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    黎明🌄

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    黎明🌄

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    1話副音声自己満足です。1話の運命性に脳がバグって、ノベライズとかアニメとか原作を総括して婉曲して解釈して書きました
    ストーリーとしては原作通りなので読まんでも大丈夫です👌

    よく、「輝いて見える」と表現する。新しい才能の芽を見つけたとき、まだ磨かれていない原石を見たとき。
    まさしくそれだった。

    「うぉ!?頭突きした!」

    「はぁ!?バカか!?」

    騒然とする観客席。興奮に高まっていた熱はとげとげしい言葉になって暴発を始めていた。ざわざわとする人々、慌ただしいフィールド。
    混乱と密かな苛立ちと小さな悪意が渦巻いている愛媛の小さなフィールドで、ゆったりと足を組んだ福田は小さく笑った。



    墓参りのために借りたレンタルバイクのエンジンはすっかり冷え切って、堤防で受ける太陽の光を面倒そうに跳ね返している。福田は義理の妹と繋がっていた電話を切ると、計算したように視界の端に現れた特徴的なモジャモジャ頭を見やった。何周走っているのか、数度目の邂逅。
    まるで景色の一部であるかのように福田をスルーして走り続けようとする少年に、だしぬけに声をかけた。

    「かれこれ二時間!この辺何周する気だ?さっきから。もぉやめとけよ」

    汗だくで、肩で息をする小さな背中。なにかを振り払うようにただ走り続ける姿。
    その「なにか」の正体なんて、察して余りあるのだが。
    うつろなまでに沈んだ、元々明るい鳶色の虹彩がふらふらと福田に焦点を合わせた。

    「……誰よ、アンタ」

    「走り終わるのを待っていたんだがキリがない。試合であんな騒ぎ起こしてヤケになってるってとこか」

    質問には答えず、今一番触られたくないところであろう話題にズカズカと入り込む。まだ、正体は教えられない。
    案の定、ただ不審がっていた様子の瞳がぎゅ、と細められた。

    「まぁ、大したもんだ。他の選手の倍は走ってたのに、よくそれだけ体力が……っと」

    言葉を紡いでいる最中にも、まったく頭に入っていませんとばかりに目線がふらついたかと思うと、少年はそのままぐらりと倒れ込んだ。
    とっさに抱きかかえると、顔面蒼白に必死な呼吸が聞こえてくる。しばらくしないうちに、すぅ、すぅ、と落ち着いた音に変わってきた。
    無理もないか、と福田は肩をすくめる。ちょうど言っていたように、体力の限界が来ないほうがおかしい。
    とりあえず近くにあったベンチに自分の荷物を枕にして横たえると、ぎゅうと眉間に皺を寄せて苦しそうな顔をしている。
    試合後のサッカー場から出るときに、ふと背中に聞こえた会話。計画していたサッカー人生の、自分の失敗による挫折。それが純粋なサッカーのうまさ云々の話しじゃないだけ、余計につらいのだろう。
    ふと、汗で張り付いていた前髪を払ってやる。思ったよりふわふわとした毛質のそれが福田の手に緩く絡んで、ほどけていった。露わになる丸い額。ふわりと海風が吹いて、辺り一帯の空気が揺れて潮の匂いに満ちた。コンクリートで遮られた下から子供達の笑い声が響いてきて、だんだんと少年の眉間に寄っていた皺が取れてきた。静かに上下する薄い胸。流れる時間が、永遠にも思えて。

    「青井、葦人」

    福田が何かを確かめるように名前を舌で転がすように呟いても起きる気配のない彼に、よくわからない笑いが込み上げてきた。
    ざざぁ、と波が押し寄せる音がする。日はまだまだ高くて、「仕事」をして帰ると言った以上ここを離れるわけにも行かず。唐突にできた暇にベンチ側の堤防の上に座ると福田は頬杖を突いて遠くにはっきり見える海と空の境目を眺めていた。




