菜の花とオジサン うさかど【菜の花とオジサン】 宇佐美×門倉(博物館のひと)
流加 ゆうら
「へっくしょん!」
今日も花粉が、よく飛んでるわ…
「も~汚いなぁ。早くお医者さんに行けって、言いましたよね、僕」
「仕事があるから…」
「平日休みが何言ってるんですか?」
「それはそうなんだけどぉ…」
「僕、鼻水垂らした人と歩きたくないんですけど…」
鼻をかんで、大きくため息をついていると、宇佐美が背負っていたリュックを下ろし、何かを取り出した。
「はい、これ飲んでください」
そう言って渡されたのは、市販の鼻炎薬と水のペットボトルだ。お礼を言って飲みながら、ふと首を傾げる。
「ありがたいんだけど、なんで薬持ってんだ?」
「どうせお医者さんに行ってないだろうと思ってましたし、せっかくのデートを門倉さんの鼻水で台無しにしたくないので」
見抜かれてる。二回り年下の男に…
「……今度、行ってくるよ…」
仕事帰りに宇佐美に遭遇し、近くの土手に向かう。博物館から十分ほど歩いた所にある馴染みの場所だ。宇佐美いわく『春らしい所でデートしましょう!』との事らしい。黄色い菜の花が、土手一面を覆い尽くす勢いで咲いている。まあ、春っちゃ春だ。毎年見ているが、やっぱり気分が良い。
「そういや、なんで俺が今日半休だって知ってるんだ?」
「門倉さんの事で僕が知らない事なんて、無いんですよ?」
「えっ…こわっ…」
「というのは冗談で、先日たまたま軍曹…じゃなかった、月島さんと貴方の会話が聞こえまして」
「ああ…そう…」
いつの話か記憶を探るが、二週間前の退勤時だった気がする。あの時、宇佐美はいなかったはずなのだが……まあ、いいか。
「あー…なんか、落ち着いてきたかもぉ…」
薬のおかげで、鼻水や鼻づまりが落ち着いてきた。
「あくまで一時しのぎですからね」
「あい…」
鼻が落ち着いてくると、徐々に戻る嗅覚。そのせいか、完全に素で呟いていた。
「くっせぇなぁ…」
宇佐美が同感という感じで頷く。
「まあ、良い匂いではないですよね」
菜の花って綺麗だけど、凄い臭いんだよな。ましてやこんなに盛大に咲いていれば、その匂いたるや…
「それにしても、門倉さんって本当、デート中なのに台無しな事を言いますよね」
「悪かったな。でも仕方ねぇだろ、くせぇんだから…」
「まあ、門倉さん花粉症だから、あんまり感じないでしょ?」
「そりゃ、普通の人よりかはマシだろうけどさぁ…」
宇佐美が俺の腕を掴んで、菜の花に囲まれたベンチへ引っ張って行く。並んで座れば、暖かな春の日差しに包まれて、なんだか眠くなりそうだ。
「ここの菜の花って、あえて植えてるんですかね?」
「ああ、自然に生えてるのに加えて、市民活動の一環とかで植えてる所もあるみたいだな」
市内には食用の菜の花を栽培している農家もある。菜の花の辛子和えなんて、酒の肴にピッタリだ。そんな事を考えていたら、軽く腹が鳴った。そういえば、半休上がりでそのまま連行されたせいで、昼飯を食っていない。
「…腹へったなぁ」
「門倉さん、花より団子って感じですね」
「ま、花を見てても腹は膨れないし、昼飯まだなんだよ」
「だと思いまして、作ってきましたよ!」
リュックから取り出されたのは、二人分の弁当箱だ。
「たまには、こうして花を見ながら食べるのもいいでしょ?」
「おお! いつもありがとな」
宇佐美から渡されるのは、俺専用となった弁当箱だ。中を開けると、旬の物を使った色とりどりのおかずが並んでいる。
「こっちの魚は鰆です。それでこっちは…」
