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    tis_kri_snw

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    tis_kri_snw

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    かしゅさに
    いつも通りどころかいつもより重め
    ここのみんなならきっと大丈夫だと思うけど
    ちなみに添削前です誤字脱字見つけたら教えてくれると嬉しい…

    一方通行のアイコトバ「おはようございます!」

    「おはよう!今日も暑いわねぇ」

    「そうですね。体調にはお気をつけて!」

    「ふふ、ありがとね。貴方も無理しないでね」

    「ありがとうございます!行ってきます!」

    「行ってらっしゃい」

    最近引っ越してきたこのアパートは比較的お年寄りが多く、よくこうして挨拶をしてくれる方が多い。
    おばあちゃんっ子な私にはそんな住民の皆さんと話す時間は癒しの時間であり、私を優しく見守ってくれる彼らは一人暮らしの寂しさや不安を払拭してくれる心強い味方である。
    ついこの間も仕事終わりの重たい足を引き摺って帰宅し、エレベーターを待っていたら1階のおじいちゃんがどら焼きをくれた。皆、孫のように可愛がってくれて感謝しかない。

    「…っと、忘れてた。郵便受けのチェックを…」

    エントランスの扉に手をかけて思い出した。一昨日付き合いの長い友人が手紙を送ったと言っていたから、おそらく届いているだろう。昨日は少し疲れていて郵便受けをスルーしてしまった。申し訳ない。

    「あれ、昨日までこんなんだったっけ?」

    私の郵便受けの一つ下、確か昨日までものすごい量の郵便物が郵便受けからはみ出ていたと記憶していたが。
    そんな光景などなかったかのように、ほかの郵便受けと変わらない様子になっていた。

    「…加州さん、って言うんだ。」

    引っ越してきてからまだ日が浅いとはいえ、お隣さんの苗字が分からないのは私もどうかと思うが仕方がないと思う。引っ越してきてから何度も挨拶を試みたけれど1度もインターホンから返事がなかったし、表札は存在しないし。
    仲良くなったおばあちゃんたちにも聞いてみたけど、皆口を揃えて「あそこの部屋の住人の顔を見た事がない」と言う。
    だが郵便受けが綺麗になったことにより、お隣さんの苗字が加州であることを知った。というか、このアパートなんで隣の人の郵便受けが下なんだろう。

    「あった!ってやばい、こんな時間だ!!持っていこ」

    慌てつつも、郵便受けのハンドルを回して鍵は忘れずに。入っていた手紙は大切にファイルに仕舞って、ほかのチラシはまとめてカバンに入れて職場へ走った。


    「っあぶない、間に合った…」
    何とか飛び乗った電車は空調が効いていてとても涼しい。むしろ少し肌寒いくらいだ。
    空いている席に座ろうと足を踏み出した時、すれ違った人に肩をぶつけてしまった。

    「す、すみません!大丈夫ですか?」

    「え…あ、大丈夫、だから…」

    フードを被った男性は、慌てた様子で電車を降りていった。すれ違った一瞬覗いた目が深く綺麗な赤色をしていたのが妙に記憶に残った。



    「ゔ〜……やっと帰れる……」
    月末ということもあり溜まった仕事を何とか片付けようと必死に取り組んでいたら、気づけば時計は8時を回っていた。今日も残業代稼げたな…なんて考えつつも、明日は休みだし何かご褒美でも買って帰ろうかなと考えられるくらいには元気だった。

    「お先に失礼します。無理しないで帰っていいからね」

    「お疲れ様です!大丈夫です、もうちょっとなので!先輩こそ、昨日も遅かったって聞きましたよ!お家でゆっくり休んでくださいね!」
    自分も大変なのに私を気遣ってくれる素晴らしい後輩にいい子だなぁ、と感心しながら会社を出た。


    「わ、めっちゃ美味しそ〜…うーんでもこれもいいなぁ」
    会社の近くの駅から電車に乗って家の最寄りで降り歩くこと5分。私は今、コンビニのスイーツコーナーで苦渋の決断を迫られている。
    季節限定のマロンタルトがとても魅力的だが、隣に並ぶクリーム増量ロールケーキも大変目を引く。

    両方買ってしまえという自分の中の悪魔が囁くが、最近食べ過ぎだという自覚もある。ここはどちらかを選ばなければならない。
    「今日は栗にしよう。ロールケーキは……また今度の楽しみにしよ」
    夜ご飯の材料の入ったカゴにマロンタルトを入れて、足早にレジへ向かった。

    「…ありがとうございました、またお越しくださいませ」
    「ありがとうございます」

    こんな時間にも働いてくれる人がいるおかげで、こうして楽に夕食の素材が手に入るし、残業も頑張れる。店員さんにぺこりと頭を下げてお礼を言うと、少し驚いた顔をしてお仕事、お疲れ様です。と微笑んでくれた。

    疲れた心に店員さんの優しい言葉が沁みる…。
    人の優しさに触れて、心が温かくなるのを感じながら自宅のエントランスの扉を開けると、今朝と変わらない光景が広がっていた。

    「うん、郵便物なし。」
    朝確認したし、そんなに一人暮らしの家に届くものなんてないか。とひとり納得して手早く鍵をかけ、ちょうどやって来たエレベーターに飛び乗った。

    「…あっ」
    自宅の階に止まったエレベーターのドアが開いた時、お隣さんの家に人が入っていくのが見えた。
    おそらくお隣さんご本人だろう。今日はいるんだ。
    「まだご挨拶できてないし…今から行くか」
    とりあえず1度身支度を整えるために家に入った。

