きらきらと光る 仕事を終え、マネージャーの運転する車の窓から街を見ればきらきらとした明かりと幸せそうに笑う家族や恋人達で賑わっている。ぼんやりそれを眺めている間に目的地に到着していたらしく運転手の声が聞こえた。
「亥清さん、着きましたよ」
もしかして車酔いしてたりします?と不安そうにする宇都木にぶんぶんと首を横に振ってみせる。
「大丈夫、ちょっと考え事してただけ」
鞄からマフラーと手袋と一緒に個包装の飴も取り出して宇都木に握らせる。疑問符と遠慮が見えたが、返そうとする手からすっと身を引く。
「オレが渡したいんだから素直に受け取ってくれればいいの。寒いし乾燥するしブラホワも近いんだからちゃんと食べてよ」
子供っぽく押し付けてくる悠に何か言い返そうとする間に降りる準備は手早く進められてしまう。
「今日は本当にありがと、また明日会ったらちゃんとお礼するから」
それじゃあ、そう言い車を降りかけた彼にこれだけはと宇都木は慌てて声をかける。
「亥清さん、楽しんで来てくださいね」
棗さんにも、と付け加えられたその言葉を噛み締めながら頷く。
「ありがとう。巳波にもちゃんと伝えとく」
その言葉を聞いて安心したかのように宇都木はそれではまた、と小さく手を振る。
「うん、また明日」
降りてからもしばらく手を振っていたが、やがて見えなくなると待ち合わせ場所へと駆け出した。
「そんなに焦らなくても良かったのに」
駅の前で巳波が待っていて、走ってきた悠にあらあらと乱れたマフラーを直す。慣れた手つきで巻き直されたそれはまるで雑誌の表紙にも使えそうなほどだった。
「巳波のことだから先に着いてそうだなとは思ったけどわざわざ車で近くまで連れてきてくれた宇都木さんもちゃんと見送りたいじゃん」
彼が聞いたらそんなに気にしなくていいのに、と言いそうだが悠としては気になって仕方がなく、そんなところまで含めて巳波は恋人への可愛らしさを感じていた。彼の手を取ると、手袋越しに悠の緊張と嬉しさや期待が伝わってきて思わず笑みが溢れる。
「私もつい先程着いたばかりなので大丈夫ですよ」
ね?と諭す姿は年上の余裕があり、呑み込まれそうになってしまう。それでも、心の中では悠が考えてくれたというこのデートに心を躍らせていた。
「今夜は亥清さんが楽しませてくれるのでしょう?」
もちろん、と力強く答える。今日は巳波が喜んでくれそうなコースを考えてきたのだから。包まれていた手を握り返し、深く息を吸う。
「これから、巳波のこと誰よりも幸せにするから。一緒に……来てくれる?」
感情のせいか、寒さのせいか、彼の顔は真っ赤に染まっていて、それでも瞳は力強く目の前の恋人を離さない。
「はい、どこまでも一緒に行きましょう。亥清さん」
一見街中でするやりとりではないが、この日は喧騒が隠してくれる。だから、この会話は二人だけの秘密だった。
駅のエスカレーターに乗るときも、ホームで待つ時間も、車内から外を見るのも全てが愛おしくて楽しくて堪らない。車両が海の上を走り出すと窓に手をついてうきうきと悠が目を輝かせる。
「すご……もうここからもイルミネーション見える……!」
何回も移動で乗ったことはあっても特別な日だと全てが煌めいて見える。海も、夜景も、今日この日の景色は今だけのものだから。
「確かお食事はあの辺りでしたね。食後に見に行ってみましょうか」
巳波は興味深そうに臨海部の明かりを眺めている。食事も散策もどちらも楽しみだと言いたげな上機嫌な姿に悠まで嬉しくなってしまう。
「やった!良かったら一緒に歩きたいと思ってたからすごい嬉しい……!」
自分のために一生懸命調べてきていたのであろう様々なことを話してくれるのがとても愛おしくて仕方ない。二人で景色を眺めながら語り合えば時間はあっという間に過ぎて、気がつくと目的の駅に着いていた。
駅を出て今晩のレストランに行く途中も会話は絶えず、やがてお店に入ってからもその温かい雰囲気はずっと続いていた。
「亥清さんが私の好きなものを覚えていてくれて嬉しいです」
頬が緩んでいる巳波にふふん、と悠は自慢気な表情を浮かべる。
「巳波が好きなものにしようと思ったのはもちろんだけどもう一つ選んだ理由があってさ、分かる?」
当てて欲しそうな、でも自分で言いたそうなわくわくとそわそわの入り混じった彼につい意地悪をしてしまいたくなる。
「何となくは想像ができますが……きっと貴方の口から聞かせてもらう方が幸せなことのような予感がします」
なんて、駄目ですか?と悪戯っぽく笑うと悠は一度深呼吸してから口を開く。
「喜んでくれそうなところにするのはもちろんだけど、ちゃんと自分が自信を持って一緒に行こうと言えるものしか選んでないから」
だからこれからも期待しててほしいと強い目が訴えている。その瞳に巳波はまた一段と惹かれてゆく。
食事を終えて店を出た後は気ままに灯りに導かれながら海沿いの道へと出た。クリスマスツリーや期間限定の店舗もあって賑わいは絶えない。その中を二人は手を繋いで歩いて行く。人前で、という恥ずかしさも少し無くはないけれどそれ以上に悠から手を差し出してくれたのが嬉しくて仕方ない。それに気がついたのか悠はほっとしたような笑みを浮かべる。
「今日ずっとにこにこしててくれてすごい嬉しい。ありがと」
照れながらも言葉は本当の気持ちそのもので真っ直ぐだった。
「亥清さんがプレゼントしてくれたんですからお礼を言うのは私の方ですよ」
「じゃあオレは巳波の笑顔を見せてもらったからプレゼント交換ってことになるのかな」
それで良いんですか?と巳波が聞くと、一番欲しかったものだから、と悠は満足そうに答える。
「あっでも、もう一つ欲しいものじゃないけど聞いてもらいたいなってお願いはあってさ……聞いてくれる?」
大好きな恋人のお願いとあれば断るはずもない。どうぞ、と頷き次の言葉を待つ。
夜の海にきらきらと光が輝く。その中で一際輝く彼から目を離すことはできない。暗闇と無数の煌めきを背に、悠は笑う。
「巳波が見失わないように、帰って来られる場所になれるようにするから、だから」
彼の歌を、彼の気持ちを、もしかしたら彼自身のことも。
「ずっと歌わせて」
答えはもちろん決まっていた。包み込むように抱きしめ、彼にしか聞こえないように耳元で囁けばそれは二人の約束になる。