    満潮と共に狭くなった遊び場に飽きたのか、潮が引いた今でもプライベートビーチのように誰もいない砂浜に一つのサッカーボールが転がっている。小さな無数の足跡は堤防を打っていた波に掻き消されて、まっさらな砂浜が眼下に見える。
    未だ起きる気配のない葦人にふらりと砂浜まで降りていった福田はおもむろにボールを拾い上げると、ドッと小気味良い音を立てて蹴り上げた。
    太陽はだいぶ傾いて、水平線を掠るほどに近い。オレンジやら橙赤に染まった白浜は黄昏の匂いがした。
    ざぁ、とまた波が引いて、微かな水の跡だけが薄く砂の上に現れていく。
    それを上書きするように刻まれる足跡、足跡、足跡。ぐるぐると秩序なく歩き回った跡がそこらじゅうに溢れた時、ドッとまた蹴り上げたボールが当たった堤防の壁の上にひょっこりとぽやっとした顔が現れた。勝手に上がりそうになる口角を自覚しながらも、福田は努めて平静を装ってボールをまた上げる。

    「…すげぇ」

    思わずといった調子で漏れ出たような声に、福田はボールを砂浜に落として上を見上げた。
    予想通りというか、呆気にとられたような瞳。
    でも、その奥底にキラキラした期待が流れている。福田は小さく目を細めた。

    「なんやそれ…すげぇ!ボールをトラップしてから走り出すまでがめちゃくちゃはえぇ…!」

    実直な声、まっすぐな賞賛。
    この程度の技術、わざわざ褒められることなんて無いが。福田の胸を弱火でじわじわくすぐるようなむず痒さを誤魔化すように瞬きした。

    「何者だよオッサン……」

    呆然と呟かれた言葉にはまた答えず、福田は挑発する様に声を上げた。

    「ちょっとした工夫だよ。教えてやろうか?…お前にこの技術があれば、今日あと3点は取れてた」

    「!」

    「ワンマンFWの性格に難があろうとなかろうと、ラクショーに勝てて、チームのみんなもハッピーだったろうな」

    ギ、と鋭くなる視線。
    乗せられやすいというか、よく言えば素直なんだろうが。思い通りに挑発に乗ってきた葦人に、ニヤニヤと笑って見せる。
    さて、彼はどこまでついて来れるだろうか。

    「やってみろ。子供の忘れ物だ。丁寧に扱えよ」

    言いながらもボールを高く上げる。滑らかな放物線を描いて堤防を越して葦人の元に降ったそれ。

    「え、あ、」

    「チガイマース!」

    苦しげにトラップしたボールはそのまま足元に収まったらしいが、福田が言いたいことはそうじゃ無い。
    容赦なく否定の声を上げれば、困惑と不満が混ざったような視線が刺してきた。

    「ボールにヘソを向けるな」

    視線のもとが、虚をつかれたように開かれた。
    エースとして扱われていた葦人。10番の背番号を背負ってから、こうして精神面以外の指摘を受けたことはあるのだろうか。

    「パスを受ける瞬間には、すでに自分が走りたい方向にヘソが向いている。自分の視野を確保するために、ファーストタッチから既に体をひねっている。その流れで走り出す。これがーーー」

    ちょいちょいとボールを戻させて、口で説明しながら実演してみせれば、ギラギラとした闘志が再び少年に灯るのが空気でわかる。ザシッ! と音を立てて堤防から飛び降りてくる影に福田は逆光の中で口角を吊り上げた。

    「ーーーコントロールオリエンタード。こっち来な」

    海に半分ほど突っ込んだ太陽は今日最後とばかりに輝いて見せる。
    真っ赤にも見えるほど濃く射した光に照らされた葦人の、湧き上がってくるような強い意志を孕んだ瞳。背中をぞわ、と何か熱くて青いものが走る感覚は、記憶を辿っても経験がなかった。




    「ヘッタだなぁー!もう何時だよ、オイ」

    福田の声が月明かりにぼんやり照らされた浜辺に響いた。
    蹴られたままに受け止めてもらえず、てんてんと地面を転がるボールの前に突っ伏す葦人。ゼェゼェと荒く息を上げて、ただまっすぐ前を睨みつけていた。