    電気をつけると、リビングも出発前と何も変わっていなくてほっとした。私しか住んでいないのだから当たり前なのだけれども。
    手早く冷蔵庫に戦利品を仕舞って、代わりにお隣さんに渡すゼリーを取り出した。

    玄関に行く途中の洗面所の鏡に映った自分の前髪が中々に崩れていたので、櫛で整え再度確認。よし。


    「…?すみませーん!」
    身なりと呼吸を整えてインターホンを押したけど、やはり反応がない。もしかして壊れてる?と思ったので近所迷惑にならないくらいの声量で声をかけながらノックする。

    「うーん、さっき確かにお家に入っていくのを見たのに…」
    もしかして、引っ越してきて早々に私はお隣さんに嫌われることをしてしまったのだろうか。だとしたらやはり早急に謝罪をしたい。これからここに住んでいく身として、お隣さんとの関係を拗らせたくない。
    これでダメだったらまた出直そうと思いながらドアをノックしようとしたその瞬間、鍵の開く音が聞こえた。
    自分からノックして訪問している訳だが、少し驚いてしまった。
    「……はい、どちら様で」
    「夜分遅くにすみません、私お隣に引っ越してきた者で…?」

    ドアを開けて顔をのぞかせたお隣さんはとても整った顔をした青年だった。いやすごいイケメン……ってそれより、なんだか既視感がある。特にこの赤くて綺麗な瞳…赤い瞳?

    「あ、あの、もしかして今朝電車に乗っていらっしゃいました…?ここの最寄りで、降りられたり…?」
    「え…あ、うん…」
    ぽかんとした顔をした後、何故か目を泳がせながらお隣さんは答えた。
    「やっぱり!綺麗な目が印象に残ってて…って、すみません!あの時私ぶつかっちゃって…!!」
    頭を下げて謝罪をすると、何故か吹き出して笑いだすお隣さん
    「くっ…ふふ、いーよ気にしなくて。俺こそ不注意でごめんね?怪我なかった?」
    「あ、ありがとうございます…大丈夫です」
    身長は私よりもちろん大きいが、笑うと幾分か幼く見える。
    「あんた、面白いね。…っと、名乗り忘れてた。俺は加州清光。よろしく」
    「よ、よろしくお願いします…っあ、忘れるところでした…引っ越してきてからご挨拶までかなり経ってしまってすみません。お口に合うと良いのですが…」
    くすくす笑う彼に少し恥ずかしくなりながら目線を落とすと、私の手には未だ袋が握られていることに気づく。挨拶を返して袋を加州さんに差し出すと、彼はふわりと笑った。

    「あー、わざわざありがとね。最近ちゃんとしたもの食べてなかったから助かる」
    わ、ゼリーじゃんと喜んでいる加州さんはそれはそれは絵になるのだが、それより私は気になったことがある
    「え?!ちゃんとしたもの食べてないんですか?!」
    思わず大きな声が出てしまった。申し訳ない気持ちはもちろんあるが、それより今は彼の健康状態が心配だった。もし本当だったら…困ってる人がいたら助けなさいね。といつもおばあちゃんに言われて育ってきた私は、お隣さんを放ってはおけなかった。
    「え、あ、うん…仕事が忙しくて、家から出てなくてさ。気づいたら冷蔵庫何も無くなっちゃってて…あは、恥ずかし……」
    苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしているが、そんなのダメだ。ご飯は3食ちゃんと食べなさい。これもおばあちゃんの教えである。
    「だ、駄目ですよ!!ちゃんと栄養は取らないと…あ、そうだ!今からちょうど私ご飯作ろうと思っていたんですけど、良かったら一緒にどうですか?」
    言ってしまってハッとした。引っ越してきてから暫く経つとはいえ、お隣さんとまともに話したのは今この時が初めてなのに…グイグイ行き過ぎたかも。
    「…え、いーの?…やった!」
    しかしそれは杞憂だった。加州さんはぽかんとした後、
    喜びの溢れた笑顔を見せた。
    「あ、はい、加州さんが良ければ…」
    今日はミートソースパスタとサラダの予定。コンビニでサラダの材料は買ってあるし、パスタも買い置きが残っている。どちらもお徳用を買っておいてよかった。
    「へへ、ありがと!俺誰かとご飯食べるのすっごい久しぶりなんだよね」
    頭の横に音符が見えそうなくらい嬉しそうな加州さんに何だかこちらまで嬉しくなる。
    おばあちゃんありがとう。おばあちゃんのおかげでお隣さんの健康を守れそうです。
    「では、先に戻って用意をしてますので!いらっしゃる時はインターホンをお願いします。」
    ぺこりと頭を下げて部屋に向かおうとすると加州さんに呼び止められる
    「本当にありがとね。すぐ行くから。」
    そう言って、加州さんは部屋の奥に消えていった。

    「…よし、頑張ろう」
    かくいう私も人にご飯を振る舞うのは久しぶりで少し緊張していた。
    基本的に自分だけが食べるなら目分量でいいか、と調味料なども適当に入れては味が濃すぎたり逆に薄すぎたりを繰り返していたのだ。

    この料理スキルでよく人を呼ぼうと思えたな…と自虐しつつも、もう振る舞うことは決まっているのだ。今更どうこう言ったって仕方ない。今日はちゃんと測ってレシピ通りに作ろう。レシピ通りに作れば問題なくできるはず。多分。

    「ん、ぐ、ぃ〜〜!!!」
    早速壁にぶち当たった。え、いきなり?早くない?
    ソース用に買ってきたトマト缶が全然開かない。君が開いてくれないとパスタ出来ないんだけど。
    「ごめん、ちょっと携帯の充電させてもらってい?」
    そこにひょこっと加州さんが顔を出した。
    「どうぞ…どうぞ…ッ」
    必死に瓶を開けようとしている私はさぞ滑稽に写っただろう。恥ずかしい。
    「俺なんか手伝えることある?」
    救いの神の降臨である。
    「…すみません、これ、開けて欲しいです……」


