傲慢「っ、……ぁ、……」
水の匂い、血の味、息ができなくなるような心臓の音、胸を迫り上がる吐き気、叫び出したいのに声が出ない、振り返りたい、戻りたい、私だってもどって、みんなと、いや、いや、駄目なんだ。
戻っちゃいけない、私は託されてしまった。私は背中を押された。だから、だからここで、生き残って。
「ふざけ、…くそっ……!!」
なんで、なんで、だって、ずっとずっと頑張ってきたのに。もう奪われないように頑張ったのに。
なんで。
ノラクシア、みんな、ウィルレッド、陛下、もう、奪われたくないのに、なんで。
強くなれば、帝国を退ければ、敵を倒せば、もう、奪われないって、そう思ってここまで来たのに。なんで。
「……くそ……」
足が痛い。追っ手の声は聞こえない。きっとサンクレッドとヤ・シュトラが。そして、ミンフィリアも。
「、ぐ、……」
ちがう。ちがうだろ。強くなれば奪われないんじゃない。私が弱いから、この手のひらから全部零していく。弱い。弱い。中途半端な力をもって、英雄だなんて持て囃されて、自分なら大丈夫だと過信した。許せない。弱い。許せない。弱いことが許せない。私のせいで人が死んで、私を逃がすために、みんなが残って。許せない。悔しい、悔しい。
口の中が血の味でいっぱいになる。悔しい。悔しい。
悔しい!!!!!
「………」
焼き切れそうな心臓。誰へ憎悪を向ければいいのかわからなくて、ひたすらに自分を憎んだ。
灯火を消すなと言うのならば、憎しみで灰になるまで燃やし続けるしかないだろう。
出口が見えた。重苦しい水路の湿った空気から解放されたい。どうしよう、外に追っ手が先回りしていたら。もうそうなったら、なりふり構わず殺して逃げよう。
殺して、殺して、殺して、自分の命が尽きるまで。
最後まで、燃やし尽くすしか残されていないんだ。
解説
この頃の彼女は自分が強ければ全部を守れると思っています。自分のせいで全て掌からこぼれ落ちたと思っていて、割合自己中心的な考え方をしていました。これからの旅で、それが如何に傲慢な想いで、人の命を奪う事と守る事がどういう事なのかを少しずつ理解していくのかもしれない。