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    ymym4989

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    ymym4989

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    燐一同一プロット企画に参加させていただきました!

    韜晦お天道様が一日のうち、一番高いところにいる時間。一彩はその下を歩いていた。
    この鳴き声の波を蝉時雨と表現した先人はとても感性が豊かだと思う。
    ジリジリ。ジリジリ。
    何重にも重なって聞こえるこれは確かに強い雨の音のようだ。
    一彩には火を焚いているときの音にも聞こえた。あとはお肉を焼いているときの音だ。日差しが強いことも“じりじり”と表現するのをニュースで、たくさんの生き物の鳴き声を“合唱”と呼ぶことを藍良から教えてもらったので自分の使っている言語は奥深いものだ、と感心する。
    『オノマトペ』というのだと学び、それだけで辞典ができるほどさまざまな用途を持つ言葉。“ぶーぶー”もその一つだと知ったときはさすが兄さんだ、と思わず破顔してしまった。
    落ちゆく様子を見せない隆盛の太陽を背負い、一彩は早く汗を流そうと駆け足で帰路に着く。
    学校帰りとは言うもののいまは“夏季休暇”の期間だ。用事を済ませた後、部活動で汗を流してきただけでもある。仕事もオフの日……つまり休みの日だから時間はたっぷりあった。図書館で借りた本を一気に読んでしまうのもいいけれどじっくり読むのも捨てがたい。さあどうやって過ごそうか。そんなことを考えていると寮の玄関先で兄を見かけた。
    背が高く、赤い髪色が門の隙間から見えたので手を振りながら声を掛ける。
    「兄さん!」
    見間違いではない。気配も彼だ。おおきくてあたたかくてだいすきな気配。現にこうして兄と呼べば手を振り返してくれる。
    アーチ屋根を支える柱に背を預けている彼のもとへ駆け抜ける。
    姿を見かけると逃げられてしまうことはよくあったけれど、こうやって待っていてくれることもある。
    胸に飛び込んで愛を伝えようと二の句を続ける前に思いがけない一言が降ってきた。
    「なぁ、一彩。釣り行くか?」
    「行く!行くよ!」
    この一言に一も二もなく頷いた。
    都会の遊びではない、昔一緒にした遊びを兄から誘ってくれた。それだけで頭に描いていた休みの予定はすべて白紙に戻される。飛び跳ねたいくらい心が躍った。
    見上げた兄は秘密の場所で昼寝をしていた自分を起こしたときの顔だった。
    「そうと決まれば準備をしなければ!兄さんも指輪とかアクセサリーは外しておいた方が錆びつかないと思うよ!あ!動きやすい格好に着替えてくるよ!念の為にタオルと水分を持ってこないと!日焼け止めも塗り直したほうがいいかな?」
    たくさんやることが思い浮かんで口から飛び出してくる。はしたないほどはしゃいで一緒に寮内に入ろうとした。
    だが、それを阻むように兄は進もうとする一彩の手を掴む。決して逃げはしないのに。どこにも行きはしないのに。
    振り返った先にいる兄の顔は暗がりに入ったせいか目が眩んでよく見えなかった。
    「いいよ、そのままで」
    「でも……皆に一言くらい」
    「大丈夫だから」
    多弁な兄にしては言葉少なな様子だった。どうしたのだろうと首を傾げる間に手を引かれ、おおきな雲が日陰を作ってくれている下の道を往く。
    風に押される雲の下を沿うように歩くのはまるで影踏みのようだと思った。
    「どこに釣りに行くんだい?」
    「ないしょ」
    「ふふ、着いてからのお楽しみということかな」
    「そうだな」