    「「いただきます」」
    あのあとめちゃくちゃ笑いながら加州さんはいとも簡単にトマト缶を開けて見せた。私が苦戦していたあの時間は何だったのか。
    その後も加州さんの手を借りつつ何とか手順通りに調理を進め、無事パスタとサラダが出来上がった。ちょうど二人分しかパスタが残っていなかったけど、これで加州さんのお腹を満たせるだろうか。

    「ん!おいし〜!!あったかいご飯久しぶり!!」
    みるみるうちにお皿からパスタが消えていく。あまりに美味しそうに食べるので、なんだか見ているだけで自分のお腹もいっぱいになってきた気がした。
    「お口に合いました?」
    「最高!俺これなら毎日でもいい〜」
    サラダもパスタも綺麗に完食して満足気な加州さんに安心した。これでお隣さんが空腹で体調を崩すのは阻止できただろう。
    「ご馳走様でした!美味しかったよ。ありがと!」
    「お粗末さまでした。その言葉が聞けてよかったです。」
    良かったら俺が洗い物するよ。と言われて最初は断ったのだが、してもらってばかりでは悪いから…ね?と優しく微笑むものだから洗い物は加州さんにお任せすることにした。

    「洗い物終わったよ。」
    「ありがとうございます!すみません、お客様なのに…」
    「いーっていーって、俺が恩返ししたかっただけだからさ!」
    加州さんの爽やかな笑みは老若男女を虜にするなぁ…なんて疲れた頭でぼんやり考えていたが、ふと疑問が浮かぶ。何故こんなにかっこよくて優しくて、人の良い加州さんと他の住人の面識がないのか。
    4階まであるアパートに住む住人たちがたったの1度も顔を合わせたことがないだなんて…不自然だと思う。
    「あの、加州さん。失礼になるかもしれないんですけど…ひとつお伺いしてもいいですか?」
    「ん、なーに?」
    「下の階の方とお話していた時、加州さんの顔を見た事がないって言っていたんですが…加州さんも、もしかして引っ越してきて日が浅いんですか?」
    失礼にならないように言葉を選びながら、当たり障りのない憶測を繋げる。
    「……んーん、俺はもう結構前からここに住んでるよ。でも仕事の時間も不規則だし、日中は基本外出ないし…そういう訳もあって、俺の事をみんな知らないんだと思う」
    少し間を開けて加州さんは続けた。
    きっと地域の人達にも愛される人柄なのに勿体ないなぁ。
    「そうだったんですね…。すみません、変な事聞いて」
    「いや、気にしなくていーよ。俺も必要以上の関わりを避けてるとこあるし…元々そんなに人付き合いって、得意じゃなくてさ」
    綺麗な指で髪の毛の先を弄りながら加州さんは呟く。
    「そうなんですね…ごめんなさい。いきなり押しかけてご飯一緒になんて…やっぱり気を使わせてしまいましたよね」
    今になって余計なお世話だったんじゃないか、とか勢いに任せすぎたかもなんて後悔の念に駆られる。
    「…ッそんなことない!!俺、すっごい嬉しかったんだよ!?一人暮らしそこそこ長いから本当に人と食卓囲むのって久しぶりだったし、あんたと料理したことも楽しかったんだッ…て…」
    勢いよく体を乗り出して顔を近づける加州さん。もう少しで鼻が触れ合ってしまいそうな距離感に、心臓が煩く鳴り響く。
    「あ、の」
    「ごっ…ごめん!!!い、嫌だったよね急に近づかれて…ホントごめん、こんなんだから俺…人と上手く付き合えないんだよな…ッ…」
    近づいた勢いよりもさらに素早く離れた加州さんは、まるで母親に叱られた子供のように俯いたまま震えている。そんな彼を見ていると、昔の母に怒られて泣いていた自分を見ているようで心がちくりと痛んだ。だから震える私にいつも母がそうしてくれたように、私も彼の手を両手で握ってしっかりと相手の目を見る。
    「そんなに自分を卑下しないでください。加州さんは素敵な方です。さっきのは…えっと、驚きはしましたけど…私とのご飯が楽しかったって言って貰えて、嬉しかったです!私もとても楽しかったですし、加州さんとお近づきになれて…私は嬉しいですよ。」
    少し彼の手を摩ってあげると、指先の震えが収まっていく。少し安心した。
    「ほ……んと…?」
    「はい、だからそんなに震える必要はありませんよ。」
    にこ、と微笑むと加州さんは綺麗な瞳から涙を零し、私の手を自分の手で包んだ。
    「あ…ありがと……俺の事、肯定してくれて……ありがとう」
    私の手を少し強めの力で握る加州さん。今まで1人で、ずっと寂しかったんだろう。
    「いえいえ、たまには泣いてもいいと思います。溜め込み続けてはいつか動けなくなっちゃいますからね」
    「う…っ…あり、がと……ねぇ、1つお願いしてもいい?」
    まだ少ししゃくりながら、加州さんはゆっくりと顔を上げる
    「なんですか?」
    「俺には敬語、なしにして、欲しい…あと、清光って呼んで?……ダメ?」
    上目遣いで目を潤ませて頼まれては駄目なものも駄目とは言えないと思う。ましてこの美しい瞳に見つめられては尚のこと。
    「わかりま……わかった。」
    「へへ…ありがと!」
    喜びが爆発したのか、彼は私を思いっきり抱きしめた。
    「ちょっ、加しゅ…清光!!」
    「あっ、ごめん!!嬉しくて…つい……」
    パッと手を離した清光は申し訳なさそうな顔をしていた。
    「いや、ちょっと苦しかっただけ…気にしないで」
    「そっか…へへ、ごめん。これからは力加減に気をつける」
    ん?そこ?って思ったけど、ちょっと頬の緩んだ清光の顔を見ていたら突っ込む気持ちはどこかへ消えていった。

