薔薇と氷は、持ちつ持たれつ 今日も今日とて、ラウルは畑の中にいた。
暑い日差しは麦わら帽子で遮られていても、額から流れ落ちる汗は止めどない。首に巻いた手ぬぐいで拭って、土弄りをして丸まっていた背中を大きく伸ばした。
それから「よっこいしょ」と、収穫したばかりの人参を抱えられるだけ抱えて、籠に入れる。
すると、どこからともなく冷気が漂ってきて口角は自然と上がった。
「失礼する」
わざわざそんな言葉を告げてここにやってくる人間をラウルは一人しか知らない。
「ははっ来てくれたんだな」
「? 貴様が呼んだんだろう」
「そうなんだけどさ」
シリルは怪訝な顔をしているが、そんな彼の何気ない態度や行動がラウルにはどうしようもなく嬉しいのだから、しょうがない。
「これは手土産だ」
シリルはここに来るたびに何かしら手土産を持ってくる。わざわざ気を遣わなくていいのにと言っても、いいから受け取れの一点張り。
そもそもシリルから言わせれば、ローズバーグ邸に訪問すると帰り際には必ずたんまりと野菜を持たされるので、そのお返しも兼ねているのだ。
だが、あくまでラウルにとってはあげたいからあげているものなので、いつまでたっても野菜のプレゼントと手土産返しは終わることはない。
「それで、この山盛りの野菜は何だ。準備はできているのか?」
「へ、あ、え~っと」
思わず彷徨った瞳にシリルの視線は鋭くなる。
「今日は街に野菜を卸に行くから手伝ってほしいと私を呼んだのではないのか」
そう。今日からシリルに紹介してもらったサザンドール商会を通じて、ラウルの育てた野菜がお試しで売られることになっている。
災害の爪痕がある今、復興の手助けを兼ねて。
これまでずっとみんなに喜ばれたい、受け入れてもらいたい、そんな思いを抱えていたラウルにとって、これはとてつもないチャンスだった。
でも〈茨の魔女〉がつくった野菜をどれだけの人が受け入れてくれるのかは分からない。
それが『お試し』とした理由だ。
「よもやまだ自信がないと言うのか」
「うっっだ、だってさ」
人々の印象が変わりつつあるのはラウルにだって分かっていたけど、心の準備はなかなかできない。
なので、出荷用の野菜を選別することもできず、あっちもこっちも収穫しまくっていた。
「まったく。……胸を張れ。私も泥を被る覚悟はしている」
それはいつかラウルがシリルに言った言葉である。
それを覚えていながら、人にアドバイスしておいてと言わないのはシリルらしいと思った。
(……そうだよな。今のオレはもう一人じゃないんだ)
「それにその心配はいらないだろう」
「ん?」
「ラウルの作った野菜は美味いからな」
ぽんと飛び出た言葉に思わずラウルの動きは止まる。
シリルは絶対に嘘をつかない。
だからこの言葉はラウルに贈られた最高の誉め言葉なのだ。
じわじわと頬が熱くなって、人参がはみ出た鞄を抱える腕に力が入った。
シリルの放った何気ない一言がどうしようもなく嬉しくて、でもなんだがその信頼が照れ臭くもあって、長くなった前髪を弄る。
「そっか……シリルがそこまで言ってくれるなら大丈夫な気がしてきたよ」
シリルもラウルの反応を見て、自分の発言を思い返すと照れ臭くなってきたのか、誤魔化すようにてきぱきと荷車に野菜を乗せていく。
「……いつまでそうしているつもりだ。さっさと支度をしろ」
さっきまでの不安はどこに行ったのか、もう不安は欠片もない。
「わかった。すぐ準備するよ」
ラウルは太陽に負けず劣らずの笑顔を浮かべて、にっかりと笑った。