旅行にきたようなもの大きめの仕事が終わった昨夜は珍しくちゃんと眠れた。
眠れたのは良いが、隣に気配というか温もりを感じる……
この場所、そして俺の部屋に気づかれずに入ってこれるとは大した野郎だ。
だがなぜ俺を攻撃しない?
俺を殺せる絶好の機会だっただろうに。
まァ、俺がもう目覚めちまったからにはそんな機会は失われちまったがな。
そう思いながら勢いよく布団を持ち上げる。
そこには忘れる事などできない銀髪の男がぐっすりと眠っていた。
「……」
絶句して言葉も出ない。
頭の中がなぜだらけになった。
ゆっくり瞬きをしても景色は変わらない。
いや、寝てるのが身じろぎしたから少しだけ変わったか……
じ、と穴が開くくらいそいつを見ていると、むにゃむにゃ言いながらそいつの目が開いた。
「んあ、たかすぎ……何、もう出る時間?」
どこへだ?
お前と出る約束なんかしてねェ。
そう言おうと思ったが、もう少し様子を見る事にする。
「返事なしって事はまだ寝てていいって事だよね。じゃ、おやすみ」
「待て」
最後に見た時より少し若い顔つきで眠るこいつをこのまま見ていても良いが、それよりも状況を把握したい俺が勝った。
「テメェ、どうやってここに来た?」
「あ? 何言ってんだよ。ここ俺の部屋だし。勝手に入ってきたのはオメーだろ。敵の攻撃でも頭に受けて記憶なくなっちゃったんですかー」
「ここは俺の部屋だ。起きて景色見てみろ」
そう言うと若い頃の銀時みたいな男は起き上がって景色を見渡す。するとおばけでも見た時のような表情になり、顔から汗がダラダラ出ている。
「えっ、俺の部屋じゃない……だってこんな変な趣味ないもん。何この中二病みたいな部屋……」
「……とにかく、テメェの部屋じゃねェって事は理解したようだな。それともう1つ教えてやる」
「おそらくここはお前の10年後の世界だ」
+++
若い頃の銀時がなぜ俺の隣で眠っていたかはわからないが、急に来たなら急に帰って行くだろうと思い、あまり深く考える事はやめた。
部下達にもそう説明して普段通り過ごす事を伝えた。また子は抵抗があるみてェだが、変な事さえ起こさなきゃいいと思って放っておく。
それと目の前の銀時に未来の事を話すのは禁忌だと思ったのでしない。
一通り説明した後、銀時は現状を把握したようだった。
「じゃ、俺は旅行に来たようなもんだって思っときゃいいか」
「まァ、そうだな」
「外も出ちゃいけねーの? こんな中二っぽい部屋にずっといるの嫌なんだけど」
確かにこいつを部屋に閉じ込めておくのも気が引ける。直近は大きな予定もなく、ここは京だ。あいつの知り合いに遭遇する確率も低いだろう。
「するか、観光?」
「えっ」
「この辺の案内くらいならできるぜ」
「……糖分、欲しいんだけど」
「あァ、甘味処の老舗もある」
「行く!」
嬉しそうに返事をする銀時を見て口角を上げる。だが出かける前に何とかしなきゃならねェものがある。銀時の格好は戦時代の寝巻だった。
「行く前にその格好を何とかするか」
「あ? 俺着物も金もねェよ」
「分かってる。少し待ってな」
部屋を出て銀時に似合いそうな着物を取りに行く。着替えた銀時を見て想像通りの姿に満足した。
「中二っぽいの用意されなくて良かった」
「いちいちうるせェな、テメェは」
「だってお前、10年経っても変わってねーから」
……そうか、お前から見て俺は変わりなく見えるんだな
「……高杉?」
「何でもねェ。準備もできたし、行くか」
「俺金ないけど奢ってくれんの?」
「あァ。テメェが金出してきたらそれこそ世界がひっくり返っちまうぜ」
「っ、俺だって10年経てばボンボンよりボンボンになってるっての!」
「さて、そいつはどうだかなァ……」
万事屋などとままごとをやってるあいつを思い出しながらニヤと笑ってやった。
+++
「うまっ!」
京の街に出て、最初に老舗の甘味処へ行った。
その店の大福は上品な味で美味かった事を思い出したからだ。そんな大福を一口食べた銀時の表情が緩んでいる。
幼い頃共に過ごすようになってから銀時のその表情を見るのが好きで、戦に出ていた頃も手に入った甘味を渡しては隣で茶を啜っていた。