    「…あ、もう10時…」
    明日はお休みとは言えど、残業をこなしてきた体はもう限界のようで視界が狭くなっている。
    「ほんとだ。ごめん、疲れてるとこ長居しちゃって。遅くまで仕事お疲れ様」
    玄関まで清光をお見送りするために立ち上がると少しふらついた。清光には見られていないからいいけど、かなり疲れてしまったみたいだ。
    「ありがとう。残業続きで確かにちょっと疲れてるかも…今日はもう寝ることにするよ」
    「うん、そーして?スマホとかいじって夜更かしはダメだかんね!」
    「あはは…よく私のことをご存知で…」
    思い当たる節しかなくて思わず目が泳ぐ
    「そりゃ……俺もだから…………」
    「清光もなんだ…」
    ははは、と玄関で顔を見合せて笑うなんとも不思議な光景。でも、やっぱり人と関わるっていいなぁ
    「でもほんと、今日は早く寝て?疲れが色んなとこに出ちゃう前にさ。あ、でも最後に連絡先だけ教えてくれたら嬉しい」
    「いいよ!…これで出来そう?」
    「うん、ばっちり!ありがとね」
    無事連絡先を交換するとばいばい!と控えめに手を振り彼は隣の部屋に帰っていった。
    「……言われたとおり、早く寝よっかな」



    「………んぁ?!仕事?!」
    鳴らないアラームに焦りを覚えて飛び起きたけど、日付表示のある時計を見て安堵した。今日は土曜日だった
    「疲れてるんだな…起きたばっかだけど……」
    乱れきった髪を手櫛で整えながら洗面所に向かう。
    余程朝早い時間でない限り1度起きるとなかなか2度寝できない体質なので、もう今日はここで起きてしまおう。
    現時刻は朝の8時。まだ朝食にも間に合う時間帯だ
    「……ん〜」
    歯を磨きながら朝食のメニューを考える。そういえばまだ卵があったな、フレンチトーストでも作ってみようか。
    できたてのフレンチトーストを想像してむふふ…と変な声が出そうになった。

    「…?なんか今光った?」
    洗面台の棚の中で、何かが光った気がした。おかしいな、こんなところに光るものなんて置いてなかった気がするんだけど。
    しかし扉を開けてみても特におかしなものはない。なんだろう、見間違えたかな?とあまり気に止めることも無く扉を閉めた。

    「ん、美味し〜〜!!!」
    あのあと卵の殻が盛大に入ったり時間設定を間違えてパンを焦がしかけたり色々あったが、なんとかフレンチトーストができた。
    焦がしかけたせいで見た目こそちょっとあれだけど、食べてみると味はしっかりついていて美味しい。休日の贅沢と言った感じだ。
    「紅茶も美味し〜…朝が毎日これくらいゆっくり過ごせたらいいのになぁ」
    いつも平日は仕事の時間上ゆっくり出来ないので、なんだかとても幸せに感じる。これは早起きしたご褒美かなぁ
    「今のカメラはこんなに小型なんですね〜!!」
    「そう!バッテリーの持ちも十分!!お部屋に設置すれば、大切なペットの様子が家の外でもバッチリ確認できます!」
    ぼーっと眺めているテレビでは小型のカメラを紹介しているテレビショッピングが流れている。
    「へぇ〜…」
    そういえば実家の愛猫は元気にしているだろうか。
    私や母にはものすごく懐いていてよくくっついてきたけど、何故か父には全く近寄る様子がなかった。基本私と母がご飯含め世話をしていたので、父からは何も貰えないからと近寄らなかったのかもしれない…なんて。
    「…ふふ、元気にしてるかなぁ」
    スマホの写真アプリを起動すると愛猫の写真がずらりと並んでいる。嫌なことがあっても、この子の写真を見ていると元気が出てくる。
    その時、画面の上に見慣れない名前のメッセージの通知が現れた。
    「…?あっ」
    通知を消すつもりがタップしてしまったらしく、メッセージの内容が表示された。
    「………えぇ…?」

    すき

    メッセージの内容は、それだけだった。
    これは送る相手を間違えてるやつだろう。それか何かしらの詐欺の始まりかもしれない…何にせよ無視が1番だ。
    メッセージを削除してアルバムアプリを再度開いた時、ふいにインターホンが鳴った。

    「?はーい」
    鍵を開けてドアを開けると清光が立っていた。
    「おはよ。ね、突然だけど今日暇?」
    「おはよう。今日?特に予定は無いけど…」
    そう言うと、清光は目を輝かせる
    「ほんと?!良ければなんだけど、ちょっと買い物に付き合って貰えない?もうすぐ誕生日の妹にプレゼントを用意したいんだけど、喜ばれそうなものが置いてある可愛いお店に男1人で行くのって、結構ハードル高くてさ…」
    申し訳ないんだけど、この通り!なんて手を合わせられては断れまい。幸い今日は予定もないし。
    「いいよ!私でよければ」
    「ありがとう!!助かる!!お礼になにか奢るから!!」
    じゃあ、準備できたら呼んで!と足取り軽く彼は自分の家に戻って行った。