    握手をするのは相手の内面を見ることだと教えてくれたのも兄であった。脈拍、発汗、力の込め方。それらを意識的に操るのが上に立つ者であり、人を騙すものであるのだと。だからこそ、手を繋ぐという行為は気を許していなければできないことなのだと。
    普段は昔のように手を繋いでくれる機会が少なくなっていたので嬉しくなってしっかり握り返した。兄の手はひんやり冷たくて一彩の熱がじわじわ移っていくような気がした。
    「ふふふ」
    「どうした」
    「兄さんと川遊びがまたできるなんて夢みたいだ」
    「夢じゃないよ」
    「そうだね」
    ガタンゴトン。向かう先で電車の往来が聞こえる。それに負けない蝉の大合唱はあの頃、聞いたものと少しだけ違う。きっと生息している地域が違うのだろう。兄なら知っているはず。後で聞いてみたら教えてくれるかな。
    そうして踏切を越えた。
    おや?と思ったのはそこからだった。
    渡った瞬間、カンカンカン。遮断器が降りてくる音がして、気がついたら森の入口と呼べる場所にいた。
    目をぱちくりさせていたら「あっちだ」と手を繋いだままの兄が先導してくれる。
    振り向いてはいけない。なんとなくそう思ったので咄嗟に目を閉じれば「いい子だ」なんて褒められた。あれよあれよという間にやってきた故郷のような深い森の奥。
    都会では見られないきれいな川が悠々と流れていた。
    あれ?電車に乗ったり、バスに乗ったりしたかな?とまた一彩は首を傾げた。
    「いつの間に来たんだろうか」
    制服のまま獣道を歩いた割にはきれいな靴先を見つめていると川縁で兄が手招いている。とことこ近寄れば示された水面は透き通っていて、悠々と泳ぐ魚たちや水黽の姿があった。
    「わぁ……!きれいな川だね」
    先程までの暑さはどこへやら。抜けてきた林間は木陰の宝庫。虫や鳥の鳴き声はすれど都会の音は聞こえてこない。時折風が抜けてきてとても涼しい。おおきく息を吸い込んだら懐かしい空気が胸いっぱいにひろがった。土と水と木の匂いだ。
    「入るか」
    「ウム!」
    腰に巻いたシャツを解き、その上に腕時計、指輪、ブレスレットを置いた兄に倣う。自分も制服のネクタイと携帯端末を置いた。近くに靴も揃えておく。靴の中に脱いだ靴下が脱皮したての様で収まっているのが面白かった。
    裾をすべて捲った後、そっと足を水に浸ける。ちゃぷん。音を立てて抵抗を受けながら足の裏に小石の存在を感じる。すべすべで気持ちが良い。
    かざしたてのひら、ゆるく閉じたまぶたの覆いを通り抜ける白くあつい光を浴びていたら、びしゃりと頭から冷やされた。
    「厶……!」
    「ははは!」
    ぼたぼた滴る水の隙間からケラケラ笑う兄の姿が見える。お返しに足で蹴り上げたら水のかたまりがヒット・アンド・アウェイをしようとした彼の下半身を襲っていた。ぐっしょり濡れたことに驚いた兄が固まっているのを見て、くふくふ抑えて笑っていたのに我慢できず声を上げて笑ってしまった。
    「あはは!」
    童心にかえるとはこのことだろうか。かえるというほどおとなでもないが懐かしく思わないほどこどもでもない。
    四年ぶりに再会した兄は一彩が知っているだけの兄ではなかった。お互いを知らない時間が育んだものがお互いにある。
    それでも土台というものが誰しもあるはずだ。それがまた垣間見ることができて、一彩はうれしかった。うれしかったのだ。
    気がつけば潜って獲った魚やきれいな石、川辺の花々……虫の王国の再建はできなかったけれど新たな憩いの場をつくっていた。
    カアーカアー。
    日が暮れるのを告げる鳥の声がした。まだまだ太陽は白色の光を降り注いでいるようにみえるが確かに時計は烏が鳴く頃合いだった。
    「兄さん、そろそろ帰らないと」
    兄は黙って濡れそぼった服を乾かすために二人で組んだ火の番をしている。まだ乾いていないから動けないということか。
