不意打ちのキス、ごめん 特務司書が雑誌を読んでいると5月23日はキスの日だと書かれていた。『普段伝えられない思いをキスの位置で表現してはいかがでしょうか』という文言が雑誌内のコラムに書かれており司書は神妙な面持ちになって考えていた。
「(キスか……。私がキスしたい人と思える人はあの人しかいない……)」
心を許せる大切な人……、それは司書にとっては中里介山であった。
キスの意味を雑誌で学び中里にキスしたらどんな反応するかという興味もありさっそく実行しようとした。
その日の夕方
司書が中里の部屋を訪れたが、不在であった。どこにいるんだろうも捜索していると、談話室で一人で中里はソファーに腰掛けて蓄音機でレコードを聞いていた。
深みのあるレコードの音が心地よいのか中里は目をつぶってソファーにもたれていた。
周囲に人気がない事を確認して、司書は中里へ近づいて呟いた。
「介山先生、少し触りますね」
「どうかしたか……?!」
中里が目を開くと、司書は中里の頬に口づけをした。
一瞬の出来事ではあったが柔らかな唇の感触が頬に当たり、中里は戸惑いの表情を見せていた。
「突然すみません。でも、不意打ちにしないと先生が逃げてしまうと思ったので」
「随分と積極的だな。何かに感化されたのか?」
司書は小さく頷いて「はい」と答えた。
「先程、私がした頬のキスは厚意や親愛という意味があるようです。言葉ではなく行動で伝えたいと思いキスをしてしまいました……。私の気持ち、伝わりましたか……」
恥ずかしそうに語る司書であったが真剣な眼差しに中里は嬉しそうに笑った。
「あぁ…、私も応えなければならないな」
「……先生、!?」
中里は司書の頬に口づけをした。司書は頬を赤く染めて、中里の口づけが終わるまで体が固まった。
司書から中里の顔が離れるとフフッと笑みを浮かべて言った。
「お返しだ。私の気持ちも伝わったか」
キスをされただけなのに素直な気持ちが伝わり、心までも満たされるような幸福感に司書は胸を高鳴らせて返事をした。
「ええ、ありがとうございます」
「こちらこそありがとう」
自分の思いを伝える手段はたくさんある。その中でもキスはわかりやすくて相手への思いがないとできないものだと司書と中里は思いました。
ーおしまいー