    「そういえば、妹さんいくつなの?」
    「んー…あんたと同じくらいだと思うよ。だからこそ手を借りたかったんだよね」
    電車に少し揺られて大きめのショッピングモールに足を運んだ私達は、それっぽいお店を探して歩き回っていた。
    「うーん…でも結構人によって欲しいものって違うだろうし…どうしようかなぁ…」
    コスメや美容系のアイテムは使うと思うけど、これは好みの問題もある。私は結構お茶が好きだから紅茶のセットとかも嬉しいんだけど、これまた人を選ぶかも…考えれば考えるほど分からなくなる。
    「なにか妹さんと言えば〜みたいなのってある?可愛いもの好きとか、音楽よく聞くとか…」
    考えてみれば妹さんのこと何も知らないのに好みそうなものなんて買えるわけがない。まずは妹さんを知るところから始めないと
    「うーん…あ、そういえば猫が好きなんだよね」
    「猫?!私も好き!もしかして妹さんと趣味合うかも…?!」
    急にハイテンションになる私に清光はぽかんとしている。いけない、好きな物のことになると我を忘れる時があるのは私の直すべきところだ。
    「ふふ、そーかもね。じゃあ猫系の雑貨とかありかも?」
    「うん、ありだと思う!」
    話しながら歩いているとちょうど可愛らしいぬいぐるみが目に入った。
    「あれ、可愛い…!」
    「ん?どれ?」
    お店の前に回ってみると、ぬいぐるみがバスソルトの瓶を抱えていた。え、めっちゃ可愛い…!
    「ねぇ、妹さんってバスグッズとか使う?!使うならこれ可愛いかなって思うんだけど…!」
    「うん、使うと思うよ。それにぬいぐるみも好きだから喜ぶと思う!」
    ぬいぐるみも好きとはますます話しが合いそうだ。かくいう私も、実家にいる猫に似たぬいぐるみがベッドで寝転んでいる。
    「それならこれで決まりかな?」
    「ん!そうする!ラッピングも頼んでくるからちょっと時間かかるかも、ごめん」
    「んーん!大丈夫!気にしないで」
    そう言うと彼は嬉しそうな顔でありがと、と言い残してレジの方へ向かった。

    「お待たせ、終わったよー」
    「おかえり!かわいい包装!良いね!」
    清光は可愛らしい赤色のリボンで装飾された包みを抱えて帰ってきた。
    オシャレな清光が抱えているのもまたそのぬいぐるみの魅力を引き出している。語彙力がないけど、すごくかわいい。
    「へへ、ほんとーに助かった!ありがとね」
    「いえいえ。力になれたなら良かった!」
    ニコニコと笑顔の絶えない清光にこちらも思わず笑顔になる。ゆっくり家で一人で過ごすのもいいけど、こうして人と楽しい時間を過ごすのもやはりいいものだ。
    「そうそう。なんかお礼…今の時間ならお昼ご飯とかがいっか。何食べたい?」
    「え、そんな…いいの?」
    「うん、いーのいーの。俺に付き合ってもらったんだからそれくらい当然でしょ、ね?」
    ぱちん、とウィンクする清光は女の私よりも圧倒的に可愛くて、でも言動はかっこよくて…思わず頭を抱えそうになった。
    「う、あり、がとう…」
    「ふふっ、初めて挨拶した時も言ったけど…ほんと面白いね」
    え、何が?!と思ったが、全部顔に出てると言われてあぁ…と納得した。
    昔からよく思ってることが顔に出るとは言われていたから、なんというかもう…慣れている。
    「そ、それならここの1階の喫茶店でもいい?ご飯もすごい美味しいらしいんだけど、そこのクリームソーダめちゃくちゃ可愛くて…1回飲んでみたくて…!」
    「了解。じゃあそこ行こっか?」


    「ご注文は以上でお揃いですか?」
    「はい!ありがとうございます!」
    「ごゆっくりどうぞ」
    お昼にはふわふわ卵のオムライスをいただいて、食後に頼んだクリームソーダが机にやってきた。
    優しい笑顔が素敵な店員さんだなぁ。なんて思いながら清光を見ると、思いっきり目が合った。
    「わ、びっくりした……そんなにまじまじと見て…あ、なんか私の顔についてる?」
    慌てておしぼりで顔を拭こうとすると、清光はけらけらと笑う。
    「ふっ…ふふ、違う、違うから…別にあんたの顔みてただけ。何もついてないから。」
    私の顔みてた?え、何で…?
    「そ、そんな面白い顔してた…?」
    「んー………」
    「え、そこは別にって言って欲しかった」
    「ふふ、まぁいいじゃん!ほら、早く飲まないと溢れそうだよ?」
    言われてみれば、氷と一緒に浮かんでいるチェリーが今にも外に飛び出しそうになっていた。
    「わわ、んぅ………あ、美味しい」
    慌ててストローでソーダを飲むと、ゆらゆらと動いていたチェリーは氷に埋もれていった。
    「涼しげでいいね、クリームソーダ」
    そういう清光は頼んだアイスレモンティーのストローをくるくると回している。からからとなる氷の音が心地よい。
    「うん、それに味も美味しい!…でも、本当に奢ってもらっていいの?」
    実はここに来なかったのは1人だと入りづらいという理由の他に、少しお高めだったという理由もある。クリームソーダのアイスもこだわりの自家製なのか、味がとっても濃くて美味しい。
    「いーんだって。今日のお礼なんだから気にしなくてもさ。」
    「…えへ、ありがとう!」
    お言葉に甘えてクリームソーダを堪能している間も、清光の視線は何故かずっと私に向けられていた。