それを久しぶりに体験しているが、やはり良いものだった。
「おい、ゆっくり食え。追加が欲しけりゃ頼んでやる」
「マジか、じゃあもう5つ!」
「食い過ぎだろ」
「腹減ってるから余裕」
「この後飯処にでも、と思ったがやめておくか」
「えっ、じゃあ追加は2つでいいです……」
「なら他の奴らの分も含めて多めに持ち帰るか」
最初に土産を買うなんておかしな話だが、こいつは糖分が切れるとイライラするからな。飯より先に糖分だろう。
その後定食のある飯処へ行った。
そういやこんな店は随分とご無沙汰していたな。俺はゆっくり食事をするのを好むが、若い銀時には合わないだろうと思ったからこの店を選んだ。
「すげえ、品書きがたくさん……」
「いつあっちに戻るかわかんねェから肉でも食っといたらどうだ?」
戦をやってた頃は食事もままならず、数食抜かす事はざらだった。戦って体をたくさん動かすのに、まともな食事が取れないと疲労が早い事は身に染みてわかっている。
「食う。なあ、この甘味のパフェって何?」
パフェ、と言われてその物を思い出す。
確か以前また子が食っていたような……
「小洒落た容器にソフトクリームやらクリームに苺やらが乗ってる甘ったるい食いもんだ。テメェは多分好きだろうな」
「じゃあこのカツ丼大盛りと食後にパフェ!」
程なくして注文した食事が目の前に置かれる。
「カツ丼美味そうだなー 高杉は何頼んだんだ?」
「焼き魚定食だ」
「へぇ、魚も美味そう」
「欲しけりゃやる」
「えっ、いいよ。なんかここに来てから至れり尽くせりだし」
必死で断る銀時。少し可愛く思えて笑う。
戦に出ていたとは言え16、7歳。
今の自分から見ればそんな年齢はまだ子供だ。
こいつがまだ知らない未来の事を知っている俺は甘やかしてやりたい気にもなる。
そんな事を思いながら取り分けた魚を少し銀時に差し出した。
+++
「いやー、あのパフェってヤツ最高だね。毎日食ってもいいわあれ」
満足げな銀時。
そんな銀時にそろそろ帰るかと言うと、何かを見つけた銀時がちょっと待っててと言って何かに向かって走って行った。
よくわからないがそのまま少し待っていると、何かを持って戻ってきた。
「これ、やるよ」
これ、と言われたものは小ぶりのひまわりだった。
「ひまわりか」
「塾の近くにもよく咲いてた。懐かしいだろ」
そう言われてその風景を思い出す。
「そうだな」
「で、この世界は今日8月9日みたいだな。さっきの飯処のカレンダーに8月8日まで射線がついてたからさ」
そう言って照れ臭そうにしている銀時。
ああそうか、これは……
「今日は奢ってもらったし、明日は高杉の特別な日みたいなのも思い出したから……」
だからやる、と。
俺はありがとうよ、と言いながらそれを受け取った。
そしてその花を花瓶に入れて部屋に飾った。
+++
翌朝。
目が覚めると若い銀時が寝ていた布団には誰もいなかった。
もしかしたら俺より早く目覚めて厠にでも行ったかと思い、少し辺りを歩いたが誰もいない。
急に来て急に帰っていくという予想は当たったようだ。
顔を洗って身支度をした後、煙管を咥える。
「……何だったんだろうなァ」
独り言と共に吐き出される紫煙。
紫煙の先には昨日貰ったひまわりがある。
「祝いに来ただけか? ククッ、今のあいつがそんな事を思うわけもなさそうだが……」
あんな面倒かつ超人的なやり方できる知り合いなんざ……と考えたところで1人だけ浮かんだ人がいる。
……あいつと仲直りをしろ、と?
だったら、直接拳骨でもしに来て欲しいものだよ。
「なァ、……」
小さく呟いた言葉は誰にも拾われる事なく、紫煙と共に消えて行った。
*****
あとがき
高杉が起きたら隣に白夜叉ちゃんがいた話でした。表記するなら高白…?
前回上げたものの対となるようなものが書きたくてこのようになりました。
高杉誕ネタはオマケみたいになってしまいましたね。
ついでにひまわりの花言葉などを軽く調べてみたら本数によって異なるようで、1本だと『一目惚れ』だそうです。
ちなみに999本だと『何度生まれ変わってもあなたを愛す』だそうです。
これは高杉から銀時にあげて欲しいなと思っちゃいましたね。