世界はそれをジュウォンが来る。
冷蔵庫を開けて剃りたての顎を触りながら、ドンシクは残り物の入ったいくつかの保存容器を眺めた。
ハン・ジュウォンは、法と原則と流通期限を守る男だ。消費期限だっけ?まあどっちでもいいか。
とにかくそういう、食べ物の期限にすこぶるうるさい。買ってあったキムチを出したら期限が一週間切れていた時なんか、信じられないという顔をして怒られたが、その時は我慢できずに爆笑してしまった。たいていのキムチには期限なんか書いてないのに、それはソウルの友人がくれたやつで、なぜかそういう無駄な仕様になっていた。本当に無駄だ。母が毎年秋口に作っていたやつなんか、何ヶ月もかけて食べていた。
食品の期限にうるさいハン・ジュウォンは、保存期限のない手作り惣菜に関してはさらに鬱陶しい。常備菜だと言うのに、三日もすれば捨てろと言う。神経質を通り越して趣味みたいなもんなんだろうと思う。面白いので気にはならないが、単純にもったいない。ジェイの作ってくれたものくらい見逃してくれてもいいのに、ジュウォンは嘘をついてごまかしてもなぜか何日経っているか大体のところ当ててしまう。臭いをかぐとか観察するとかでなく、保存容器の蓋を開けてすぐに何日めくらいか当てる。違うと嘘をついても、嘘だとバレる。合ってると言ったら、モノによっては容赦なく捨てられる。面白い。
でもやっぱりジェイのだけは捨てられるのが惜しいが、ジェイのくれるものはいつもちょっと多い。一人で行く時には決まって、ちゃんとしたものしっかり食べないとだめだよ、と言って大きな容器にみっちりくれるので、その日からそればっかり食べることになる。別に毎日同じものを食べても気にならないドンシクは、だから慌てることもなくのんびりそれを食べ続けるのだが、それもジュウォンには理解できないらしい。奴は毎日どころか、続けて同じものを食べるのさえあまり好きじゃない。お坊ちゃんだからなあ、としか思わないが、お坊ちゃん自身はそれを隠そうとしている節がある。庶民の感覚に合わせようと努力しているようだが、そんなことはしなくてもいいし、たぶん無駄な努力なのに諦めないで頑張っているのが愛くるしくさえあるので見守っている。どうせ言ってやったところで、納得するまでやめないのだろう。
そういう奴が来る。
今日はそれ以外に予定もないし、神経質な若者のために冷蔵庫の中を片付けておこうかなあと思って開けてみたのだったが、まあ、かといって捨てるのも忍びないものばかりだし、どれも一週間はたっていないし、直接箸をつけてるわけでもないしなあと考えてみたら片付けるものがなかったので、急に煙草を吸いたくなった。ねちねち禁煙を勧めてくるのをあしらうのも楽しいのだが、副流煙は気になるので一応前途ある若者の前では吸わないようにしているのだ。
冷蔵庫を閉め庭に向けて開け放したリビングの窓の方へ行きながら、ポケットから煙草とライターを引っ張り出して火をつける。最初の一服が庭に霧散した。さっき水をまいたので、木々の葉や草が昼前の陽光にきらめいてきれいだった。鍵のない門扉はまだ開きそうもない。それはそうだ。今日来るというメッセージが来たのはさっきだ。それがどういうタイミングなのかわからないが、奴は前々から綿密に計画を立てて来るか、悩んだ挙句に突然来るかのどちらかが多いので、今回は十中八九後者だろう。疲れる案件でもあったのかもしれない。冷静でないハン・ジュウォンは危なっかしい。こういう時ドンシクはわりと本気で、無事に顔を見せてくれることを願ってしまう。
もうすぐ吸い終わるなあというところで、どこからともなくエンジン音が聞こえだした。おや、と思っているうちにそれは家の前までやって来て、門扉の向こうに停まった。ドンシクはたまらず笑ってしまう。ドアが開いて怪訝な顔が現れる頃には、声を出して笑っていた。
「…おはようございます」
「あっはっはっは!いやあ、お早うございます、ハン警部補!」