    「今日は本当にありがとね。おかげでいい買い物が出来た。」
    「いえいえ!私こそありがとう!楽しかった」
    あの後私の買い物にも付き合ってもらって、家の前に着いた頃にはすっかり日が落ちていた。
    「明日は仕事?」
    「んーん。お休みだよ。でも部屋の掃除とかしなきゃいけないし、あっという間に終わりそう…」
    今日しっかり楽しんだし明日は1週間貯めてしまった家事を何とかしなければ。また1週間溜まるのはさすがにまずい。定期的に出来ればそれが一番いいんだけど…
    「そっか、まぁとりあえず今日はゆっくり休みなよ」
    「そうだね、そうしようかな。…あ、清光もね」
    そう言うとゔ、と小さいうめき声が聞こえた。…さては夜更かししようとしていたな?
    「………善処する」
    「っふふ、夜更かしする予定だったんだ」
    「う、うるさい〜!!」
    あぁ、楽しい。一人暮らしはずっとひとりの寂しさとの戦いだと思っていたから、こんなに楽しいなんて想像していなかった。
    私、この先も頑張っていけそうだよ。
    「んもー…まぁいいや。ほんと今日はありがとね、おやすみ」
    「うん、おやすみなさい!」


    ガタッ……
    「……?」
    気持ちよく寝ていたけど、何かの物音で目が覚めた。何の音だろう…?
    「なんだろ………?」
    寝ぼけた目ではよく見えない。でも、何かが落ちた音かも。それなら後で拾って戻しておけばいいや。
    「……寝よう」
    布団をしっかり被ってもう一度夢の世界へ足を踏み入れた。

    「………ん、ぁ……」
    再び目を覚ますと、朝の8時。そろそろ起きてもいい頃合だ。ベッドから体を起こして伸びをすると肩から変な音がした。
    いつものように洗面所に向かおうとすると、私と私の愛猫の写った写真が入っている写真立てが何故か倒れていた。
    どうやら今朝の物音はこれが倒れた音らしい。
    「……何で…?」
    今まで勝手に倒れたことなんて無かったのに。その時、不意に下駄箱の上の窓が空いていることに気づいた。
    他の可能性はあまり現実的なものが思い浮かばなかったから、突風が吹いて倒れたと無理矢理納得することにした。
    「……」
    大切にしていた写真立てだが、写真の保護用のガラスが粉々になってしまっているので流石に捨てる他ない。中の写真だけ取り出して、欠片を箒で集めて袋に詰めた。

    写真立てを片付けたあとは歯磨きだけして、そのまま掃除機をかけることにした。箒で集めたとは言えど小さな破片が残っていたりしたら危ない。
    「さて…はじめる………え?」

    リビングのスリッパラックの後ろのコンセントに覚えのない黒い小さな何かが刺さっている。
    それに手を伸ばしかけて私の動きは止まった。
    これ、買った記憶は無いけど…あのテレビショッピングで紹介されていた、小型のカメラに形がそっくりで…
    「や、やだ…そんな、わ、私の部屋に、なんで……?」
    誰が、どうして、疑問は浮かび続けるがこれをとりあえずどうにかしないと、今もどこかの誰かに私の部屋の映像が見えているのかもしれない。
    慌ててコンセントから引っこ抜いて思いっきり床に叩きつけた。ガシャンと大きな音を立ててそれは砕けたけど、私の不安は膨れていく一方だった。
    「や、怖い、なんで…ッ!!」
    もしかしたら、他にも仕掛けられているかもしれない。思いついてしまった最悪の状況に私は気づけばアパートの階段を駆け下りてエントランスホールに居た。日曜のこの時間なら外の草を抜いているおじいちゃんやおばあちゃんがいるはずだ。誰でもいいから声を聞いて安心したかった。
    「誰かっ!!」
    エントランスホールのドアを思いっきり開けたがそこには誰もいなかった。
    元々車通りの多い道でもないのだが、正常な判断力を失った私には車の1台も走ってこないことがとても怖かった。
    「おばあちゃん!!おじいちゃん!!」
    1階に住む住人のインターホンを鳴らしても、誰一人として返事がない。おかしい、おかしい。
    「はっ…う………っ……なん……で…」
    ポストの並んでいる壁に背を預けて座り込む。
    自分で自分を抱いていないと、正気を保てなくなりそうだった。
    「………ふぅ…っ………………え…………なに」
    ひらり、と私の視界に白い何かが舞い込んだ。それは封筒だった。それが降ってきた方に視線をやると、私のポストに同じような白い封筒がこれでもかと言うほど詰め込まれていた。
    「ひっ…?!?!」
    ざっと手に取っただけでも10通以上ある真っ白な封筒には全て私の家の住所と私の名前が書いてあり、紛れもなく全て私に宛てた手紙だった。
    「な、なんなの…何なの………?!」
    日常では体験しないようなことが次々と起こり、私の思考回路は既にショートしていた。
    「な、何が書いてある………の………?」
    手に取った封筒のひとつを恐る恐る開けようと試みる。やめるべきだと本能が拒んでいるのか手が震えて上手く開けられない。
    「う………っ………あ、開いた…」
    少し破けてしまったが、ようやくひとつが開いた。中からは真っ白な紙1枚が出てくる。

    「…………ひぃっ?!?!」
    裏返して後悔した。そこには真っ赤なインクで

    だぁいすき

    と、ただ一言。
    背中に汗が流れ落ちる。それは紛れもなく、私に向けた愛の言葉。

    「誰?!誰なの!!!っ…………うっ…ぅ…」
    これはもはや悪戯という一言では片付けられない。
    一体誰が、こんなことを。

    その時、前に送られてきたメッセージが脳裏に浮かぶ。

    すき

    目の前にあるこれを送ってきたのと、同一人物なのか…?

