深淵吐息「まったく、恨めしいほど嫌な陽光だな」
燦々と輝く太陽と青空の下、不釣り合いな紫色のローブが人目を避けて動く。
〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイにどうしてもと言われたのでしぶしぶ王都にきて、用事をちゃっちゃと済ませた帰り道。
もし、俺にほんの少しでも未来を見据える力があったのなら、今すぐ馬車に乗り込め! 振り返るな!
そう助言していただろう。
「お~い」
声が聞こえて振り返るのは当然の反射だ。けれど、何故振り返ったのだと言いたい。
「レイがいるって聞いて、走ってきたんだ」
レイを引き止めたのは、レイと対照的に青空の下が似合うラウル・ローズバーグである。
こいつと俺の関係は信じられないけれど、友達らしい。
でも正直俺はまだ疑っている。陽キャなこいつが陰キャ代表みたいな俺と友達になりたいなんて、何かあるのではないかと思うのは普通だろう。
「何か用か?」
「ほらこの前オレんちの野菜、レイには渡し損なったからさ」
正確には渡し損なったのではなく、渡される前にレイが帰ったのである。
箱にこれでもかと詰められた野菜をもらうのは初めてではない。
これはレイが食べきれる量ではないことを十分知った上での行動だ。
「前にももらったから、もう……」
「遠慮すんなって。オレがあげたくてあげてるんだからさ」
レイの遠慮という名の主張は遮られた。隠さずため息を吐き出す。
だが、ニコニコ笑っているラウルの両手には野菜は見えない。
訝し気に顔を顰めると、その視線に気が付いたラウルが「急だったから今はないんだけどさ」と続けた。
ならば、次もそれとなく回避すればいいのだとレイがほっとしたのもつかの間、
「今日はもう帰るだけなんだろ? オレんち寄ってけよ」
レイは何の提案をされたのか全く理解できなかった。
そんなレイの思考を置いて、ラウルはてきぱきと馬車を呼び、気が付けばレイはラウルと共に馬車に詰められ、ローズバーグ家に向かうことになっていた。
「は⁉」
「うわ、びっくりした。突然大声出してどうしたんだよ」
大声も出したくなるに決まっている。こっちが戸惑ってる間に……これはもはや誘拐じゃないか。
ブツブツ呪詛を唱えたとて、こいつに効力はないだろう。
「着いたぜ」
レイはため息を零しながら、しぶしぶ馬車から降りる。
もうここまで来たらレイも腹を括るしかない。
「うわぁ~なんか友達を家に招くって緊張するな」
(どうせ家に招待されるなら〈沈黙の魔女〉が良かった)
そう思っても口にしないのは、『じゃあ今度はモニカの家に遊びに行こうぜ』なんて言うのが容易に想像できたからだ。
そう。まだ友達となって間もないが、こいつが人の話を聞かないというのはよく知っている。
早々に帰りたかったのだが、こちらの考えがまかり通るほど甘くはなかった。
このあと数時間レイはローズバーグ邸に拘束されることとなる。
懇切丁寧に畑を案内され、何故か肉体労働を強いられ(収穫作業)、夕飯を振舞われ(収穫した野菜を使った料理の実食)、帰り際にはもちろん箱いっぱいの野菜を渡されるというフルコースを味わった。
「いやぁ。時間が経つのってあっという間だな」
もう返事をする余力すら残っていない。太陽を浴びすぎた。
普段全くといっていいほど陽の光を浴びないレイはかなりのダメージを負っている。
レイが持つことすら叶わない箱はラウルの手によって運ばれ、レイと共に馬車に積まれた。
「今度はモニカも呼んで、三人で遊ぼうな」
レイの返事は聞こえなかった。
けれども、ラウルは嬉しそうに彼の乗った馬車が見えなくなるまで見送った。
何度も誰かを家に招いて一緒に過ごせたらと想像したことはあったけれど、実際は想像した以上に楽しくて、嬉しいということを今日知った。
一緒に大好きな畑仕事をして、夕食を食べて、なんて友達って素晴らしいんだろう。
もうすでに友達とやってみたかったことをいくつか達成することができたけど、もっとやってみたいことが浮かんできた。
「次は何ができるかな」
今度はモニカも一緒に。
そんな未来を浮かべながらラウル・ローズバーグはにっこりと笑った。