「なぜ笑っているんですか」
「だってお早うすぎるだろ。あなたちゃんと寝てるんですか?」
「昨日は早番で、早く寝たら起きたのが早すぎただけです」
「そんなに早く寝たんですか」
「…疲れていたので」
やっぱり後者だったようだ。目の下の隈や少し削げた頬に疲労の残滓はあるが、顔はすっきりしているので片付いたあとで泥のように眠ったのだろう。疲れが取れるほど眠れたのなら、心を蝕むような案件ではなかったようだ。それでも人の起こす事件は、多かれ少なかれ悲しい。追う時間に比例して心身がすり減っていく。体はどんなに疲れようが、食べて寝ていればやがて元に戻っていく。けれども、心はそうはいかない。
ドンシクは、窓の桟で煙草を揉み消した。
「そんなに疲れてるのに、運転して来たの」
「…疲れは取れています。運転に支障はありませんでした」
「それは何よりでした。まさか疲労を押してまで俺に会いに来てくれたのかと思いましたよ」
「そ」
反射的に返そうとしたのは、きっと買い言葉だったのだろう。いつもならドンシクの揶揄には脊髄反射で憎まれ口を返してくる。けれども、今日のジュウォンはそれを飲み込んで逡巡するようだ。窓に半身を預けて、ドンシクはその先を待った。
「…それじゃ、いけませんか」
少し拗ねたような顔でそんなことを言い出すので、堪らず笑った。
「大歓迎だよ。おかえり、ジュウォナ」
ほこりと頬に色が戻る。もごもごと、ただいま、と言うジュウォンは、それをいつもとても大事そうに言う。そんなご大層にいちいち想っていられないくらいたくさん言えるようになったらいいなあ、とドンシクは思う。すり減った心を取り戻すために、こうして選ばれる場所であり続けてやれるといい。
ポケットからキーケースを取り出したジュウォンが玄関へ向かうのを見守りながら、あ、と思ったがもう遅かった。鍵穴に差し込んで回す。その手応えの無さに、ジュウォンがこちらを睨む。
「…ドンシクさん」
「いやあ、癖って怖いねぇ」
「癖を治せないなら、オートロックにしてください。そうでなくても、まず寝る前に、戸締りを、してください!」
「あーわかったわかったから、ほら早く入ったら?開いてんだし」
「ドンシクさん!」
「わはは!こわいこわい」
頭を引っ込めると追いかけるように玄関のドアが開いて、ジュウォンがどかどか上がってくる。それからもう何度目かわからない「戸締りのすすめ」をくどくどと説教されながら、お茶を入れた。のらくら聞き流しながらも少し内容が増えていることに気づいて、真面目だなあと感心する。毎回律儀に説教をするのもそうだが、新しい情報を更新してくるのも真面目が過ぎる。こいつはちゃんとくだらないこととかどうでもいいこととかを考える暇があるのだろうか、と少し心配になった。
「飯は食いましたか?」
「まだです」
「朝も?」
「…起きたのが早すぎたので」
「じゃあ何か食わないと。ちょっと待ってな」
ソファに座らせてお茶を持たせ、思わず頭をひと撫でして台所へ来てしまってから、あ、しまったな、と思った。昔はよくジフンやミンジョンにしていたけれども、さすがに成人してからは控えていたのに、長年染み込んだ癖というものは恐ろしい。冷蔵庫を開けながら、さりげなくジュウォンの方を伺ってみると、頭に手をやって反芻するようにぽんぽんとやって、神妙な顔をしていた。思ったより悪くなかったようなので、見なかったことにしておいた。頬が緩むのは耐えられなかったので、鼻歌でごまかした。
「…これはいつのですか」
「失礼だなあ、今作ったじゃないですか」
「具に使ってるキムチの話です。またいつのかわからないものを食べてるんじゃないでしょうね」
「アイゴー…せっかくあなたのために作ったのに、腐ってもいないキムチが入ってるから食べてもらえないのかあ。仕方ない、これはぜーんぶ捨てて、カップ麺でも出しましょうか?」
「…いただきます」
「ええどうぞ」
