サラダボウル〜ラウルとシリル〜 まだ太陽も目覚めたばかりの頃、シリルの意識はぼんやりと浮上した。
近くに身を寄せていたピケとトゥーレは随分前に目覚めたようで、寝ていた形跡はもうなかった。彼らは精霊なので人間のようにたくさんの睡眠を必要とするわけではない。シリルの監視下にいるが、おそらくこの家の主と共に起き、畑にいるのだろう。
サザンドールで起きたあの災害以降もシリルは図書館に訪れていた。
勤めのこともそうだが、書物から学ぶのはシリルの 性に合っていて知識を増やすべく時間を作っては通っている。通うのに辛い距離ではないがここ数日は悪天候が続き、馬車にしても馬や御者の負担は多い。
なので、近場で宿を取ろうとしたのだが、とある家主の勢いに乗せられ、最終的には手厚すぎる厚意に甘えて泊めさせてもらっている。
いつもよりスムーズに朝の支度と日頃から続けている魔術の修行を行い、それを終えるとひと汗を拭って、足を畑に向けた。
すると、ほどなくして和気あいあいとした元気な声が聞こえてくる。
「朝から元気なことだ」
「「「シリル、おはよう」」」
三人分の挨拶が重なる。
「あぁ、おはよう」
家主ことラウルが育てた採りたての新鮮な野菜が籠に積まれている。
「お手伝いしたの」
「そうか、では私は洗うのを手伝おう」
「ありがとう。助かるよ」
ラウルは丁寧に野菜を収穫しているので、シリルは土を拭う為に水道で野菜を洗う。
どさくさに紛れてピケとトゥーレも小さくなったかと思えば水道で身を洗って始めた。
「えぇい、水をこちらに飛ばすんじゃない」
ぱしゃぱしゃと水気を飛ばそうと身を揺らすものだから、シリルの服がじんわりと濡れる。持っていたタオルで拭いてやると大人しくなった。
ここは彼の趣味の畑らしいが、見慣れない野菜もたくさんあって、いつの間にか育てる野菜を増やしているらしい。
「見慣れないが、これも野菜か?」
「あぁ、最近王都で流行ってる野菜らしいんだけど、肥えた土壌じゃないと育たないから高級食材になってて八百屋から相談をもらったんだ」
首に巻いたタオルで汗を拭ったラウルが積まれた野菜を見て話を続ける。
「育ったけどオレも実物を良く知らないし味とかも分からないから、今日試しに卸して調理してみてもらう予定なんだ。シリルも良かったら一緒に行かないか?」
ということでシリルの予定は決まり、二人は王都に来ていた。
王都は貴族御用達の店も多いが、比較的良心的な価格の店もある。言わば穴場のような店である。
ラウルを通して様々な店を知っていることができたのはシリルにも有難い限りであった。
「こんにちわー。野菜持ってきました」
開店前の時刻ということもあって人通りは少ない。
少し前まではご先祖さまのこともあるからと人目を避けていたラウルも最近は気にならなくなったようだ。
待っていましたと言わんばかりに店主は、野菜を受け取る。
「見た目は十分申し分ない。少し待っていてくれるかい?」
第一段階は合格したようだ。テラス席に座って待つことにしたのだが、ラウルは落ち着かないようでうろうろしている。
「なんか緊張するな。こんなにドキドキするのは久しぶりだ」
「七賢人ともあろうものが何を言っている」
「・・・たぶんシリルが想像するよりずっと七賢人の集まりなんて緩いもんだぜ」
それは正直知りたくもなかった現実ではあるが、確かにシリルが知っている七賢人を思い返せば、一癖も二癖もありそうな方ばかりであったので納得もした。
そんな他愛のない会話をしていると、ともなくして食欲をそそる匂いが鼻を掠めた。
「お待たせしました」
まあるい器にたっぷりな新鮮な野菜とグリルした鶏肉が和えてある。
「特製のドレッシングをかけて召し上がれ」
「「いただきます」」
新鮮な野菜はそのままでも美味しいのは、よく採れたてを食べていたので知っていた。
でもこうしてサラダがメイン料理のように食べるのは初めてである。
見慣れない野菜は色鮮やかで、それだけで料理を彩っているし、そのまま食べると少し酸味があって独特だが、ドレッシングをかけるとさっぱりとした風味になってより食べやすくなった。
「美味しい」
野菜のしゃきしゃき感も素材そのものも生かした上で、サラダと言っても肉も少し入っているため、思いのか食べ応えもある。
第二段階も合格といっても過言ではないだろう。
「これってつまり?」
「品質はまったく問題ありません」
ラウルはほっとしたように特大の笑顔を浮かべた。
大量生産ができるようになれば高級料理店だけが独占することにもならないし、たくさんの人が口にすることが出来る。
だが何よりも手塩に育てたものを喜ばれる、それが彼にとっての一番なのだろう。
「付き合ってくれてありがとな」
「こちらこそ礼を言わせてもらおう。とても美味しいものを食べさせてもらった」
すべての野菜を卸し、空の荷台を引きながらの帰り道。
ピケとトゥーレは人前で見せるわけにもいかなかった為、二匹は荷台の上でブドウを一粒つつ頬張っている。
「へへっシリルと一緒だからより一層嬉しく感じたな」
自分は何もしていないのだが嬉しそうにそう言われると照れくさくて、シリルは口をもごもごと動かした。
「またさ、こういう機会があったら付き合ってくれよな」
「……機会があればな」
その返事に満足したのかラウルは鼻歌交じりに身軽に歩き出し、シリルも後に続いた。