従者の心 主人知らず「ありがとう、モニカ。とても有意義な時間だったよ」
晴れやかなフェリクスとは対照的にモニカは今にも卒倒しそうな顔色だ。
「ひゃい、えっと、それじゃあ、失礼します~」
へにゃへにゃと生徒会室から出ていくモニカの背中をご機嫌に見送り、フェリクスはすっかり冷めてしまった紅茶にようやく口を付けた。
モニカとは不良仲間ということもあって、彼女の前限定で、フェリクスは好きな話をすることができる。
それがどれだけ貴重で幸福なことか、モニカは知らないだろう。
「マスター……」
ポケットから白トカゲのウィルディアヌが顔を覗かせた。
続く言葉がなくても、彼が言いたいことは分かっている。
「少し浮かれすぎたね」
常にクロックフォード公爵の監視下にあるとはいえ、学園にいる内は行動の制限がない。
以前まではよく夜遊びに出かけて息抜きをしていたのだけれど、最近は何かと行事やトラブルが重なり、夜遊び抜きの日々を過ごしていた。
その反動もあってか、急ぎの議案も仕事もなかったため早々に解散する生徒会メンバーを横目に、ついモニカを引き止めて話に老け込んでしまったのだ。
彼女には悪いことをしたけれど、こうして最後まで付き合ってくれたことに深く感謝する。
(また何か彼女用にお菓子を用意しておかないと)
正直なところ、何に足元を掬われることになるか分からない今、フェリクスが魔術に興味があるということは絶対に知られてはいけない。
己に忠実な精霊の心配は尤もだ。
けれど、ふと思い出す。彼の言葉を。
―約束して、〇〇〇。どうか君自身のために、君が楽しいと思えるものを、夢中になれるものを、探すって―
ゆっくりと夕陽が陰り始めた。
もうあと少しで夜が訪れる。彼の大好きな星が見える夜が。
「紅茶を淹れなおしましょうか? マスター」
「いや、いいんだ。自室に戻ろう。やらなきゃいけないことがあるからね」
学園に居ても、フェリクス・アーク・リディルとして知っておかなければならないことは尽きない。
大変だが、何に関しても完璧な王子様という彼の理想の為には必要なこと。
「くれぐれも無理はなさいませんように」
ウィルが淹れてくれた暖かい紅茶を飲みながら、ふっと息を付く。
「分かっているよ」
その言葉にウィルはどこか不満気だ。
机上のランプの明かりを頼りに文字を目で追うが、一度途切れた集中力は中々回復しない。
(今日はウィルの言う通り、ここまでにしておこうか)
窓の外はすっかり暗くなっている。日中の蒸し暑さは減り、薄っすら星も見えた。
きらりと光る瞬きにフェリクスはそっと目を伏せる。
本音を言えば、彼が大好きな星を見ると心が騒めく。決意が揺らいでしまうような気がして。
今日はついフェリクスの姿で好きな話をしてしまうという失態をしてしまったけれど、間違えたりはしない。僕の、そして彼の望むものを。
「マスター、私は夜回りをして参ります」
いつの間にか従者の姿から身軽なトカゲの姿に戻っていたウィルはそう言った。
精霊に感情はないというのは本当なのだろうか、度々思う。
こうして主人の変化を感じ取って気を遣うことができるというのに。
「……じゃあ僕は夜遊びに行こうかな」
その言葉にウィルは少し困ったように口を噤む。
そんな様子を見て、くすくすと笑いが零れる。
「嘘だよ。ちょっと夜風に当たりたいから、僕も着いていく」
ウィルディアヌに腕を差し出す。
僕が何を考えているのか暫し思案しつつも、ウィルは戸惑いながらとてとてと短い手足を動かして、腕に乗った。
「夜遊びはこのままお控えください」
「ははっ手厳しいね」
コツコツと一人分の靴音を響かせながら、二人は夜を歩いた。