膝枕真斗とレン、多忙な2人のオフの日が重なった日の話である。
天気の良い午後、やわらかくあたたかな日差しが部屋に差し込む。穏やかな午後の時間が流れていく。
「硬い……」
そんな中、不満げなレンのこんな呟きが、真斗の目線の下から聞こえてくる。
「なんだその不満げな様子は。お前が急に膝枕をしろと強請ったのではないか」
そう真斗がムッとした表情で顔を見下げて言葉を返すと、
そうなんだけど……と思わず口を尖らせつつ、なお真斗の膝の上、正確には太ももの上から頭を動かそうとしないレンは少し目線を逸らしながら言った。
恋仲である神宮寺レンという男は、急に突拍子もなくこういった要求をする事がある。
例えば、今回の様な膝枕をしろであったり肩を貸せとわざわざ同じ男の硬い筋肉と骨格を持つ真斗にもたれかかろうとする事があるのだ。
その様な事があるたびに、今までこういった甘えた要求を意地を張っていたのか年上の男のプライドが許さなかったのか、中々に素直ではないのが常であったレンの気まぐれな行動に、
どこかそわそわと気持ちが浮き立つ様な気持ちを真斗は感じずにいられなかった。
一方で、レンの今までの素行を考えると膝枕であったりこういった接触は、柔い体を持つ関わってきた多くの女性達の方が心地が良いのではないか、とつい過去の女性達と勝手に比べてしまいちくりと胸が痛くなるのも事実である。
少しセンチメンタルな気持ちになりつつも、真斗は自分の膝の上から動こうとしない事を良いことにレンの頬を撫ぜ、そして柔らかな萱草色の髪を形の良い頭のラインに沿い撫でた。
逸らされてた目線がチラリとこちらに向いたかと思うと、ふふんと満足げな顔で目を細めて撫でる真斗の手にレンがすり寄る。
その姿はまるで猫が撫でられて満足げにゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えるかの様だと思わずにいられない。
図体は大きいが大層愛らしい甘えたな恋人に仕草に表情が緩んでしまうのは仕方がない。
しばらくそのままレンを膝枕しつつ、時に柔らかな髪の感触を楽しみ手入れ行き届いた滑らかな健康的な色をした頬を撫でていると、
「ねぇねぇ、聖川」と真斗の名前を呼んだレンがいたずら気な顔をしてこちらを見上げてこう問いかけてくる。
「……オレがなんでこんな硬い男の膝の上にわざわざ膝枕して欲しいか知りたい?」
先程の少々過去の女性との交流のアレソレがよぎりセンチメンタルな気持ちを感じ取れていたかの様な言い回しに、思わずドキッとした真斗は目を見張った。
それだけじゃない、素直じゃない恋人が素直に甘える理由を聞けるチャンスを逃す訳にはいかない。知りたい。知りたいに勿論決まっている。
「知りたいに決まっている!!」
思わず食い気味に答えてしまい、大きな声が出てしまった。
大きな声に驚いて猫だったら目をまんまるにして毛をブワッとさせていたかの様なレンの姿と表情に、すまないと真斗は慌てて顔を赤らめながら謝った。
「おっと…、そんな熱心に聞きたいだなんて。逆に教えてあげたくなくなってくるじゃないか」
驚いた表情から一変して、面白いものを見つけたと言わんばかりの表情と、真斗を揶揄う時の様な余裕さと面白がる声音でレンは答える。
「神宮寺……!教えるとそちらが言ったのに、ここで教えないというのはずるいではないか」
真斗は、抗議の声をすぐさま返す。
ここで聞けなかったら今後いつレンの真意が聞けるのだろうか。レンの感情や意図は、真斗と考え方が違う上口が達つので中々にはぐらかされる事が多いのだ。逃すまいという意思を込めてじっ……と己の膝の上に頭を乗せたままのレンを見つめた。
すると、レンは瞬きを一つし覚悟を決めたかの様に深呼吸をした後、腕を真斗の腰に巻きつけ、顔を真斗のお腹の方に埋めぎゅっと抱きつく。
「……からだよ」
急なレンからの抱擁に驚きドキドキしつつも、真斗のお腹と触れ合ってるせいでくぐもった小さなレンの声に、真斗は、
「すまない、声が小さくくぐもって聞こえないのだが……」
レンの頭を優しく撫でて、努めて穏やかな声で問いかけた。
すると、お腹の方に顔を埋めていたレンが少し顔を離しこちらの方をちらりと見やりこうぽつりとこう言った。
「お前のあたたかさを、存在を、ただ感じたい。感じるのが心地良いからだよ。聖川」
あぁ、なんて愛らしくていじらしくてかわいい理由ではないか。これで感極まらずにいられるものか。真斗の脳内は喜びに満ち溢れていた。何故なら、レンの中ではこの男の硬い体の感触の良し悪しではなく、真斗自身の存在をあたたかさを感じることの方が大事だと真斗に触れていたいと存外に言っている様なものなのだから。
今までの肩枕なり今回の膝枕、それ以外の急な甘えるかの様な仕草、脳内によぎる様々なレンの突拍子も無いと思っていた要求が、素直に愛されてくれない素直じゃないと思っていたレンの行動アレソレが、この理由と結びつけられるとすると……?
真斗は思わず、レンをぎゅっと体を屈めて抱きしめた。
レンの「真斗…!!?くるしいよ」という抗議の声が聞こえるが、こんなの愛おしいと想う気持ちが心のダムが溢れるようなことを言われたのだぞ。仕方がない、許せ、レン。真斗は脳内で謝った。
いよいよレンが息苦しさにむぐぐと暴れ出したので、ようやく真斗はレンへの抱擁を解いた。
真斗が見やった先には、先程の息苦しさと照れと様々な要因で紅く頬を染めたレンがいる。
「なんだよ、急に……!そして何か言えよ」
と拗ねた様に頬を少し膨らませレンが真斗をじとっとした目で見つめ訴える。そんなレンの手を取り、真斗は口付けを一つ落として、
「レン、お前はとうの前に言葉ではなく行動で素直に愛を示し続けていたのだな。気づかずにすまない。ありがとう、愛してるぞ」
思わず情事中の様にレンと呼び、感極まった様にそして笑顔で真斗はこう言った。
その笑顔と声音と言ったら、幸せだという気持ちが溢れすぎていて、そしてレンが見上げるその姿は日差しに照らされ綺麗だった。
レンは、そんな真斗の姿に息を呑むと共にやはり恥ずかしさの方が沸々とこみ上がり、
「やっぱさっきの忘れて……!!!」
と真斗からもがいて離れようとする。
「嫌だ、離れんぞ。俺もお前のあたたかさと存在をいつでも感じたいからな」
と言い、抱きしめて離すものか、と真剣な目でレンを、レンの手を離さずに見つめる真斗。
真斗のストレートな自分の言葉を引用した熱のこもった言葉に、レンはしばらく目線をうろうろさせ口を少し開けては閉じ逡巡した後、抵抗をパタリとやめて、真斗の顔を長い腕を回し引き寄せ、耳元でこれまた猫が甘える時の様な甘い声で囁いた。
「じゃあ、もっとお前を感じさせてよ。真斗」
穏やかな昼下がり。あたたかな日差しが満ちるやさしい空間は、時に人の心を素直にするのだろうか。
恋人達の触れ合いはより深く、密になっていく。
終