    「兄さんも僕も明日もお仕事だろう……?」
    じりじり揺れる火をじっと見つめたまま兄は答えない。
    自分と同じいろの目の中にくゆるものを見た。こんな時なんと言えばいいのかいまだにわからない。
    しかしここで帰ろうと言い続けるのは違う気がした。一彩は明日のスケジュールを頭の中で組み立て直す。明日朝早く帰ればなんとかなる。そう判断したので兄の隣にストンと屈み込んだ。
    「フム……では日が落ちきる前に寝床の準備をしないと!野営は久しぶりだからね!」
    膝を抱きしめていた腕を上げ、力こぶをつくりながらそう宣言するとようやく、兄は薄っすらと微笑んだ。
    「ごめんな」
    「なんで兄さんが謝るの?」
    「おにいちゃんだから」
    「そういうものなの?」
    「うん」
    まだ湿っていた服を着たせいか一彩も少し寒かったので、震えた声を出した兄に蟹歩きをしてくっついた。湿った腕同士がくっつくといつもよりぴったり触れているような感じがした。
    「まだまだ甘えん坊さんか」と笑われてしまったけれど、あたたかさにはかなわない。こうしていたいと思ったから甘えん坊にはかわりない。
    思うように言葉がでなかった。くっついたままぐりぐり頭を擦り寄せる。
    頭を撫でてくれる兄からは木の香りがした。
    しばらくそうした後、まだ明るい中、探索に出た。
    一彩が焚べるのに良さそうな枝や葉を集めて帰ると兄は静かに川面を眺めている。その背中にただいま、と声を掛けた。
    「兄さん、釣果はどうかな?」
    すっと指で示された立派な川魚が川とはまた別に造られた池の中で3匹泳いでいる。
    「おお!食い出があるね!」
    「あと一匹釣ったらやめるか」
    「ウム!」
    日がすっかり落ちてきて、濃紺の世界で火がくゆっている。
    その煙は魚の焼けるいいにおいが混ざっている。まだ焼けない。
    はしゃぎ過ぎたのか体力はあり余っているのに眠気に襲われていた。
    ぱちぱち、ぱちん。火の粉が踊る。
    それを繰り返し聞いているうちに瞼がおちてきた。うつらうつら船を漕いでいるといつの間にか兄の膝を枕にしてしまっていたようで起き上がろうとすれば「寝てていい」と戻されてしまう。
    本当にこのままだと眠ってしまうな。
    「一彩、お前はどこへかえる?」と問いかけが降ってくる。
    兄からの問いかけはこの間見かけた砂時計のようだ。さらさらと降り積もっていく。一彩の中で答えが見つかった時、ひっくり返したら同じように兄の中に落ちていくのだろうか。
    一彩のかえるところと聞かれ、思い浮かぶのはまず天城の郷、ALKALOIDの皆と暮らす星奏館、そして……兄の隣だ。
    ぎゅっと兄の服の裾を握る。
    「いま僕がかえりたいと思うところにかえるよ」
    「そうか……いま……たのしい、か?」
    恐るおそる訊ねられたことは毎日実感していることだった。
    そしてずっと兄に伝えたいことだった。
    素敵な友を得た。兄もそばにいる。学校もお仕事も目まぐるしいところもあるけれど色んなことを学べる。だから――
    「たのしいよ。たのしかったし、これからもたのしいはずだよ」
    「そうか……そっかあ……」
    よかった。眠りに落ちる直前、聞こえてきた兄の声は喜色に溢れていた。
    「にいさんがうれしいとぼくもうれしい」
    四年前よりももっと前。それこそずっと手を繋いでくれていた頃の声だった。
    「ありがとう、一彩。かわいい俺の弟」
    ぱちり。
    次に目を覚ましたら、そこは星奏館の玄関だった。
    横になっていたはずなのに立っている自分にぱちぱち瞬きをする。
    どうやら行きと同じく、かえってくるときも突然だった。
