書きかけヘル光 空に煌々と星が瞬きはじめてそれなりの時間が経った夜更け。ヘルメスは眠る事ができずに自室の窓から外を眺めていた。
穏やかで美しい、誰もが幸せそうに笑っている世界。その中で違和感ばかりを感じて立ち止まり続けている自分。人々は、この星をより善くしようと絶えず進もうとする。けれども自分はその中で切り捨てられたものをずっと振り返り、手を伸ばし、進む先が描けないでいる。どうして、どうして苦しみながら消え行く生物達を終わらせてさぁ次はもっと善くしようと言えるんだ。星の益にならないものはこの世界に必要ないと切り捨てるのか。自分達の都合で生み出して自分達の都合で命を奪って。なんで。そう叫びたいのに、それを理解して隣に立ち止まってくれる人は誰もいなかった。その想いをずっと胸の中に抱え続けて、その黒い感情を胸に燻らせて、どれだけの時間が経ったのだろう。そんな自分が施設を統括する所長という座を与えられて、どうにも動くことさえままならなくなった。その思いを吐露できる友や同僚と呼べる立場の者もいないまま全ての想いを一人で完結させるしかなかった。割り切るのが正しいと理解してそうしたかった、けれどもできなかった。弁論をしてもきっとこの想いはそんな考えもあるのだねと言われるだけなのだ。本質を、自分が何に憤っているのかを理解する者は見つからない。
メーティオンは自分に共感をしているのではなく、自分の想いを、感情を鏡のように写し出しているだけだ。だから彼女にはこの想いへの共感は、得る事はできなかった。この星で命は、生きる意味はどこにあるのか、自分で問いかけても答えは見つからなくて。だからそれを星の外に求めた。それを識る生物がどこかにいるかもしれない、と。
エルピスの花は奪われる命の横でも白く美しく煌めいたままだった。
仄暗く、悲しみ、痛みに色付く花を見せられた時の気持ちは、なんと表現したら良いのかわからない。彼女が悲しみに揺れる時、自分は確かに感じたのだ。喜びを。悲しいのは自分だけじゃないのだと寄り添われたのが嬉しくてたまらなかった。
長い時を共に過ごしてきた職員達や自分で創り出したメーティオン、そのどれもが与えてくれる事のなかった共感を、出会って数日の酷く脆いエーテルの生き物が示してくれたなんて。
きっと辛い事を思い出してくれたのだろうに、それでもはにかんで想いを汲んでくれようとしてくれた。独りではないのだと、全てで伝えてくれた。
この世界で痛みを、悲しみを知る人。本人は第十四の座、アゼムの使い魔を名乗ってはいるが魔法生物の生態を研究し、数多くの創造にも立ち会った自分には彼女が使い魔などではない事に気付いていた。エメトセルクの言動から、おそらくはもっと薄らぼんやりとした霞のような存在だったのを彼が魔力で補強をしたらしい。
君は一体どこからやってきたのだろう。
どんな生き方をしてきたのだろう。
君の悲しみは、どれ程のものだった?
「ヘルメス!」
アンビストマの経過を再度確認したいとアナグノリシス天測園へ赴くヘルメスに、彼の使い魔メーティオンが笑顔で声をかける。その傍にはアゼムの使い魔を名乗る少女がいた。メーティオンの方が言動は幼いものの、二人は仲良く、時に職員や来訪者の手伝いをしながらエルピスを見て回っていると報告が上がっている。やはり他の職員や来訪者は彼女の構成するエーテルの薄さから彼女を使い魔と信じ込んでいるらしい。
「あの、ね! ヘルメス、元気、したい、コレー、連れてきた!!」
言葉がうまく出ないメーティオンは一生懸命に想いの断片を拾って、言葉を紡ぐ。
「…? 自分を元気にするのに、彼女を?」
メーティオンの言いたい事は理解した。けれどもそれに彼女がどう関わるというのだろうと首を傾げる。連れてこられた彼女も不思議そうに首を擡げていた。
「コレーと一緒、嬉しい! ヘルメス、コレー、好き、から!」
「は、」
メーティオンはとてもいい事をしたのだと言わんばかりの嬉しそうな顔でヘルメスに理由を告げる。その意味を咀嚼した瞬間、仮面をしていてもわかるほど、可哀想な位にヘルメスは耳まで顔を赤く染め上げた。
「メ、メーティオン……!!」
「コレー、見ると、嬉しい、ちがう?」
無邪気に、ヘルメスを喜ばせたいのだとメーティオンは笑う。彼女は他人の感情を読み取る事ができるため、ヘルメスの心情をよく理解していた。そしてその胸の内は、コレーに会えた事で穏やかで優しい喜びの色に煌めいていた。きっとここにエルピスの花があれば黄色や橙の色に変わっていたのかもしれない。
コレーはおどろき目を見開くがメーティオンとヘルメスを見て笑った。
「そう、ふふ、それは…とても光栄だね」
自分がいる事で少しでも元気になるのならば、それは良かったと。エルピスで出会ってから仮面で隠れている事は多いけれどヘルメスの表情は暗い事が多かった。だから明るい気持ちになれるのなら良かったと、心から感じたのだ。
嫌悪をされなくて良かったと安心するものの、意識をしているのは自分だけなのだとヘルメスは羞恥で消えたくなる。メーティオンに全く悪気はないし自分を思っての事なのはわかっているが、後でこのやり方は止めるように説明しないといけない。
「あとはね! ヘルメス、砂糖どばとばのりんご、すき!」
「砂糖、どばどば…? りんごの甘煮かな。私で良ければ作ろうか? 部屋も用意してもらったし」
「コレー、作れる? つくって!!」
メーティオンの言葉に頭の中に料理を浮かべる。それくらいなら確かピクシーアップルがあるからすぐに作れるはずだ、と。
メーティオンは嬉しそうに今にも飛び跳ねそうな様子でコレーの手を握る。コレーがいるとヘルメスは嬉しい。ヘルメスが嬉しいとメーティオンも嬉しい。
「メーティオン、君は食べられないじゃないか…」
「ヘルメス、食べて、わたし、嬉しい!!」
ヘルメスの幸せが自分の幸せなのだ。そう言わんばかりにメーティオンは笑う。そのように創られた。周囲の人々が幸せで笑ってくれるのならそれが彼女の幸せでもあるのだから。コレーは二人の会話を穏やかな笑顔で聞いた後、製作手帳を取り出した。そしてゴソゴソと鞄の中身を確認している。
「今着替えるからね。ただの甘煮じゃなくてアップルパイにしよう。材料もちょうどある。少し時間かかるから後から届けるよ」
「わたし、つくる、みたい!」
「それじゃお手伝いしてもらおうかな?」
「するー!」
「ヘルメス、館の一部屋お借りしてもいいかな? 流石に外で作るのはあれだから」
二人はまるで仲の良い姉妹のようで、そんな二人を見ていると満ち足りたような温かい気持ちになる。
「ヘルメス?」
ぼんやりとしていたからか、コレーはヘルメスの顔を覗き込み笑いかけた。
何故だろう。彼女を見ていると、自分の探していた答えがそこにあるような気がして。
「あ、ああ、構わない…ありがとう」
この星にも宙にもあるのかわからない追い求めるものが、どうして君に在るのだと思うのだろう。