しかめっ面で箸を取ったジュウォンににっこり笑って、それは一昨日開けたばっかりだし期限の書いてある工場生産のキムチでもちろん期限内だと言ってやると、さらに嫌な顔をして睨まれた。そのくせ食べるのはやめないし、黙々と食べ続けているのを見るとお坊ちゃんの口にも合ったようだ。料理なんかレトルトをあっためるとかせいぜい袋麺を作るくらいしかしないから、米と出汁とキムチをごった煮しただけのほぼ即席みたいなキムチ雑炊だが、空腹は貧富の差を超える最高のスパイスらしい。ドンシクは冷めたお茶をすすりながら、ほとんどガツガツ食べているわりにお上品に見えるなんてもはや芸だな、などと考えながら見ていた。
「ごちそう様でした」
「美味かった?」
「…はい、とても」
「そりゃ良かった」
「片付けます」
「じゃあついでにお茶のおかわり」
「はい」
ポケットからハンカチを取り出して汗と口元を拭うと、ジュウォンは頬をほこほこに染めたまま空の器と二人分の湯呑みを持って台所へ行った。なんだか幼い子どもに手伝いの真似事をさせているみたいな微笑ましい気分になった。
「茶葉はどれですか」
「なんでもいいよ」
「…この保存方法はどうかと思います」
「え?どれのこと?」
「全部です。密閉容器に入れないと湿気りますし、最悪カビが生えると言ってるでしょう。この間僕が持ってきた容器使って、ちょっとこれ蓋開いてるじゃないですか、蓋しないと密閉容器の意味、あーこれコーヒーの粉、うわ酷いな、もう香り飛んでます。ドンシクさん、このコーヒーいつのですか?」
「ふ、あははは!コーヒーもだめかあ!」
「も、ってなんですか?あまり飲まないなら、個包装のを買ったらいいじゃないですか」
「ふふ、そんなのどこに売ってんですか」
「スーパーにもあります」
「いやぁ、きっとこの近くにはないよ」
「あったら今度からそれにしてくださいね」
あとで確かめに行きましょう夕飯の買い出しも行かなくちゃいけないので、と当たり前みたいな口ぶりでそんなことを言うので、ドンシクはさらに笑ってしまう。だいぶ図々しくなってきたので、よしよしと思う。こいつは一生変な遠慮なんか身につけなくっていいのだ。
「でも今まで気づかなかったじゃないですか、俺だって腹壊したことないし」
「これまで大丈夫だったのは、たまたま運が良かっただけです。今後は気をつけないと最悪死にますよ」
「死ぬかあ、それは困るね」
「困ります。…困ります」
「わかったわかった、気をつけますよ」
ジュウォンは近頃、まるで母親みたいにドンシクの体調を気にかける。お互い様ではあるが、ジュウォンのそれは時に過保護すぎるところがある上、何よりも一回り以上歳上のおじさんにするものではない部分が大いにある。なんとなくだが、年寄り扱いというよりかは、幼い子どもの世話を焼くような口ぶりなのだ。
勝手知ったる慣れた手つきでたぶん紅茶を淹れ始めたのを見やりながら、ちょっと笑ってしまう。面倒に思わないこともないが、ドンシクはジュウォンが何をしようがわりとなんだっていいと思っている節があるので、まあ別に奴がそうしたいと言うならなんだってやってやろうかなと思ってしまっている。自分では考えもつかないようなことを常識みたいに出してくるのが単純に面白くもある。
だんだん紅茶の香りがしてくる。自分で適当に淹れるときはこんなに香らないのに、ちゃんと淹れると安物でも本領を発揮するのだなあと感心してしまう。ジュウォンがこの家で我がもの顔に台所を使うようになってしばらく経つのに、ドンシクはこの香りを嗅ぐといつも新鮮に感動する。
「ありがとうございます」
「いえ」
「あれ、こんな良いカップあった?」
「以前マニャンの家に行ったとき、食器棚を整理していたじゃないですか」
「あー、あったね。あの時は助かりました」
「あの時も言いましたが先に言っておいてくれたら休みを取れるので今度からは突然一人でやろうとせずに事前に計画を立てて家の整理の日程を」