    「泊まるホテル、市内なんだよ。こっから遠いんだ。あーこれチェックイン間に合うかなあー、あーあ」

    わざとらしく責めるようなことを言っても、葦人は少しもこちらを見なかった。

    「う、るせぇ!誰も見ててくれなんて言ってねぇだろオッサン…」

    絞り出すような声。なんとか立ちあがろうとして、体力が限界なのかそれが叶わないらしく、悔しそうに目の前を睨む強い光を発する目。
    福田はじわじわと込み上げる笑みをそのまま表情に繋げる。胸の中を、太陽に長く照らされて温くなった海水のような何か生温かいものが満たして行く感覚がした。
    埋まったそれは、なんなんだろう。

    「もういい、タイムオーバーだ」

    よくわからない感覚を放っておいて、福田は立ち上がると未だ突っ伏したままの葦人のそばまで歩いて行った。

    「お前に細かい技術は無理のようだな」

    にべもなくそう告げれば、やっと整い始めた息に葦人が立ちあがろうとする。まるで福田の言うことがただ煩雑な音であるかのように。

    「(当てが外れたかな、流石にこのレベルでは厳しい)」

    なんとなく見た中学生の試合。その中で、目についた輝き。技術はまだまだ荒削りだが、その中に確かに光る才能。あれは単なる幻だったんだろうか。
    ただ、福田はこのままここを去るには引っかかるものがあった。

    「ーーー最後にいいか?ひとつだけ質問に答えてくれよ」

    やっと立ち上がった様子の葦人を気にかけず、円を書いた棒をまた手に取って砂浜にガリガリと図を書いていく。

    「今日な、お前のプレーで異様に目を見張る部分があったんだ」

    書いたフィールドの図に財布から出した小銭を並べて、葦人の退場間際の得点シーンを再現した。

    「これ、わかるか?お前はここで急に方向転換し、直後に落ちてきた敵のこぼれ球を拾い、DF二人の間から強引に打ち、得点した……」

    「ごちゃごちゃうるせぇ」

    起き上がった葦人はボールを懲りもせず拾って、また壁に向かって蹴り上げた。行動を目で追っていた福田は声を張り上げた。

    「お前、戦術に興味ないだろ?自分が得点することしか考えずむやみやたらに走り回る……荒くれ者のサッカーだ」

    大方自分をしつこいサッカーオタクだとでも思っているのだろう。またボールを蹴り上げた葦人は聞こえないフリをしているかのように壁に当たったボールを目で追う。
    何度も聞いた説教を、続くに決まっている自己否定をシャットアウトするかのように。

    「ところがだ」

    うんざりしたような背中が福田の声を聞こえないフリした。

    「お前はなぜかボールを拾う。試合中ずっとだ。……ありえない。まるで吸い寄せられるように、考えのないお前にボールがいくんだよ」

    ひとりごとのように葦人に向けて話し続ける。試合中に感じた違和感。それは、もしかしたら、面白い才能のかけら。
    ザザ、と満天の星空を隅々まで映した黒い波が押し寄せては引いていった。

    「なので、お前ひとりでサッカーしているように見える」

    実際、一人でサッカー、なんてものは出来ない。だから「ように見える」。
    そう口にした途端、驚きのような感情が緩い夏の空気越しに伝わってきた。

    「自覚しているか?チャンスメイクのほとんどは、尋常じゃない数の拾い球なんだよ」

    そのまま話し続けていれば、なぜかボールコントロールをミスした葦人がお前のせいだと言わんばかりに福田を睨みつけた。

    「集中してるんやけど!!喋らんといてくれるぅ!?」

    「まぁ、こわぁい!」

    そのまま突っかかるように自分の方に歩いてきた葦人に、福田は小さく目を見開く。そのままひったくられる財布。ひっくり返されて、何やらしゃがみ込んで小銭を並べ始めた葦人に、呆けることしかできなかった。



    「最後の得点シーン!?あん時は、ゴール前だけ見たら確かにオッサンの言う通りやけど、自陣じゃこんなふうに味方がバラけてた‼︎」

    声を荒らげつつもまだ小さく薄い手が硬貨を摘んで砂の上に配置していく。ーーー全く迷うことなく。
    葦人の隣にとりあえず同じようにしゃがんだ福田は、息を吸うのも忘れて目の前の光景を食い入るように眺める。

    「みんな疲れてたからだ!上がってもこれないし、守備もバラバラ‼︎対して敵の布陣はちゃんと整ってた!︎」

    月が、ふいに明るさを増した。拭い取ったかのように雲がない、全天に瞬く星。
    月明かりにぼんやり照らされた隣の少年は、なにを言っている?