    「なん…っ………なんなの…ぉ…」
    ボロボロと涙が溢れて止まらない。どうして、私、こんなことに

    「…どうしたの」
    「あ……………きよ………みつ……」
    やっと人に会えた、その安堵からさらに涙が溢れる。
    なんとか人の温もりに触れたくて、震える手を清光に伸ばす。
    「たす……けて…?」
    その手を清光は優しくとって震え続ける私を力強く抱きしめた。ああ、あたたかい…
    「大丈夫、大丈夫だから…ゆっくり深呼吸して。」
    言われた通り深呼吸を繰り返すと、少しだけ心が落ち着きを取り戻した。
    「あり、がと……ごめん、なさい」
    「…言いたくないと思うけど、何があったか話してくれる?」
    まっすぐ私を見つめて清光はそう言った。
    「なんか…私の、部屋に、監視カメラみたいなのが、あって…怖くて誰か探して…ここまで来たん、だけど、誰もいなくて…ぽ、ポストみたら…これが…」
    何とか今までのことを話して手紙を清光に見せる。
    手紙を見た清光の顔は苦しそうに歪み、すっと彼は立ち上がった。
    「…とりあえず俺の部屋に来て。この手紙は…このままにしておく訳にも行かないし……ちょっと待ってて」
    清光は自分のポストに手を突っ込むとビニール袋を取り出し、手紙を全て袋の中に押し込んだ。
    「これでいいでしょ…ほら、立てる?」
    「あ、ありがとう…」
    私の手を引いて立ち上がらせてくれた彼はそのまま私の手を引いてエレベーターに乗り込んだ。
    その時のエレベーターはいつにも増してゆっくり動いているように感じた。

    「あんまり綺麗じゃないけど…上がって」
    「お邪魔…します。」
    靴を脱いでフローリングに着いた足に力が入らなくて、へにゃりとその場に倒れ込んでしまった。

    「大丈夫?!どこか怪我とか…」
    「あ……いや、だいじょぶ……ちょっとなんか、安心して……」
    慌てて私を起こしてくれた清光は私の言葉を聞いて安心したように息を吐いた。
    「…そんならいーけど。じゃあこのまま運んであげる」
    ひょい、と軽く私を持ち上げた彼はスタスタと廊下を進み左の部屋に入った。私の家で言うリビングの部屋だ。
    「よっ…と、ほんとに大丈夫?」
    「うん……やっと、少し落ち着いた。ありがとう」
    私をふかふかのクッションの上に下ろして頭を撫でる清光は、可愛がっている妹を前にした兄に見えた。

    「ごめん、紅茶くらいしか無かったけど飲める?」
    「え、うん…大好きだよ。ありがとう」
    湯気の昇るマグカップを受け取る。冷ます為に息を吹きかけると、ふわりと優しい紅茶の香りが私の緊張した心を溶かしていく。

    「……あったかい」
    「大丈夫だと思うけど、火傷しないように気をつけなよ?」
    「……うん」

    ひとくち、紅茶を飲んだ。



    あまい、ものすごく、甘い。


    「…清光って…もしかして、すごく甘党?」
    目の前で同じようにカップに口をつける清光にそう尋ねると清光はキョトンとした顔で答えた。
    「俺?…そんな事ないけど。」
    「……そう?」
    ならどうしてこんなに甘いんだろう…てっきり清光の好みで、自分と同じものを私にも出したのだと思ったのだがそうでは無いらしい。
    「口に合わなかった?」
    「いや、そんなこと無いよ!すっごく美味しいよ」
    清光に落ち込んだ顔をされては私も悲しくなってしまう。
    心配などいらないと示すために一気に紅茶を飲み干すと、清光はにっこり笑って良かった、と言った。


    その後の記憶は曖昧で、気づいたら真っ暗な部屋の中で横になっていた。
    「……あれ、私…」
    ガンガンと頭が痛む。偏頭痛とはまた違った痛みだ。
    「……ッ!!」
    ズキリといたんだ瞬間、脳裏に映像が流れ始めた。

    「主!!主!!!いかないで!!嫌だよッ!!!」
    必死にこちらに手を伸ばす赤い瞳の青年
    黒いスーツを着た男性が数人がかりで彼をとめている。
    「ダメだ、早く行け!!」
    そのうちの一人がそう叫んだ瞬間、意識が現実に戻った。

    「はっ…………清光?」
    あれは…服装こそ今とは違うが声も、髪型も、紛れもなく清光で…あまりにリアルな映像だった。
    まるで過去の体験を、見ているかのような…

    「清光…ッ!!」
    私は弾かれたようにリビングらしき部屋から飛び出た。
    何より今は一人でいることが不安で耐えられない。
    どこにいるのかなんて分からないけど、1番近い部屋から探すことにした。
    私が今までいた部屋と反対側の部屋のドアをノックする
    「清光!!いる!?」

    返事を待つ前に扉を勢いよく開けてしまった。
    しーんと部屋は静まり返っており、電気がついていないため中に人がいるのかどうかも分からない。
    「失礼しま……」
    「いらっしゃい」

    部屋に足を踏み入れた瞬間、後ろから声が聞こえて私の入ってきた扉が閉められる。

    「もう起きたんだね、気分はどう?」
    「あ…ごめんなさい、私寝ちゃってたんだね…」
    ぎゅっと私の体を背中側から抱きしめながら彼は問う。
    どこを見ていいかわからなくて、ようやく暗闇に慣れてきた目を動かして部屋を見回した私は後悔した。