「あっ…」
多めに入った野菜コーナーに、菜の花の辛子和えが入っていた。
「ええ、偶然?」
「菜の花ですか? まあ、ここに来ようと思ってましたし、せっかくなので入れてみました」
「辛子和え食いたいなって、ちょうど思ってたんだよ」
いただきます、と言ってから箸で菜の花を摘まむ。色鮮やかな菜の花の青い茎、そして小さな蕾のつぶつぶを見つめてから口に含む。少しツンとした辛子の風味と菜の花の苦みを感じて、すぐさま白飯をかっこんだ。
「うまいなぁ。春って感じするよ」
「ウフ、気に入って頂けて嬉しいです」
弁当を美味しくいただき、ひと息つく。すると宇佐美が緑茶のペットボトルを渡してきた。その蓋を開けながら、改めて菜の花を見つめる。あんなに気になっていた花の匂いにすっかり慣れ、純粋に菜の花を楽しめる気がする。黄色に霞むその向こうから、川に反射した陽の光がキラキラと輝いていた。それを眺めながら、お茶を一口飲んで小さくもため息をつく。
「こういうのも、たまにはいいな」
「たまにじゃなくて、もっとやりましょうよ」
「男二人でピクニック的な事をもっとやるってことぉ?」
それって絵図的にどうなんだ…?
「公園であれだけ二人でお弁当食べてるんですし、今更じゃ無いですか」
「あれは昼飯時だけだろ?」
「変わりませんよ。僕は門倉さん色んな所に行って、僕との時間を増やして、僕との思い出をたくさん作って欲しいんです」
「そう…なんだ」
すごい力の入りようだ。なんだか照れくさい。そんなにコイツ、俺と一緒にいたいんだなぁ…なんて感動しそうになるが……まてまて、絆されるんじゃ無い。
「で?」
「で、とは?」
「その続きは?」
コイツが純粋な気持ちで言ってるなんて思っちゃいけない。きっと何か裏がある。
「…門倉さんは疑り深いんですね。僕、悲しいです…」
「は?」
宇佐美は、わざとらしい泣き真似をしながら、俺に身体を寄せてきた。
「まるで僕が門倉さんの心も身体も独り占めしたくて、何処にも行かせないよう閉じ込めて、毎日門倉さんと朝から晩までセッ…」
「バカ! ここ外だぞ!」
宇佐美の口を覆おうとした慌てて伸ばした手を、そのまま強く握られ引き寄せられる。寄せられた唇がそのまま頬をかすり、耳元まで到達すると囁いた。
「そう、僕はこれからの貴方の人生を全部欲しいんです。今まで共に過ごせなかった時間なんて凌駕するくらい、平和で楽しい日々はもちろん……濃厚で刺激的な時間も貴方と過ごしたい…」
ぞわりと背筋を走るのは、興奮に違いなかった。こんな春の陽気の中で、聞いて良い台詞じゃない。
「う…さみ」
「さ、帰りましょうか。腹ごしらえは済んだわけですし…」
宇佐美は嬉しそうに笑って言った。
「今度は、僕が味わう番なので」
思わず後退るが、しっかり掴まれた腕のせいで、まったく身動きが取れない。
そういえば、前回寝たのはいつだったか。ああ、珍しく半月はしてなかったっけ。最近忙しくて、事ある毎に予定がキャンセルになり、すっかりご無沙汰になってしまっていたよな…
「お…お手柔らかにお願いします…」
「無理でーす。さっさと帰りましょうね」
もうこうなっては、覚悟を決めるしか無い。奇しくも明日は仕事が休みだ。いや…この男が、それを知らないはずが無かった。
「お前って、ほんと…」
「かわいい恋人ですよね!」
かわいいかどうかはともかく、ちゃんと恋人として愛されてはいるみたいだ。
勝手な恋人。でもその隣は結構気に入っている自分に、少し苦笑するのだった。