書の耳をくすぶる声と妖しい瞳に中里は胸が高鳴り無意識に頬を赤らめた。
すると、司書は中里との距離を縮めてきた。
「おやおや。いけませんね、その顔は。……もっと見せろ」
「?!」
司書の華奢な手が中里の顔を包みこんだ。司書の瞳はまるで獲物を捕まえた蛇のようで目を離すことができなかった。
「私は貴方のモノです。旦那様、どうか他に目移りしないでくださいね」
司書の蠱惑的な笑みに思わず手を出しそうになったが己の欲をぐっとこらえた。
「……あぁ、分かった」
「フフッ、約束ですよ」
その後も司書の執事ごっこに付き合わされて中里の精神がじわじわと削れていった。