夢同じ夢を何度もみた。夢はいつでもよくできていた。
あいつは、いつも隣に寝ている。アジトかあいつの部屋かどこかの狭いベッドで、明かりはなく、こちらへ無防備にさらしている寝顔だけが見える。俺はいつもそれが夢だと知っていて、だから遠慮なく、急いでそいつに覆いかぶさる。せっかく夢なのだから、さっさと食ってしまわなくてはならない。
けれども、そいつはいつも俺の毒牙がどこにも触れさえしないうちにぱちりと目を覚ました。すると俺はもう何もできなくなって、気がつくと二十歳の窮屈な自尊心に押し込められてそいつとケタケタ笑っている。もはやベッドの狭さも部屋の暗さもよそよそしく俺を無視して、俺とそいつの間を鉄壁に埋めつくす。俺は結局そいつが温かいのかどうかさえ知ることがないまま、話すそばから忘れてしまうようなことばかり話してゲラゲラ虚ろに笑うのだった。
目が覚めると、俺はいつまでも見慣れない刑務所の天井をしばらく眺めた。そうしているうちに、だんだんと罪悪感やら良心という人間らしい重しが胸のうちに溜まってくるので、それでようやく恐るおそる起き上がる。ずしりと体の重さを感じれば、俺は今日も一日ちゃんと地獄に繋がれていられると安堵する。
この頃は体調の良い日がない。
体は自分のものでないようにぎこちなく、頭はいつも薄衣が一枚かぶったように曖昧で遠く、世界は常に色褪せて見えた。飯が美味いと思ったのはいつが最後だったろうか。不味いとも思わないが、食事にはもはや一片の楽しみもない。それでも、出されるものを食ってさえいれば体は健康を保ち続けた。
安穏とした地獄の日々は瞬く間に過ぎ去り、出所の日が近づくにつれて夢はいっそう鮮明になった。
たった一人の親友が何度か手紙をくれたが、俺は初めの一通を途中まで読んだきり、以降は封さえ開けなかった。慈悲深い親友は昔から俺のことをよくわかっていたから、あいつのことをほんの一言書き添えたのだ。おそらく、元気にしている、という程度の、生きているということしかわからないくらいのわずかな情報であったのだろうが、俺はその名前を見た瞬間に手紙を破り捨てそうになった。そこで読むのをやめた。
たぶん俺の人生はあいつに食われたのだ。
はっと目を開けると、隣にそいつが寝ていた。見間違えることのない癖毛が、真っ白いシーツに散らばっている。今夜こそ食わねば。俺は慌てて手を伸ばして引き寄せると、そいつの瞼が開かないように胸に押し付けた。ついに触れることのできたそいつの体は、どこを触っても何も感じなかった。
(なんだよ、どうした?)
寝起きの顔が、俺の腕の中から、俺を見上げた。夢にも見られなかったほど、俺はもうずっとこの景色に焦がれていたのだった。俺にしか打ち明けない秘密を抱えたこいつをここに閉じ込めて、俺だけがこいつのすべてを見る権を得る。それが叶うなら、俺は他の何を捨てることもできた。
そいつが俺の名前を呼ぶ。俺はそれを食った。
夢はやはりよくできていた。
天井には色が無く、喉はからからに乾いて、全身に汗をかいていて気持ち悪かった。うっかり起き上がると、重しのない手が親友の手紙を軽々と引っ張り出し、次々と俺に読ませた。
親友は本当に慈悲深く、そしてやはり俺をよくわかっていた。
あいつの名前など、一度も書かれていなかった。
俺は手紙を隅々まで読み尽くした。一枚いちまい丁寧に。
俺の人生は、あいつに食われたのだ。
出所の日が怖くてたまらない。
この地獄から放り出されて、俺は、あいつを探しにゆかないでいられるのだろうか?
もし一目でもあいつを見てしまったら、俺は。
もしその時、あいつが俺を見てしまったら。
その目が軽蔑に歪み、俺が、ついにあいつの人生から消えない染みになれたことを目の当たりにしてしまったら。
俺は。
手紙の上に涙が落ちたので、服の袖で丹念に拭いた。
俺は、もう二度とあいつに会えない。
だってもしいつかどこかで何かどうしようもない奇跡が起きて、あいつが俺に会いに来るかもしれない。
そんなことは絶対にあり得ない。
だから俺は一生死なずに、あいつが会いに来てくれるのを待ち続けなくてはならない。
俺にはもうそれしかチャンスがない。俺はそのほんの一筋を、どうあがいても手放すことができない。ここはあいつの胃袋の中なのだ。
これから先、俺はあいつが会いに来ない日々を数えて生きるのだろう。味気ない世界で、気が狂うかもしれない。でも気が狂ったら、俺はきっと迷わずあいつの元へ駆けて行って思いきり食い散らかすだろう。そうすれば、あいつは今度こそ俺を殺してくれるだろうか。
夜が明ける。
わずかな灯りも一人の道連れもない、暗夜の道をただ歩き続ける。
俺のもとへ朝が来ることはない。
了