優しい手「あなたの手、好きだなぁ」
唐突にそんな事を言うものだから、キョトンと目を見開いて思わず自分の掌を見つめる。
「この手が?」
聞き返せばまじまじと手を観察するように見られる。乾燥していて、ささくれもあって、到底綺麗とは言えない。植物にも触れるものだから、爪の端に土だってついている。何をもって好きだなんて言ってくれたのか、全く思い当たる部分がなかった。
「大きくて優しそうだなってメーティオンを撫でている時、思った。温かそうな手をしている」
彼女の白い指が自分の濃い色をした指先に触れる。小さな手だった。
脆いエーテルの、少しでも目を離したならばすぐにほどけてしまいそうな、何処かへいなくなりそうな生き物の持つ視点はとても斬新で面白くて、新しい風が吹いたかのようだった。
当たり前に存在してきたものすらも彼女の視点を教えて貰えば真新しい側面を知り、探求と発見に満ちていた。
「優しい手だね」
そう言ってくれたのに、自分は最後、手を伸ばす事もしなかったのだ。
そうして彼女が伸ばしたのは、自分ではない。それなのにあの男は彼女の手を取ることはなく、いっそ満足げな表情で見送るのだ。
『あなたの手、好きだなぁ』
手離したのは自分だ。
それでも、この痛みだけは、せめても永劫に。