    「……なに、これ」
    壁の至る所に女性の写真が貼り付けられている。
    よく見るとそれは私と瓜二つの顔をしていた。

    「きよ…みつ…、な、何これ……」
    「あぁ…俺の大切なコレクション。どれも素敵な写真でしょ?随分古いから、ちょっと劣化しちゃってきてるけど…」
    私を抱きしめたまま横の壁に貼ってある1枚の写真に手を伸ばすと、刺さっている画鋲も気にせず思いっきり写真を壁から剥がした。
    からん、と足元に画鋲が転がるのも気にせず清光は嬉しそうに私に写真を見せた。
    「これはねぇ、主と初めて2人で出かけた日の写真。これは、主が仕事中に居眠りしたのがバレて反省文書いてるとこ。」
    ふふ、かわいーよねと耳元で囁く清光に背筋が凍る。
    「き、きよみつ…これ、誰……?」

    「誰?…はは、何言ってんの。あんただよ。審神者の時代のあんた。」

    その刹那、また映像が流れ出す。

    「主!早く行け!!」

    「あるじさま!!どうかそのままふりかえらないで!!」

    流れるように廊下の景色が変わっていく。
    走っているのだろうか。

    「早く…ッ!!」

    「主ーーッ!!!」
    振り返った一瞬、真っ赤な瞳と目が合った。





    「………思い、出した。」

    顔をあげれば、向かい側にある鏡に私と、真っ赤な瞳がぼんやりと写っている。

    「私…審神者で、初期刀は…加州、清光で……」

    「そう、俺を選んでくれた。本当にあの時は嬉しかったんだけどなぁ」

    ぎゅ、と私を抱きしめる腕に力が込められる。少し苦しくて離して、と頼んだらぱっと私の体から手を離し、私の正面に彼は回り込んだ。

    「俺、あんたが俺を選んでくれたあの日から…あんたが好きだったんだよ。ずっとずっと、あんたのことを想ってた。一人の人として好きだった………だからあの日、あんたに想いを打ち明けたんだ。全てを失ってもいいから、この想いを伝えたかった。」


    「…主、今いい?」

    「うん、どうしたの?」

    「俺………あんたのことが好き。」

    「………え、でも」

    「分かってる、分かってるんだよ、あんたは俺だけの主じゃない。みんながみんなあんたのことを好きだって思ってるけど、その気持ちは胸に秘めて生活してるって、分かってる………でも、俺…もう耐えられない!!あんたへの想いは募っていく一方で…1人で抱えるには、重すぎる……」

    「清光……ありがとう。……でも、ごめんなさい。私は皆の主で、審神者だから…」

    「…うん、分かってる。あんたがそういう性格してるのは俺がいちばんよく知ってるし。……だから、ごめん」



    「……その後は、主を神域に連れ込もうとした俺を張ってた鶴丸国永に見つかって…ほかの刀後からも借りてあんたは政府の役人に保護されて、記憶を綺麗に消し去った後で現世に戻ったって訳。」

    「……」
    あの電車で初めて清光とすれ違った日、妙に印象に残ったのはそういうことだったのか。

    「…俺の予想だと俺は刀解されると思ってたんだけど…早めに鶴丸国永に見つかったことと、あんたが最後に役人にどうか刀解だけはしないで欲しいって言ってくれたおかげで、何とか刀解は免れたんだよね。」
    私の手を愛おしそうに取り、自分の手で包み込む清光。
    「本当にあんたってお人好しだよね。こっちで関わって、尚のことそう思ったよ…そんなあんただから、俺は好きになったんだ」

    清光が私に一歩近づいた時、ガサッと袋の音が鳴る。それで思い出した。
    「…こ、この手紙も、メールも…清光がやったの?か、監視カメラも…」
    「手紙とメールは確かに俺がやった。でも一つだけ間違ってるのは…あれは別に監視カメラじゃないってことかな」
    よく似てるけど、ただの携帯充電器だからと悪びれもなく笑うが…絶対に、私の不安を煽るための小道具だ。

    「…別にカメラなんていらないもんね。あんたの事はぜーんぶ、分かってるし。」

    清光は喋りながら足元の袋に手を伸ばし、逆さまにひっくり返して手紙を床にぶちまけた。

    「でも、手紙を読んだ時のあんたの表情は予想外だった…俺からの愛の言葉、喜んでくれると思ったのに…誰?なんてさ。…まぁ仕方ないか、全部忘れてたんだもんなー」

    床にちらばった封筒を適当に拾い上げ、中身を出してまた床にばらまいて行く。

    ずっとずっと好き

    あんたしかいらない

    早く一緒になりたい

    あんたのためなら何だってできるよ

    もっと俺の愛を受け取って?

    だーいすき

    すきすき

    愛してる

    重たい愛の言葉がひらりひらりと私の周りに降り積もる。
    私への気持ちを綴った紙を広げては投げる清光の顔は、すごく楽しそうで。
    私はそれをただただ見つめることしか出来なかった。

    「ほら、こんなに頑張って書いたのに。あんたは一通見ただけで読むのやめちゃうんだもんねー…」
    小指の絆創膏を撫でながら清光は言う。まさか、この赤い文字は
    「ひぃっ!!!」
    「"あい"が詰まってるでしょ?ぜーんぶあんたに向けた、あんただけのものだよ」
    くふふ、と笑う彼はもはや正気とは思えなかった。

    「い、いやぁああああ!!!」
    手紙を踏みつけてドアへと走る。
    一刻も早くここから出たかった。
    伸ばした手が掴んだドアノブは、回らなかった。

    「やだ、やだ!!開いて!!!開いてよお!!!!」
    「…はは、そう簡単に逃がしてやんない。あんたにこうしてまた会うために、俺がどれだけ骨を折ったと思ってんの?…あっそうだ!冷蔵庫にロールケーキ買ってあるからさ!一緒に食べよーね」

    半狂乱になってドアを叩く私を後ろから抱きとめ、清光は嬉しそうに呟いた。

    「あいしてる」
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