    「だからなんとなく、このスペースにとどまってりゃ、俺はフリーで動けるし、最悪カウンターにも対応できると思ったんだ‼︎」

    ザッザと書き足されていく、砂の上のフィールド。
    ふと試合中の選手たちがその上で動いているような気がした。慌てて瞬きすればかき消えた残像。
    間違いない、これは、

    「そこにボールが転がってきて得点につながった‼︎さすが俺様ナイスプレーだ‼︎」

    そこで葦人はひとつ呼吸をおいた。完成した盤面。「上からフィールドを見下ろしていた」福田の記憶と、寸分違わず合致する、合致してしまうそれ。

    「…でも本当は、すげー疲れてたのに、必死にゴール前までボールを繋いだあいつらのおかげなんだ‼︎だからこぼれ球なんかじゃねえ、偶然でもねぇ‼︎全員の得点なんだ‼︎」

    月光を受けて一円玉が燦然と輝く。新しい時代を告げるように。

    「ーーー俺は短気や。フィールドで自由にやらせてもらえなきゃ何もできねぇ。自分のことしか考えてねぇ……」

    立ち上がった葦人は長く息を吐くと、ぼそりとそう言った。それを聞いているはずなのに、福田の思考は全く別のことで埋め尽くされていた。
    もう用は済んだとばかりに放られた小さなフィールド。
    そこから、わかる1つのこと。先ほどの葦人の練習を見てもなお、脳が沸き立つような興奮を覚えた。

    「初めてあいつらが受け入れてくれた。おかげで、なんでサッカーやってんのかも思い出せた」

    「……サッカーが好きだ」

    ぶわ、と考える前に、理解する前に福田を津波のような刺激が襲う。
    神経細胞がひとつひとつ破裂しそうに張り詰めて、体を巡る血管の中身が全部熱湯になったのかと思うほどに焼き切れてしまいそうだった。実際上がり始めた体温は少し湿り気を帯びた膝下の砂を融かしていく気がした。
    ゾクゾクと腹の奥から登ってくるのは、歓喜なんて優しい言葉で片付けていいんだろうか。もう少し、凶暴で、腹を空かせた獣のような。

    「なのに、最後はあんなことに、なっちまって……な、なんだよオッサン。気色悪ぃ……」

    葦人の声すら、どこか遠くで響いている。ふと感じた視線が何かを恐れたような色を帯びていて。
    自分は今、どんな顔をしているのだろう。瞳孔が開きすぎたのか、目がじんわり痛んで月明かりが眩しく見える。

    「どこいくんだよ?」

    「…上のベンチ。少し落ち着きたい。東京から強行軍であんま寝てないんだ。お前ももう帰れ」

    興奮と疲労で痛みを訴え始めた頭を小さく振りながらそう答える。夏の夜に生温い風が階段の塵を巻き上げた。
    見上げてくる視線を無視してベンチに倒れ込むように横になる。繰り返しボタンを押したように先ほどの映像がリフレインする脳内にストップをかけるように額に手を当てた。
    それでも収まらない、ざわざわ心を波立てる感覚。居ても立っても居られないような、今すぐ走ってあの砂浜に駆け戻って、いつかのようにボールを蹴りたいような気分がした。

