彼色のマフラー 段々と朝の冷え込みも厳しくなり布団から出るのが億劫になってきたこの頃。毛布の暖かさは手放し難いが目覚めると隣にいてくれる恋人がいるのなら少しは踏み出しやすくて。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
既に身を起こしている巳波にくっつくように悠ものそりと起き上がる。
「すごい良い夢見た……気がする」
まだ眠そうにうとうとと抱きついてくる仕草は懐いている小動物のようで可愛らしい。ステージの上で力強く歌う姿とは違うが、これもまた悠の魅力であり好きなところだ。
「しばらくこのままでいても良い……?」
寝起きのせいか普段よりも素直な彼のお願いを断る理由などなければ巳波もこの甘い時間を過ごしたかったのもあり、もちろん、と抱き寄せた。温かくて、良い香りがして、朝から蕩けてしまいそうになる。それでも、まだこのままでいたい。
甘くて蕩けるような時間を満喫して、気がついた頃には時計の針は真上のそばを示している。どちらからともなく昼食を兼ねて外出をしようということになり、二人は心の中でデートみたい、デートみたいですね、などとうきうきしていた。
着替え途中の、まだ上の方のボタンをとめていない姿を見てしまった悠が顔を真っ赤にすると、巳波は長い指で煽るように首筋から肩にかけてをなぞる。
「そんなに良かったですか?」
その仕草は余りにも艶やかで唾を飲まずにはいられなかった。
「亥清さんは本当にここが好きですね」
しばらく目が離せずに理性と本能の戦いが悠の中で繰り広げられていたが、独占欲が勝ち主導権を握る。
「そういうことオレ以外に言ってないとは思うけどさ、言ってないよね?」
ぶつぶつと言いながらもボタンをとめ、自分のマフラーを巻いてくれる姿が愛おしくて堪らない。欲に負けて手を出されるのは嫌ではないが、こういう形でリードされるのも悪くない。
「言わないですよ、独り占めしたいんですか?」
かわいらしい、と笑うと当たり前じゃん、と照れた声で返される。
「ただでさえこの前の雑誌の写真みたいで好きなのにそんなことされたらさあ……ずるい」
「そうだと思って選んだので嬉しいです。随分とあの写真を気に入られていたようなので」
驚いた声が巳波の言葉を遮る。まさか気づかれているとは思っていなかったので混乱してしまう。
「何で!?」
秘密です、とはぐらかされてしまい唇を尖らせながらも悠はマフラーを綺麗に巻く。そんな彼を見て巳波は内心であることを思っていた。
──亥清さんの色のマフラーを巻かれると、彼のものになったんだという実感が湧いて、
そこまで考えてからはっとして悠の目を見る。可愛らしくて、真っ直ぐで、強い瞳。ふふ、と声に出てしまい彼が今度は何?と見つめ返してくる。
「亥清さんにマフラーを巻いてもらえるのはこんなに嬉しいんだなと思ったんです」
「変なの、巳波の方が年上なのに子供みたい」
「それは甘やかしてくれるということですか?」
流石に浮かれ過ぎたかなと思い、口を滑らせたことを少し後悔する。ただそんな気持ちも彼が一瞬で吹き飛ばしてしまう。
「いいよ」
それはステージの上で見せるようなとても強い彼で。でも、この独占欲はきっと他の誰にも向けないもので。
「巳波のかっこいいところも可愛いところも甘えたいところも全部見せてくれるってことでしょ?」
強気に聞かれれば拒めるはずもなく、また拒む理由も一つもなくて小さく頷く。
「私の全部、ちゃんと見てくださいね」
デートの前から甘くて、温かくて堪らない。今からこんなに幸せだったら夜にはどうなってしまうのだろうという期待と胸の高鳴りが二人の中に満ち溢れていた。