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    piiichiu

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    POIPOI 19

    piiichiu

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    花ミチに好きな人が出来た、その相手は男だと聞かされたヨヘの話

    「あのな、洋平。オレ、あの、……好きな奴ができた」

    この時点で、洋平はオヤッと思った。
    花道は女の子に優しい。口調も丁寧だし、サン付けにするし、下にも置かぬ扱いをする。女の子はみんな、レースとリボンと花びらで出来てるとでも思ってる。花道の良いところは、それが女の子のいない場所でも真実だということだ。男というのは、とかく揃えばどの子があーだのあの子がどーだの、胸がどうだの尻がどうだの、勝手な批評を言いがちな生き物である。男同士の見栄張りで、変に女の子を粗雑に扱ったり、悪く言ったりする野郎はたくさんいる。だが花道に限っては、そんなことはない。女の子の目の前とおんなじように、女の子のことは丁重に喋る。
    つまり花道は、女の子に“奴”なんて言わない。

    「…………へえ。誰?」
    「ふぬっ。それは……まだヒミツ。でな、その、その相手が、……男、なんだ、けど」

    やんわり予想できていたはずなのに、それでも洋平は腹に一発喰らった時のように、ぐっと呼吸ができなくなった。一瞬ぐらりと視界が揺れた錯覚。顔にゆっくりと血が上って、まぶたが熱い。手足の感覚がふわふわする。

    「……その、気持ちわりーと、思う?」

    思うよ。
    お前のそれを聞いて、世界の終わりみたいにショックを受けてる自分が、気持ちわるい。
    花道がいつか誰かと付き合って幸せになるのを、応援すると決めたはずだ。
    いやでもそれは女の子相手の話で。相手を決めるのは花道だ。相手が誰だって、誰にも口出しされるような問題じゃない。花道が選んだ相手なら。ふざけるな。相手が男ならーーーー。
    相手が男なら、オレだってーーーー。

    「思うわけねーだろ、バカ。お前が誰を好きになろうと、オレはお前の味方だよ」

    足元がガラガラと崩れ落ちているのに、地球は崩壊して世界は終わりを迎える準備をしているのに、口元だけがぺらぺらと勝手に動いている。なんだこれ。マジで現実が乖離して、意識がふわふわ浮いている。足元の抜ける感覚に思わず下を見ると、そこには何の変哲もないコンクリートがある。いつもの学校の屋上だ。顔を上げて花道の方を見ると、屋上の青空を背景に、花道がへにゃっと弱々しく笑っている。花道は意外に人に聡い。洋平がいつも通りでないことに気づいている。

    「ほんとうだよ。オレはいつでも、お前の味方だ」

    それだけは、ほんとうのほんとうだったので、洋平は迷いなく口にできた。花道はじっと洋平を見て納得したようだった。こくん、と花道が頷く。洋平は泣きたいような叫びたいような気持ちで、多分口元は笑みをつくっていた。学ランの下はゾッっとするような冷や汗をかいていた。

    ***

    その後とても授業など受ける気にならず、バスケのために出席日数がどうだのと花道を言いくるめて授業に送り出し、自分は屋上で煙を吹かしていた。
    良く晴れた青空に白い煙が消えていく。それが自分の魂のような気がした。今ここに転がってるのは何かの抜け殻のような気がする。小学生に摘まれて遊ばれるセミの抜け殻かなんか。そんな無気力が全身を支配していた。
    ふと、足元に影が落ちる。死んだ目をして転がっていた洋平を上から覗きこんだのは、野間忠一郎だった。
    洋平の様子に一度片方の眉を上げたきり、忠は何も聞かなかった。
    ただ横に座り、自分も静かに煙草を吸い始めた。
    しばらく、何もせずにそのままふたりで無言で過ごした。
    ようやく口を開いた洋平の声は、力がなくいっそ眠たげに聞こえた。

    「忠、もしオレがなんかの拍子に人を殺しちまったら、埋めんの手伝ってくれるか?」

    忠がまた片眉を上げる。ことさらゆっくり煙草の煙を吸って吐く。

    「今夜でいいか?」
    「ん?」
    「埋めるってのも難しいから、やっぱ海がいいんじゃねーか。家にブルーシートあるか?あと針金」
    「ブルーシート?針金も……まあ探せばたぶん」

    洋平は自宅の物置の中を思い浮かべた。父親が片付けられない人間で、ごちゃごちゃと色々なものがホコリっぽく積んである。多分ブルーシートも針金もあるはずだ。

    「海までおめーの原チャで運べそーか?」
    「うん?」
    「オヤジの軽トラ借りるか。でも万が一事故ったときがな」

    真剣に考え込んでいる様子の忠に、洋平はやっと会話の行方に思い至った。

    「……もしかして、マジで死体沈める算段してんの?物騒な奴だな」
    「おめーが言ったんだろーが洋平!」
    「もしだよ、もし。たとえバナシ」
    「んっだよ、紛らわしー奴め」