    ずっと探していた、左サイドバック。

    福田は、あの直感だけだとも一概に切り捨てられない確かな才能の片鱗に、俯瞰の視野に、最後のピースがカチリと小気味良い音を立てて嵌まる感覚がした。

    「(全員……‼︎ありえねぇ、あいつ、フィールドにいた全員を!22人全員の位置を覚えてやがった‼︎)」

    まだまだ、技術は拙いなんてもんじゃない。
    ただ、それを入れても、いや、それを入れてこそ。
    葦人はまっさらな新雪が降り積もった拾い野原のような、ガリガリと書き込めるさざなみ打ち寄せる砂浜のような魅力があった。元々未完成だからこそ、歓喜の声を上げて福田の皮膚の下を流れる教育者の血。
    もし、もし。あの愛媛で育った、自由の羽が生えているような少年を、自分が掻っ攫ってしまったら。
    荒削りの生え揃っていない羽を自分が初めて手折って、付け替えてやった翼でより遠くの景色、世界、まで。見せてやれたら。想像だけでより冴えてしまいそうな眼。
    時を同じくして、階下の砂浜では、鳶色の瞳に満月になりかけの月を映した少年が押し黙って空を眺めていた。




    「ワン!」

    「うぉ!?」

    刺激的な目覚め。
    思わず飛び起きた福田の足元には、野良犬だろうか、愛想よく尻尾を振るたれ耳の犬が行儀よくおすわりしていた。
    ふと気づく。周りが明るい。

    「げっ!」

    恐る恐る確認した時刻は朝の5時14分を指している。
    あのままバイクを運転するのも憚って、横たわったのがいけなかった。
    バックパッカー並みの野宿を決めてしまった後悔は、すぐに一つの音にかき消された。バン! と朝の海岸に似つかわしくない音。
    ボールが壁に当たる時の音に、よく似ているような。

    「は、」

    慌てて堤防から下を覗き込む。あの後、葦人は帰ったはずで。昨日書いていたまんまの円とバツ印が無人の砂浜に刻まれたまま、のはずだった。

    泥と砂まみれになった少年。トラップしたボールはワンタッチで円に入り、「三歩以内」でそれに触る葦人。
    昨日教えた、ファーストタッチの基本。

    「ま、まさか、一晩中…?」

    驚き、困惑、半ば信じられない気持ち。葦人は福田に気づいたのか、へなへなと座りこむときらきらと笑って見せた。「サッカーが楽しくて仕方ない」とでも言うように。

    「起きたかオッサン!!見ろ!!明け方くらいからバンバン入るようになったんだ!!すげーやろ!?」

    夏の朝は早く、山間に隠れてまだ姿を現していない太陽は気配を漂わせている。清涼な空気。夜の薄墨を流し込んだような黒とは違う、どこまでも広がる青い海。屈託のない、葦人の笑み。
    自分の体の限界を近くしていなかったのかそのまま電池が切れてしまったかのように倒れ込んでしまった姿に思わず引き吊った様な笑いがこぼれ出た。

    「……お前も十分気色悪い」

    昨日言われた意趣返しのようなそれは、とげとげしさなど微塵も含まれていなくて。純粋な賛辞だ。

    福田はひとつの封筒をカバンから取り出すと、砂浜で倒れたままの葦人の側に歩いていく。

    「東京シティエスペリオンFC、ユース監督福田達也だ」

    はじめて明かした正体。
    ゼェゼェと息を荒らげているばかりの葦人は言われたことを理解するだけで精いっぱいのようだった。福田は構わず言葉を続ける。

    「俺には野望がある。俺の作り上げたクラブで、世界を掌中に収める。世界への踏み台じゃない。…我がクラブこそが世界だと。バルサもマドリーも、マンチェスターも、ミランも、叩き潰す。―――その野望の全てを担うもの、育成だ」

    葦人の僅かに開かれた瞳。
    根底は恍惚に染まった声は、柄にもなく自分が浮かれていることを表していた。欲しい。目の前の少年が。スカウトしたらそのままついてくるのだろうが。そうじゃない。
    「ユースの血」が色濃い中にひとつのきっかけとして、「淀み」として。そうして入れるには、入団試験で自分がやっていた荒くれ物のサッカーとは全く異なる世界を、越えねばならない大きな壁を、感じて欲しい。
    それでも目の前の少年は食らいついて、乗り越えてくると確信しているから。

    山間に隠れていた太陽がやっと昇ってきた。逆光となった強い光に、葦人は眩しそうに、何かにハッとしたように息を呑んだ。
    奇妙な確信と、歓喜をもって、福田は声を投げた。
    きっぱりと晴れた空。なにかが、始まるような朝だ。




    「世界に、連れて行ってやる」




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