「わかったわかったもう一人でやんないよ、この間ので懲りました。で、あの時に見つけたんですか?」
「…戸棚の奥にありました。箱に入っていましたが新品ではなさそうだったので、来客用か大切に使っていたものでしょう。捨てるにはきれいだったので、持って来ました」
「へぇ、こんなのいつ使ってたのかなあ」
ソーサーとカップを一緒に持ち上げ、しげしげと眺めてみる。全体に花が描かれていて、ソーサーにも同じようなのが散りばめられている。食器なんか役を果たせばいいものと思っているドンシクにはそれがどんな良いものなのか見当もつかなかったが、きっと母が大切にしていたもののような気がした。
「あの」
「ん?」
ジュウォンの淹れた紅茶は美味い。茶の良し悪しのわかるような上等な舌ではないが、いつも美味いと思う。ありがたく味わってゆっくり飲んでいると、ジュウォンが突然しおらしい顔になってもごもごと言い出した。
「今日は、突然来てしまって、すみません」
「なんですか今更、大歓迎だって言っただろ」
「それでも、時間だってマナーを欠いていたと思います」
「はは、マナーね」
「ドンシクさんにだっていろいろと予定があるはずですし」
「あったっていいよ。勝手に来て、勝手にやんなよ。俺に用があるなら別ですが」
「…用は、あります、いつも」
ごくりと紅茶を飲み込んでカップをソーサーに戻す。
「大変な事件でしたか」
働き者の若者は、繊細なカップに目を落とした。子どものように頬が白いので、隈が余計にちぐはぐで目立って見えた。
「いえ、結果だけ見れば失踪者は五体満足で家に戻れましたし、家族もみんな無事でした。捜索から発見、解決までの過程にはいろいろありましたが、悲しむべきことは何も、最終的にはありませんでした」
「ふむ、それは良かったじゃないですか。一件落着、すっきり爽快」
「…なぜ爽快じゃないのでしょうか」
呟く声は淡々としている。
「こんなのは氷山の一角です。こうして一人を助ける間に、その何倍もいなくなって、どこにも帰れず、彷徨って、酷い目にあっている人がいる。その家族はさらに何十倍にもなるでしょう。自分のしていることが無駄だとは思いません。一人でも、助けられる方が良いです。…でも、昨日は起きていられなくて、帰ったらすぐ寝てしまって、明け方まで一度も目が覚めませんでした」
ジュウォンは、両手のひらを広げて見下ろした。
「この手でできることなんて、ほんの少ししかないと思いました」
こういう時にどんな声を出せばいいのか、こいつは知らないのだった。わずか寄せられた眉間にほんの少しの感情が滲み出るだけで、否応なしに振り回されるような荒れ狂う激情とは違う、静かに滞留する思いとどう向き合えばいいのか知らないで途方に暮れている。
背負わされた過剰な期待は少年の心を押し殺し、些細な意志をすり潰してきたのだろう。何を是とし、何を非とするか。何を好み、何を厭い、何が心を動かすのか。体の中に少しずつ溜まっていくその小さな声こそが、自分の行き先を決めていくというのに。
ドンシクは、努めて静かに口を開く。
「それじゃあ、あなたはどうしますか、ハン・ジュウォン警部補」
少年の柔らかさを残したままの頬が、精悍な頬骨を覆っている。半分だけ立派な大人になって、もう半分は無垢な少年のままでいる。どこへでも行けると知らないでまっすぐにここへ来て、なんにでもなれるなんて考えもせずにできないことばかり数えている。
この胸の中に怒りがある。
理不尽を強いられた哀れみなどではない。もっと利己的で横暴で、誰のためにもならない。ただ、この男を過去から引き剥がしてやりたかった。
それをすっかりしまい込んで、わずかに揺れる少年の瞳を見返した。
「手の届く範囲を確実に助ける人間もいなくちゃいけないし、そういう人間をできるだけたくさん育てる人間も必要だ。あなたは、どちらにでもなれる。単純に能力というのもそうだけど、あなたはあなたのなりたいものになれる。なったらいい」