    服はすっかり乾いていたし、兄の姿はどこにもなかった。ただ、手に提げているものがただの白昼夢ではないことを物語っている。
    「都会でもあるものなんだなぁ……」
    ここからは見えない己が故郷で起きた事象を思い返す。あの時は本当の兄はどこにもいなくて自分がおかしくなってしまったのかと誰にも言えなかった。
    カアーカアー。
    あの森と同じ鳥が鳴いている。
    時刻を確認すると夕方を過ぎているのにまだ橙色と紫色が混ざり合って夜の色を作り出そうとしている最中だ。
    「あっ!一彩くん居た!」
    「ヒロくんどこ行ってたの!なんで電話出ないの!いきなりいなくならないでよバカァ!」
    ひなたの声につられてぼんやり見上げていた空から視線を戻す。
    飛び込んできた藍良がぽかすか胸を殴ってくるが甘んじて受け入れる。連絡を怠ったことは事実だ。なによりわんわん泣き喚くほど自分のことを心配してくれた彼はやはり得がたい友だと感じるからだ。
    その声につられるように額に汗をかいた仲間たちが寄ってくる。
    「寮の前に鞄だけ置いてあったのをHiMERUが見つけました。とりあえず同室の椎名に預けようと思ったのですが……」
    「どこ探しても見つからへんし、電話も繋がらんからラブはん大慌てしてたんやで」
    「弟さん、学校に行くって聞いてたんでマヨちゃんに伝えたんすけど」
    「隅から隅まで探したのに見つからなくて本当に生きた心地がしませんでしたぁ……」
    「一彩さん、どちらにいらっしゃったんですか?」
    どうやらずっと探してくれていたらしい。ALKALOIDやCrazy:Bだけではなく、同室のひなたくんやここにはまだ戻って来ていない部長、サークルやクラスメイトの皆が総出で探していたのだと聞き、大騒動になっていたことを悟る。
    「皆に迷惑をかけてしまったみたいだ。申し訳ないよ……」
    「そう思うならちゃんと報連相してよねェ!」
    一番最後に姿を現した兄を見て、先程までの出来事を簡単に説明した。
    「僕はずっと兄さんと森で遊んでいたよ」
    「はぁ!?ちょっと燐音先輩ィ!?」
    「んん?どういうことっすか?」
    「知らないっていってたじゃん!」
    「ちょ……オイ!弟くん?」
    「あの人は確かに兄さんだったよ」
    「……」
    肝心な部分がごっそり抜け落ちた言葉に皆はもちろん兄も困惑する。
    だが、一彩の言葉になにか思い当たることがあったのか口を噤んだ。
    「一番焦って探してたのにどういうことォ!?」
    「藍良さん。燐音さんの焦りは本物でした。きっと何かがあるのですよ」
    「そうやでラブはん。ウチのボンクラと違うて弟はんはしっかりしとるやろ」
    それを見た藍良が詰め寄ってしまったので巽がどうどう宥めている。
    「燐音さんではない燐音さんと居たとすれば……何だか神隠しのようですねぇ……」
    「それはまたなんともオカルトな感想ですね……」
    マヨイのうっとりとした考察にHiMERUが渋い顔をしている。
    静かにこちらへ寄ってきた兄の手を握ろうと手を伸ばせば、ぴくりと反応して少しだけ触れるのをためらって引かれる。それでも追いかけてためらいなく握ると諦めたように大きなため息をつかれた。抱きついたおおきな身体はじっとりと汗が滲んでいて、息は少し荒れていた。
    「オメェさぁーあんまらしくないことすンなよ。ビックリするわ。まァ、お年頃らしいっちゃらしいか……おかえり弟くん」
    がしがし頭をかき乱された一彩はまだしていなかった挨拶を大きな声ですることにした。
    「ウム!ただいま!」
    手にした古ぼけたバケツの中で一番立派な川魚がちゃぷんと跳ねた音がした。
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