輪廻の蛇 テスカトリポカは人類を愛している。人類の愚かさと小賢しさを、飽くなき欲望を。
そんな訳で有史以来、人類を見守ってきた訳でその過程で多くの祈りや願いを向けられてきた。
「全くオレに期待しすぎだっての」
黒曜石の神、金属器の技術を持たなかった世界において武器であり、死であり、戦の象徴であった。
黒曜石の刃で切り裂いた胸から取り出された心臓を捧げる儀式、それは南米に脈々と受け継がれた生贄と恐怖の世界観である。
テスカトリポカはジャガーであり蛇であり夜であった。ジャガーも蛇も南米の生態系の頂点である。
圧倒的な強者の側面を総取りした神性は万能の創造神である。沢山の神性を喰って出来上がったのは歪で気紛れな
「人間ってやつは、本当に勝手なものだ。勝手に期待して勝手に失望する」
テスカトリポカは捧げられた心臓の上に君臨してきた。しかし、信仰が南米を花戦争と生贄を求めた征服戦争に駆り立てた。
どこもかしこも血に塗れた。征服者たちがケツァルコアトルを騙り生贄の無い世界という誘惑を囁いた時、人々は神を捨てた。
今までに流れた血の多さに夢から醒めたのだろう。
テスカトリポカはもう信仰の対象ではない。かつて信仰の対象であり、それを失ったものだ。残酷な神と掌を返す人類から背を向けた。
敵であったもの、人類を取り戻す戦いに殉じる決意を持った娘は確かに戦士であり巫女であるだろう。
「もう神官を、オレを信じるなんて奴はいないと思っていたが」
縁を得た娘は自分を信じるという。
地上で最後の自分を信じる存在を愛おしく思わぬ神はいない。いとし子の招きに応じたのは彼女がずっと求めていた飢えを満たす存在だったからだ。
ただの人であり、戦士であり、神官であり、乙女であるもの。そして、人類最後のマスター。神性を出鱈目に取り込んだテスカトリポカに似て歪な存在だ。
安らぎも安寧も必要としない。戦場を転戦するそれに楽園を約束した。しかし、約束は果たされなかった。
「やった!」
召喚されて来たカルデアはまだ人理を修復出来ていない。未来で出会った娘はまだウルクの地を駆け回っているところだ。
「私は藤丸立香。よろしく、テスカトリポカ」
「よう、お嬢、よろしくな」
運命の糸を手繰り寄せて行ったウルトラC。まだ壊れる前の彼女、その手を取って不敵に微笑んだ。運命の神など何するものぞ。世界線を越えてリスタート。
「リセットは嫌がる女だったな」
カルデアの彼女の部屋でやったゲームで死ぬたびに「リセットって悲しいね。その時の自分が無かったみたいだもん」と言うから最終的にパズルゲームばかりやっていた。
「安心しろ。オレはやり直すのは得意なんだ」
再び出会った。いつか失った心臓が再び鼓動したのなら進むしかないのだろう。
代償を払うのは慣れている。
藤丸立香がタブレット端末を前にテスカトリポカのステータスを見て首をひねる。
「あれ、おかしいな。召喚したてなのに絆が十ある…」
「システムがバグっているんだろうよ」
システム(神)がバグっている。不具合、致命的なエラー、脆弱性。
それらを内包しながらせせら笑った。
「変なの」
「ほら、周回行くぞ。種火を集めてくれるんだろう」
「うん!!」
軽やかな足取りでこっちこっちと手を引く少女を今度こそ守り抜くと決めた。
「フォーウ!」
たしたしと蹴ってくる獣のなれの果て、唇に指を当てて「秘密だからな」と告げた。
藤丸立香、約束を果たしに来たぞ。