ぶっとび!水戸洋平伝説3年の堀田と1年の水戸が、バスケ部の練習中の体育館にカチコミを掛けたらしい。
三井と桜木が、バスケ部に入るためにチームを抜けるのが気に食わなかったらしい。
桜木が水戸をノしたらしい。いやいや、水戸が三井をツブしたらしい。
首謀者は堀田で、謹慎食らうらしい。
『らしい』を連発の大ニュースは、あっという間に湘北高校校内を駆け巡った。
相澤は、その噂を聞いて内心こう思った。
ーーいや、嘘じゃん。
相澤は、和光中出身だった。
別に水戸とも桜木とも仲は良くないが、目立つ2人だから一方的に知っている。
三井とかいう先輩のことは知らん。堀田先輩のこともよく知らん。
正直、水戸と桜木のことだって知っていると言えるほどは、知らん。
それでも、これだけは言える。
水戸が、桜木を傷つけるわけがない。
相澤のいた和光中には、こんな話が出回っていた。水戸洋平、桜木大好き七伝説。
略して水戸洋平七伝説。
伝説その1
1年の時、桜木花道の赤い髪を目の敵にしていた生活指導の男性教諭が、桜木の髪を無理やり染めようとしたことがある。ご丁寧に自腹で買ったらしい黒の髪染めを持ち込んで、桜木を校庭に呼び出した。桜木は、意外にも手は出さず、ずっと言葉で反抗していた。
「コレ、地毛なんだよ、母ちゃんからもらった色なんだ。ショーコの写真だってあんだぞ」
「ウルサイ。そんなことは関係ない。オマエのその髪は、風紀を乱すんだ」
「……染めたって、すぐまた変わっちまうだろ。毎回染め直せってゆーのか」
「ハ、だいたいその地毛というのも疑わしいもんだ。子どもの頃の写真とやらも、親がそんな歳から染めさせていたんじゃないのか。こんな色の髪の生徒がいると、我が校の評判が……」
教師はその続きを言えなかった。真横から入った水戸洋平のストレートが、頬骨にがっつり入ったので。
「グボアッ」
「お、よーへー」
「オイオッサン。クセー口閉じろや」
水戸が、教師の髪を引っ掴んで持ち上げた。否、持ち上げようとした。
「うわ、キタネ」
ずるりと取れたカツラを、水戸が無情に投げ捨てる。
「平気か?花道。こんな奴の言うこと気にすんなよ、お前の髪、オレは好きだよ」
「オオ!オレも洋平のことスキだ!」
2人はそのまま、教室には戻らずに校門を出て行った。
翌日から水戸洋平は停学処分になり、その間桜木も休んでいた。ウワサによると、2人で自転車で静岡に行ってきたらしい。山梨バージョンもあって、本当かどうかは知らない。
伝説その2
1年の秋、体育祭だった。
桜木軍団はこの頃にはメンバーが固まっていて、5人でつるんでいた。他校からも恐れられる不良グループだが、誰彼構わず脅してくるような人ではないのは同じクラスの生徒はもう知っていた。5人は意外にもちゃんと体育祭に参加していた。水戸洋平が借り物競走に参加した。多分この辺でもう予想がつくかと思うが、借り物のお題を一瞥して、水戸が連れてきたのは桜木花道だった。
お題は、かわいいもの。
戸惑う審査員。水戸洋平が目を細めた。
「ア?こんなんは主観だろうが。オレがかわいいって言ったらかわいいんだよ。文句あるか?」
審査員はOKの旗をあげた。桜木花道は、反論もせず大人しく水戸に手を引かれていた。
伝説その3
桜木の父親が死んだらしい、というのはひと月もせずに学年中が知っていた。
中学2年のことだった。その後、水戸が急に学校に来なくなった。期間は1ヶ月くらいだった。噂によると、カンベツに行っていたらしい。カンベツというのは、少年院に入る手前の、問題のある少年を鑑別する施設らしい。
水戸は、桜木のために報復をした、らしい。
伝説その4
女教師が、桜木に心無いことを言ったらしい。女相手なので、水戸は手をあげず、冷たい目で睨むだけだった。女教師は水戸にも心無いことを言ったらしい。水戸は、冷たい声で一言二言反論した。
顔を真っ赤にし、感情的になって言い返したのは、女教師のほうだった。
「アンタ達みたいなのは、社会のクズになるに決まってるのよ!偉そうなことを言っても、何もできやしないくせに!」
「何もできねーってこたあ、ないと思いますがね」
「出来ないでしょう!この前のテストだって、あんな点数で、碌な大人にならないわ」
「ベンキョーができりゃあ、いいんスか」
「そうよ。学校は勉強をするところだもの」
「じゃあ、もしオレが学年一位とれたら、もう花道に近づかないでくれます?」
「あは!もしアナタが学年一位をとれるようなことがあったら、私は学校を辞めてあげます」
売り言葉に買い言葉、という慣用句を体現していた。実際問題として、その時の水戸は学年の下から数えた方が早い成績だったはずだ。教師の品性はともかく、彼女のバカにした反応も無理はなかった。
恐ろしいのはここからで、次の定期考査で、好成績の生徒の名前が張り出されると、その一番前に水戸洋平の名前が晴々と輝いていた。
女教師は青ざめていた。
水戸は彼女に声をかけることもせずに、冷たい目線で一瞥するだけだった。桜木花道ばかりが、「スゲー、スゲー」と明るい声ではしゃいでいた。
伝説その5
桜木花道はホレっぽい。
告ってはフラれ、告ってはフラれている。
まさか桜木軍団のようにからかったりは出来ないが、みんなの噂のマトではあった。
ある時、あるクラスの中で中心的なグループの、なかなかかわいい女の子が、意地の悪いことを言い出した。
「ゲームに負けたヤツが、罰ゲームで桜木花道にコクる」。
桜木花道は不良だが、女の子にはやさしい。それを知っているから出来る残酷さだった。
果たして、ゲームに負けた女生徒が桜木花道の靴箱にラブレターを入れた。
放課後、指定の場所に現れたのは水戸洋平だった。次の日、1人の女生徒が停学になった。飲酒がバレたのだという。
伝説その6
水戸洋平と桜木花道は、中学3年間同じクラスだった。ウワサによると、教師を脅してそうさせているという。
和光中時代はただの噂だったこの話に、今年続きができた。
湘北高校は10クラスあるのに、水戸洋平と桜木花道はまた同じクラスだった。
伝説は終わらない。来年のクラス分けが待たれる。
伝説その7
七不思議よろしく、伝説の7個目は決まっていない。たくさんのパターンがあるが、大別すると、①寝ている桜木を朝から放課後までずーーーっと見てる水戸洋平②桜木の家に住んでる水戸洋平③桜木の悪口を言うと必ず背後から出てくる水戸洋平④桜木花道の写真のどこかに必ず写っている水戸洋平 の4パターンに分かれる。どれも真偽は確かでない。
ーーという話を「相澤って和光中なんだろ?桜木軍団のワルイ話とか知らねーの?」と聞かれたので、してやった。
1ヶ月後、相澤の元に戻ってきた時は、背ビレ尾ビレを蓄えて
『水戸洋平は桜木花道の生き別れの腹違いの兄弟であり、桜木花道のいるところに水戸洋平あり、桜木花道に手を出すと水戸洋平がどこからともなく現れて暗闇に引き摺り込み、その後戻ってきたものはいない』
というところまで肥え太っていたが、相澤のせいではないと思う。
都市伝説って、こうやってできていくんだなあと相澤は思った。