    忠がガシガシと後ろ髪を掻いて、ぶはあと煙を吐いた。

    「なあ、ブルーシートと針金をどうすんの」
    「あ?ああ、イヤ、前によ、銭湯で一緒になったオヤッさんが元コレでよ、色々教えてもらったんだけどよ……」

    コレ、のところで頬に線を引く仕草をした忠が、興味深い生肉の隠し方を語ってくれる。
    無気力だったはずなのに、意外に面白い話で、洋平は聞き入ってしまった。

    「だからよ、浮かさねーのが大事なワケ。そんで、そこで針金が」
    「ほうほう」

    生涯使わないだろう便利知識を頭の片隅に書き留めて、洋平は短くなった吸い殻をコンクリートに押し付けた。

    「んで?誰を殺してーの?」

    忠が聞く。
    洋平は否定するのも億劫で、目を瞑る。思い出すとまた、腹わたのなかがぐじゃくじゃになる。

    「……花道に好きな人が出来たって聞いたか」
    「オッ、あいつとうとう言ったのか?」

    洋平の頭がぐりんと忠の方へ向く。今のは、相手を知っている言い方だった。

    「誰だ?」

    忠は一度目をぱちくりと丸くして、それから腹の底から吐き出すような長い長い溜め息を吐いた。

    「オレからは言わん。聞くなら花道に直接聞け」
    「忠、」
    「アー、アー、聞かねー!このバカ共め!」

    忠は耳を塞いで、そのまま屋上から逃げてしまった。

    ***

    まあ、普通に推測して、相手はバスケ部の連中かなと思う。花道の生活上、出会う人間は限られている。学校生活では洋平と大体ずっと一緒だ。朝と放課後はバスケ。帰ったらメシ食って風呂入って寝る。そんで早朝から、またバスケ。実に健康的な毎日を送っている。
    クラスも選択授業さえ一緒の洋平が気付けないのだから、相手は多分バスケ部なのだ。バスケ部の連中を思い浮かべる。宮城、流川、新しく入ってきた一年生達。去年卒業した先輩方ってこともあり得る。ミッチーなんか、洋平がバスケ部を覗くと割といつもいる。

    その夜、洋平は海の夢を見た。
    死体を海に捨てる夢だ。
    死体の顔がくるくる変わる。
    宮城サン、流川、ミッチー。ゴリ、仙道、また流川。
    オレは荷物をまとめるみたいに、粛々と死体を処理する。夜の海だった。死体をボートに乗せて漕ぎ出す。月が明るい。波の音ばかりが辺りに満ちている。たくさん漕いで、夜のことで砂浜も見えなくなった頃、もういいだろうと思って死体の顔を覗き込む。

    「洋平……」

    花道が、泣いていた。

    そこで目が覚めた。
    自分の深層心理かなんかを呪う。最悪の目覚めに、洋平は学校に行く気も起こらず、髪を整えることさえしないで、ぶらぶらと出かけてパチンコを打った。欲のないときに打つと当たるもので、久しぶりの大勝ちだった。温かくなった懐で、花道に何か奢ってやりたいと思って、自嘲する。
    花道、花道、花道。
    お前にカレシが出来たら、オレ、人殺しになっちゃうかもしんない。
    わからん。洋平自身も、己がわからない。でも彼女が出来ても笑って祝福できる気がしていたのに、どうしても、どうしても、花道にカレシができるのはイヤだった。

    「洋平?」

    振り返る。花道だった。なんでこんなとこにいる?今授業中の時間だろ。

    「おめーが言うな。なあ、洋平、オレ、話がある」

    はらわたがぐちゃぐちゃになる。
    息がうまく出来ない。なんか死にそう。花道に殺される。それの方がいい。花道の好きな人を殺すくらいなら。

    「洋平、好きだ、付き合ってください」

    花道の全部を応援したかった。
    花道のしあわせの全部をお祝いしてあげたかった。悲しみは紙吹雪で散らして、不安な夜には添い寝して、怪我をしたらずっとそばで付き添ってやりたかった。花道が笑ってくれるなら、それだけでいいと思ったはずなのに。

    「オイ、洋平。聞いてるか?」

    花道。
    寂しがりやで、内向的で、頑張り屋で、やさしくて、かっこよくてうつくしいオレの花道。

    「オイコラ洋平!」

    ゴツン

    「グッ」

    額に頭突きをされて、ようやく意識が戻ってくる。花道がふぬふぬと鼻息荒くこちらを見ている。ほっぺが赤い。何故か涙目で、かわいい。

    「だから!好きだっつってんだろ!うんとかすんとか言え!!」
    「……誰を?」
    「洋平を!」
    「……誰が?」
    「オレ!」

    洋平はたっぷり20秒ほどもかけて、その内容を咀嚼した。花道が、好き。洋平を。洋平って、つまりオレ。
    花道が、洋平を好き。

    「え……?オレも好き……」

    そう呟いた瞬間に、物陰から3人の男が現れた。ラッパを吹き、紙吹雪を散らしている。

    「いやあ、よかったよかった」
    「初めての両思いだぞ!よかったなー花道」
    「よかったよかった。洋平が人殺しになるところだった」

    パフー、という気の抜けたラッパの音を聞きながら、洋平は呆然と立っていた。洋平のその日のパチンコでの稼ぎはお祝いに全て使われ、花道の家でみんなでケーキとチキンを食べた。

    ***

    その夜、洋平は山の夢を見た。
    昔話みたいな山の中の小屋の脇に畑がある。竹林に囲まれたそこで、花道が畑を耕している。なんだここ。花道がたけのこを持ってくる。なんでたけのこ。畑は?でも花道が嬉しそうにデカいたけのこを持ってきたので、洋平はおかえりと言った。

     


    目が覚めると、花道が隣で寝ていた。
    それ自体は全然珍しいことじゃないけど、この花道は洋平の恋人の花道なのだ。
    洋平はまだちょっとぐちゃぐちゃのままの腹をさすった。地獄から天国に急に持ち上げられたせいで、なんだか身も心もふわふわしている。

    「洋平?腹痛いんか」

    目をやると、花道が起きていた。

    「いや、痛くないよ。花道。オレもお前のこと、大好き」
    「うん。へへ。うん、オレも、洋平」

    ほおっと息を吐く。洋平はようやく幸福の実感が湧いてきて、花道の頭を抱え込んでくすくすと笑った。花道も笑うので、笑いが収まらず、2人はしばらく小さな子供みたいに笑い合っていた。
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