蒼生×玲(1-2)玲と付き合うことになってしばらく経った。
一応、玲に対してはオレなりの分析…というか、解釈…というか…。少しは分かるようになってきた…と思っている…し、向こうも分かってくれている、と思う。
まぁ、“女心”というものは未だによく分からないが。
これまでのオレは感情を表に…というか、周囲に本音を見せまいとして生きてきた。それが弱みと思われたくなかったから。だからかどうかは分からないが、言葉足らずのところがある。自分が言葉足らずだ、ということは充分理解してるつもりだし、服部班の皆にも度々指摘される。
夏樹やおっさんには『そのままだと玲に愛想尽かされる日も目に見えている』などと笑われたりしている。
いや、そこはもう放っておいてくれ。
そうならないようにオレなりに努力している…つもりだ。
オレだって手放したくない。
オレが言葉にしないせいで、玲は汲んでくれるのだ。
オレが言葉に出さない言葉を。
ほんと、玲には助けられている。
だから、足元を掬われたくない。
コイツの周りにはオレがまだまだ敵わない、と思う連中がゴロゴロいる。服部班の面子もそうだ。
伝えられるものはちゃんと伝えるべきことだとも理解している。
お互い、身体を張った…命を賭けた仕事に就いているのだから、余計に。
大切だからこそ、言葉で伝えなければならない。
第一、それが原因…というか、『手放したくないくらい大事な存在』だから今一歩、この関係が踏み出せないでいるのも事実だ。
キスはしている。それ以上の関係にもなりたい。
いい歳して、ましてや自分が好きな女に『嫌われたくない』、『怖い』などという感情がついてまわるとは、これまでからは想像もできない。
数少ないとはいえ、自分なりにちゃんと恋をしてきたつもりでいる。
…まぁ、それが一般的に言われる正解に近いものか、といえば、そうではないのかもしれないけれど。
玲はオレが言葉足らずで、不器用…って言葉で片付けていいのかどうか迷うが。それって一種の、相手に対する甘えじゃないか?とも思っているし…思ってるならなんとかしろよ、とセルフツッコミをせざるを得ないけども。
こういう面倒くさい思考も、過去も、全部ひっくるめてオレを受け入れてくれているということはちゃんと理解しているし、自分はそこに惚れたのだ、と言わざるを得ない。
…いや、それ以外にも好きなところはあるけれど。
「玲、」
後ろから寄り添うようにして抱きしめる。
名前を呼ばれると嬉しそうに笑う、その笑顔が好きだ。
柔らかい唇に髪、身体。
玲を構成している全てのものが愛おしくて仕方がない。
一度唇が触れると離れがたく、何度も軽く啄む。
そっと手を取ると、力が抜けたその重みが愛おしい。
全てを預けてくれているようで満たされる。
普段、口に出して言えない想いをキスに乗せる。
(……キスで全部気持ちが伝わればいいのに。)
声に、言葉に出さず、そんなことを思ってしまうことはズルいだろうか。
「蒼生さん」
「ん?」
「…好きです」
「!」
「大好き」
キスとキスの間に玲が突然ぶっ込んできた。
「⁉︎」
いや!ちょっと待ってくれ。は?なんだって?
好きって?大好きって?はぁ?オレも好きだよ!
…もしかして今、無意識のうちに声に出てたのか?
いや、相手は玲だし、声に出てても全然問題ないんだけど。
なんなら、改まってよりも無意識で声に出てた方が逆にいいことかもしれない。それくらい想ってるってことだしな。
…と、軽く思考がパニックになる。
「…ちゃんと伝わってる」
だけど、オレから出た言葉は至って冷静な声だった。
すると玲は満たされたように嬉しそうに笑った。
「そっか…それならよかったです」
唇は触れたままでの会話。
…なんなんだよ!この可愛い生き物は…っ!
あぁ、もう!オレのこと、どーするつもりなんだよ…。
………もう、好きすぎておかしくなりそうだ。
なのに、オレからは「好き」の2文字を声に乗せることもできずにいる。
(……オレの気持ちは、ちゃんと伝わってるか?)
そう聞きたかったけど、控えめにオレの頬に触れた玲の手のひらが答えだと思えたから。
どこまでも2人を纏っている空気が甘い。
少しの熱と強さを持った唇で玲に伝える。
(好きだ、可愛い、このまま離れたくない、もっと…)
オレの腕の中で甘く鳴く声が聞きたい。
オレの手で乱れる姿を見てみたい。
「…玲、玲にもっと近づきたい。」
頬に触れていた指先がピクっと動く。
「怖いなら今はいい。でも、今はもう少しこのままでいたい」
玲の肩口に乗せた額が少し揺れる。
「ふふふっ、…蒼生さんはやっぱり優しいですね」
「…え?」
思ってもない言葉が耳元に降ってくる。
「さっきの雰囲気だと、流れでこのまま押し倒してもいいのに」
「いや、さすがにそれは…」
オレの首に玲の腕がまわる。
「嫌じゃないです。…きっ、緊張はしますけどっ!でも、私も蒼生さんのこと…もっと知りたい、って思って、ます…」
徐々に尻すぼみに小さくなっていく声。
今、顔真っ赤なんだろうな。
「…ありがとう、じゃあ遠慮なく。」
「遠慮なく、って…」
独り言のような、少し呆れたように笑う。
ぎゅっと抱きしめてから、玲の手を取って自分の左胸に当てがう。
「オレも、緊張してるから…」
「…ふふ、よかった、一緒…ですね」
強張っていたものがふわっと緩む。
目が合うとどちらからともなく熱を持って重なる唇。
いま、確実に言えることは。
ここから先の時間はいつも以上の、むせかえるくらいの甘さがそこにあるんだ、ってことくらいで。
(あー…クラクラするな…)
多分、今までに自分が感じたことのない“好き”という感情を知ることになるんだろうな。
そしたら改めて玲に伝えようか。
本を読んでいて、そこで出会える言葉や感情を表現する言葉はたくさんあるけれど。
伝えたい気持ちはすごく単純で、簡単な言葉でしか表せないものなのかもしれないな、なんて。