冷めない熱今日のモニカはいつになく覇気がなかった。
というのも昨日は何故だか、寝つきが悪く夜何度も起きてしまったからだ。
でもモニカにとっては寝不足など些細な問題なので気にも止めていない。
そんなことよりも、今日はモニカが心待ちにしていた日。
モニカ以外の誰も楽しいと感じる人は居ないかもしれないが、ともあれ今日は数日前に行った学園祭の会計記録の整理を行う日である。
数字は嘘を付かない。
狂いのない美しい会計簿を作ることはモニカにとって楽しいものなのだ。
コンコン、いつもより僅かに弾みがちなノックは扉に吸い込まれる。
中から返事もなく、ゆっくり扉を開けて誰も居ないことを確認すると小さく息を吐いた。
数ヶ月経った今でもやっぱり緊張してしまう。
ソファに座って、机の上の昨日シリル様が用意しておいたであろう資料に手を伸ばそうとして、引っ込めた。
(勝手に触ったらよくない)
そうしてじっと待っていると、静かな室内にチクタク響く規則正しい時計の音がやけに響いて聞こえ、つられるようにモニカの瞼は落ちていった。
シリル・アシュリーは生徒会室に入るなり、固まった。
「ノートン会計?」
以前もこのような光景を見たばかりだ。
ソファに蹲る彼女の顔は見えないが、もしかしたらまた寝ているだけかもしれない。
戸惑いつつも、モニカに近付き彼女の顔色を確かめるべく声を掛けた。
「ノートン会計?」
「……んぅ……はあい」
少し遅れて小さな返事が返ってきた。
そしてゆっくりと顔上げ、シリルを見てへにゃりと笑う。
その顔はすっかり火照って真っ赤であり、誰がどう見てもモニカは熱を出していた。
「しりるさまだぁ」
そんなモニカを見て、シリルは手元の紙にメモを残すと、
「失礼する」
そう言って彼女を抱き上げた。
「わあ」
以前は自分の鍛錬不足で殿下のお手を煩わせてしまったが、今日はそうはいかない。
保健室へと足を動かした。
「しりるさま、しりるさま」
「……なんだ」
「わたし、たのしみにしてたんです。なのに……」
彼女の声が止んだ。
きゅっと小さな自分の手を握りしめている。
「焦らなくていい。ノートン会計はとてもよくやっている」
彼女の仕事に対する誠意は実に立派なものだ。
シリルは保健室の扉を開けて、ベッドにモニカの体を降ろした。
「待っていろ」
あいにく保健医はいないが、風邪薬くらい見つけられる。
薬品棚を覗いていると、後ろで布が擦れる音がした。
何をしていると振り返って、シリルの沸点が勢いよく上がる。
「ばっっっ何をしている痴れ者!!!」
モニカはブレザーを脱ぎ、胸元のリボンまで外している。
「ふぇぇ、しりるさまがおこった」
シリルまでもが顔を赤くし、モニカは拗ねてえぐえぐとベッドで丸くなる。
「いいから黙って寝ていろ」
「ひっく、ひっく……しりるさまがおこってる」
舌っ足らずだが、いつもより饒舌だ。
焦るあまり病人相手に大人気ないことをしてしまった。
シリルは大きく息を吐き出す。
「大声を出してすまなかった」
シーツを被り丸くなったモニカに話しかける。
「もうおこってないですか?」
「あぁ」
顔だけひょっこりと覗かせて
「よかったあ」
とまた締りのない顔で笑った。
「じゃあしりるさま、さわってもいいですか」
「は?」
「や、やっぱりおこってる」
瞳にはうるうると涙が溜まっていく。
「え、あ、いやすまない。質問の意図が読めず……」
シリルが狼狽えている間にモニカは手を伸ばして、シリルの手を掴む。
ぎくりと体をびくつかせた彼を他所にその手を自身の頬へと当てた。
「えへへ、ひんやり」
手袋越しとはいえ、彼女の尋常ならざる体温が伝わってくる。
じわじわとそれは手からせり上がって、シリルの頬まで到達した。
そして固まったままのシリルの手から手袋を外して、モニカは頬に擦り寄る。
「ひんやりきもちいい」
しばらくしてモニカはそのまま眠りに落ちた。
そのまま、シリルの手をぎゅっと握りしめたまま。
シリルは動くことができず、その場にしゃがみこみ、モニカから移された熱を冷ますべく冷気を流す。
それが図らずしもモニカの熱を下げる要因となり、翌日モニカはすっかり回復して笑顔で会計簿と向き合っていた。
反対にシリルはあの後様子を見に来たエリオットに発見され、数週間ニタリ顔でからかわれることとなったという。
「ノートン会計、具合が悪くなったらすぐにでも保健室に行くんだ、いいな」
「は、はひ……」