「…どういう意味ですか」
「確実に一人を助けられる場所に居続けるのか、助けられる人間を増やす立場になるのか、あなたはどちらになりたいですか。どちらになってもいいし、まったく別の道を選んでもいい。…何にもならなくてもいい。正解みたいなものはないし、誰もあなたに指示しない。あなたのなりたいあなたは、あなたにしかわからない。さて、どうしますか」
開いた両手を閉じられないまま、僕は、と呟いた先が出てこない。考えたこともないのか。誰にも憚ることなく、自分の声だけに耳を澄まして、まだ見ぬ未来を想像したことが。
ドンシクは、この男がどんなによくできた人間なのか知っている。毎日ちゃんと体も壊さず生活をして、お節介なほど自分ではない誰かを大切にできて、人を傷つけたことを悔やむことができる。それだけできればいいのだと、誰もこいつに言わなかったのか。
誰も助けられなくてもいい。何もできなくてもいい。息をして、生きているだけで、顔を見せてくれるだけで、それだけでいいのだと。
燃え上がるこの怒りは、束の間ジュウォンを慰めるのかもしれない。怒りのままに、あなたはあなたのままでいいと抱きしめてやれば、癒える心もあるのかもしれない。そうしてやれば楽だろう。けれども、それではジュウォンは前に進めない。どこへも行けない。
ドンシクは、慎重に言葉を選んだ。
「ジュウォナ、あなたはなんでもできる。なんにでもなれる。いつもそれを考えておくといい。何ができるか、何をしたいか。…でもね」
どんな時でも澄んだ色をなくさない眼差しを受けとめて、どうか伝わるといいと思う。
「俺はいつもあなたを歓迎するよ。何人助けようが、誰も救えなかろうが、なんになっても、なんにもならなくっても、朝でも夜でも、いつでも顔を見せて」
ジュウォンの頬に、少しだけ元気が灯る。
そうだ、こいつは元気でいてくれたら、それでいいのだ。ずかずか人の家に入ってきて、くどくどケチをつけて、怒ったり笑ったり、時には泣いたりして、変な遠慮も、気遣いもいらない。ありのままのジュウォンでいたらいい。
そうしてまた疲れて重たい過去に埋もれてしまったら、いつでも、何度でも、ただのジュウォンを掘り起こしてやる。背中を叩いて、自分の輪郭を思い出させてやる。それくらいなら、いいだろう。
「…前から思っていましたが、ドンシクさんは、僕に対して少し甘すぎると思います」
「なんだ、いきなり元気になったな?」
「僕はずっと元気です」
「あは、ずっと元気か、そりゃいいや」
「例えばあなたが疲れているときに、いきなり僕が来たら嫌でしょう」
「まあ、嫌じゃないけど、相手はできないかもなあ」
「…別に四六時中いてくれなくても構いませんが」
「ええ?だってさっきいつも俺に用があるって言ってたろ」
「それは…言いました、けど…」
「どんな用ですか」
「ぐ」
「なあ、どんな用、ジュウォナ」
しかめっ面になったジュウォンが、ぎり、と睨むように見据えて言った。
「…あなたに会いに来てるんですから、あなたが用です」
ドンシクは、耐えきれずに笑った。どうやら、こちらばかりではなさそうで安心した。
何かのために生きるとか、誰かの期待に応えるとか、そんな生き方はしなくていい。やりたいようにやったらいいし、元気に生きていてくれたらそれでいい。あの日方便に使った約束も、寄って立つものがいらないのならそれに越したことはないのだから。
なんにでもなれる、どこへでも行けるハン・ジュウォン、いつでもその背中を押してあげるから、世界中のあらゆるものからここを選んで会いに来い。それくらいは、いいだろう。
「じゃあ来てくれないときは、俺は用無しってことか」
「曲解です。毎日なんて来られるわけがないじゃないですか」
「毎日用があるんですか?」
「…あったら駄目ですか?」
やけくそみたいな顔をして言う。あんまりかわいいので、腹を抱えて笑ってしまった。
「大歓迎だよ!」
おわり