隠居1年目のバレンタイン用が終わった後、街を歩いていた。
今日はバレンタインとやらでチョコレートの宣伝が多く出ている。
「あっ、そこの素敵な着物のあなた! チョコレートはいかがですか? この時期にしかない珍しいチョコレートもありますよ」
そう言われて店内を見る。
可愛くラッピングされているチョコレートを見る限り、女が男にプレゼントする催事に思える。
「バレンタインってのは、男からあげてもいいのかい?」
話しかけてきた女子にそう問いかけると、顔を赤くしながら焦り始めた。
「あっ、男性の方でしたか! 素敵な柄の着物でしたから女性の方かと……でも、男性からチョコレートを差し上げるのも良いと思いますよ。いつだって好きな人に好きな物をプレゼントされたら嬉しいでしょう?」
そう言われ、それもそうだな、と返事をし、あいつの顔を浮かべながら甘めのチョコレートを買って帰った。
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「ただいま」
挨拶をして履き物を脱いでいると、いればいつもすぐ迎えてくれる銀時が来ない。
鍵は開いているし、あいつの履き物はあるからいるはずだ。寂しさを覚えつつ家の中に入り、台所の前を通った時、
「あー……あいつチョコなんか食べるのかなー 多分喜ばないよね。もう作るのやめちまおうかなー」
ぶつくさ言いながらも手だけはテキパキ動いていた。何を作っているのかわからないが、ここで声をかけたら作るのをやめてしまうかもしれない。そう思い、俺は気配を消して柱の影に隠れた。
「俺は甘いのが好きだけど、俺に合わせたら甘ェって文句言うだろうし……文句言われたら自分で食えばいいんだけどさ」
甘いものは好んで食うわけではないが、嫌いなわけはない。だから銀時の作る甘い卵焼きだって文句を言った事はないんだがな。
銀時の作る物は何でも美味い。
昔からそうだし、共に暮らすようになってから更に美味しくなったと思う。
そんな事を思いながら銀時の菓子作りを柱の影から見守った。
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ぶつくさ言いながらの菓子作りが終わったのか、静かになった。こうなると逆に姿を見せるタイミングがわからなくなってきた。
「ま、こんなもんか。てか、今何時だ? えっ、もうこんな時間かよ! 高杉帰ってくんの遅くね?」
気にされたのが良いタイミングだと思い、柱から一歩踏み出した。
「ただいま、銀時」
「っ! えっ、お前、いつからそこに……もしかして見てた?」
「……あァ」
その瞬間、ぼんっ!っと音がしそうなくらい銀時の顔が赤くなる。
「マジかよ……」
両手で顔を覆ったところで俺は買ってきたチョコレートを銀時の手にコツンと当てた。
「んん、何?」
「気配を消して見てたのは悪かった。お前が俺の為に何かしているところを見ていたくてな。これは詫びだ」
当てられた物を確かめるように目を開ける銀時。
「これ、チョコレート?」
「あァ。街が賑わっていたからな」
「お前が渡す方、似合わねーよ。けどまあ、折角買ってきたみたいだし、貰ってやる」
そう言いながら銀時は俺のチョコレートを受け取る。
「なら俺はその机にある出来たてのをいただくぜ」
そう言って反応を待つと、また少し顔を赤くした銀時がラッピングしたばかりの菓子を俺に差し出した。
「……どうぞ」
「ありがとよ」
「甘くて食えなかったら俺が食うから返品しろよな」
「銀時、俺ァ甘いもんが嫌いなわけじゃねェよ。だから饅頭もどら焼きも好きだ」
菓子を受け取りながらそう言った。
「そうなの? お前が甘い物食ってるところあんま見た事なかったから……じゃあ今度パフェ食いに行くの、付き合えよな」
「あァ、いいぜ」
銀時とやりたい事が増えていくのは嬉しくて、自然と表情が緩んだ。
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バレンタイン話でした。
最初は高杉が銀時にチョコレート渡してお前、バレンタインってのは女子が男子にチョコ渡す日だぜって言われて終わる予定だったのが、互いに渡す話になってしまいました。
でも隠居1年目にしか見れなさそうな光景が書けて楽しかったです。